オーリの純心

シオ

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「……ぅ、ん……っ」

 オーリ様が己の口を両手で押さえて、漏れ出る声を抑えようと必死になっていた。そのお姿は俺からは見えないが、聞こえてくる声から察するにそういう状況になっているのだろう。俺は今、オーリ様のスカートの中に入り、オーリ様の陽物を口で愛撫しているために、オーリ様の表情を伺うことが出来なかった。

 始まりは、二人でゆっくりと自邸の庭園を散歩していた時のことだった。木靴ではなく杖での散歩。オーリ様は俺の腕にしっかりと捕まりながら杖を使ってゆっくりと散歩をしていた。

 そんな時に、庭園に咲き誇る花々に群がっていた蝶の一匹が俺の頭に止まったのだ。俺からは見えないが、オーリ様が楽しそうにその光景を眺めて微笑んでいた。その笑みがあまりにも美しくて、愛らしくて、俺は我慢が出来なくなってしまう。

 オーリ様の腰を片腕で支え、それとは逆の手をオーリ様の後頭部に当てる。抱き寄せ方が強引になってしまったことを反省しながら、オーリ様の唇に己のそれを重ねた。

 小さな舌を吸い上げて、自分の舌先を絡める。オーリ様が持っていた杖が、どさ、と音をたてながら芝生の上に落ちた。それと同時に、オーリ様が自分自身を支える力が一気に抜ける。

「……申し訳、ありません」

 そっと芝生の上にオーリ様を座らせながら、俺は詫びた。突然、貪るような真似をしたことに対する謝罪だ。だが、オーリ様は優しく微笑まれて謝罪は不要だ、と言わんばかりに首を左右に振る。

「テオに求められて嬉しい」

 オーリ様がそのようなことを仰るせいで、己の中に燻っていた炎が勢いを増してしまう。俺は芝生の上にオーリ様を押し倒し、再び口付けをせがんだ。

 鼻から抜けるような呼吸音が、二人分聞こえる。俺たちは、互いに求め合いながら何度も何度も口づけを交わしていた。そして、オーリ様が履いているスカートの一部分が盛り上がっていることに気づく。俺がその部分を見ていることにオーリ様も気付き、恥ずかしそうに視線を逸らした。

「あ……これは、その……すまない」

 長い髪と、華奢な体を持つオーリ様が、女性物のブラウスとスカートを着用していると、本当に女性のように見える。それでも、当然体は男性であって、快感を得れば反応してしまう部分があるのだ。その対照的な光景が、あまりにも淫靡で、俺のものも立ち上がってしまいそうだった。

「感じて頂けたのですね」
「……テオとする口付けは、とても気持ち良くて。すぐに……こうなってしまうんだ」

 恥ずかしそうにそう言うオーリ様を見ていると、俺も下半身が切なくなってくる。なんとか落ち着くように必死に冷静さを取り戻す努力をした。俺の手はオーリ様が穿く長いスカートの裾を持ち上げる。

「今、楽にして差し上げます」
「えっ、あ、テオ……っ、一体何を……!」

 驚愕の声をあげるオーリ様を置いて、俺はスカートの中に潜り込んだ。婦女のスカートの中に頭を突っ込むなど、変態となじられても仕方のない無様な格好だが、俺たちは夫婦で、そしてここは俺たちの家なのだ。オーリ様が本気で拒絶しない限りは、許される。

 そしてオーリ様も驚いてはいるが、俺を拒むようなことはなかった。嫌なことは嫌だと、はっきり仰る方だ。この行為が本意に反くものであれば、俺を止める言葉をかけておられるだろう。だが、それは飛んでこない。それどころか、期待をするようにオーリ様のものが立ち上がって切なそうに震えている。

 下着を取り払い、オーリ様のものにそっと触れる。俺のものと、同質な物体であることが信じられないほどにオーリ様のものはほっそりとしておられた。下腹部から局部へと走る火傷の痕をそっと撫でて、舌で舐めればオーリ様の腰がびくりと震えた。

「テオ……テオ、そんな、それは……き、汚いから……っ」
「大丈夫。オーリ様は、全てが美しいですよ」
「そういうことではなく……っ、湯浴みもしてないのに、そんな……!」
「オーリ様の匂いがとても強くて、興奮します」

 オーリ様が何を懸念しているかは、当然分かっていた。だがそれをはぐらかすようにして、俺はオーリ様のものを口に咥える。

「あぁ……っ!」

 大きな声が出てしまい、慌ててオーリ様が己の口を両手で塞いだようだった。当然、俺は男のものなどを咥えたことはない。やり方など分からないが、オーリ様の反応を見ながら色々なことをしてみた。

「だめ……、だめ、だめっ」

 強く吸ってみたり、先端を舌先で押してみたり。頬裏の肉で擦ってみたり。試行錯誤の結果、オーリ様の腰が震える。どうやら、達したようだった。

 高い塀や生垣に囲まれているからといって、こんなところでオーリ様を果てさせるなんて。俺は一体何をしているのか。ベッドの上でなら、オーリ様の可愛らしい声がもっと聞こえたと言うのに。そんなことを考えながら、オーリ様が俺の口内に吐き出したものを嚥下する。

「テオ! の、飲んだのか!?」

 慌てふためくオーリ様のスカートの中から出た俺は、オーリ様の着衣の乱れを直し芝生の上に座らせる。飲んだか否か、という問いには答えなかったが、飲み下したことはオーリ様も当然理解しているようだった。

「……そんなこと、しなくても」
「でも、オーリ様も私のものを飲みたいと仰ってましたよね?」
「だって……それは、……そうしたかったから」
「私も同じですよ。オーリ様のものを飲みたかったんです」

 少し不服そうな顔で、拗ねたようなおもてを見せるオーリ様が可愛らしくて堪らない。手を伸ばして白く透き通る髪に触れるように、頭を撫でる。数度そうしていると、オーリ様の機嫌が直ったのか、笑顔を見せて微笑んだ。

「今夜は、私にテオのものを飲ませて欲しい」

 薄灰色の瞳が真っ直ぐに俺を見て、俺を欲している。それがどれほど幸福なことか。この双眸が、これほどまでに甘く弧を描くようになるまでには、相当の時間を要した。

 白い髪と、薄灰の瞳。
 そのお姿で再会を果たしたあの日。
 オーリ様は、怯えたような顔で俺を見た。

「どちらさまでしょうか」

 オリヴィエ様は、俺にそう尋ねたのだ。震える体で俯きながら、俺にそう尋ねた。俺は夢でも見ているのだと思ったのだ。探し求めすぎて、幻影でも見ているのだと。だが、そうではなかった。その人は、生きていた。

 俺のことを覚えていない。記憶でも失われているのだろうか。そう思った。だが、オリヴィエ様の態度から、そうではないことを察する。オリヴィエ様は俺が、テオドール・ヴィンツであると分かった上で、誰何しているのだ。

 俺のことなど、見たくないのかもしれない。危うい時に救えなかった無能のことなど、視界に入れたくないのかもしれない。そう考えてしまうと、どうして分からないふりをなさるのですか、などとは聞けなくなる。

「……私に、名はありません。ジグムントには、まっしろと呼ばれています」

 名を尋ねれば、そんな回答が来た。まっしろ、とは一体なんなのか。貴方様は、オリヴィエ・アインハルト様だ。まっしろなどという名前ではない。それでも、オリヴィエ様はその呼称を受け止めておられた。

 まっしろ。それは、その髪ゆえなのだろう。どうしてそんな色になっているのだ。美しい榛色の髪はどうしてしまったのだ。何故ジグムントの家にいるのだ。

 問いたいことは山ほどあるのに、その一つとして口から出ていかなかった。問い詰めれば、オリヴィエ様が逃げてしまうとそう思ったのだ。俺は高揚する心を必死で押さえて、オリヴィエ様に向き合った。

 色々と言い訳を捏ねくりまわし、なんとか俺はジグムントの小屋に居座る権利を得る。小さな小屋の中で、二人で過ごしながらオリヴィエ様のお姿をじっくりと観察した。変化は白い髪以外にも多くあるようだった。

「足の具合が悪いのですか」

 杖をついて、右足を引きずりながら歩いている。明らかに怪我を負っているのだ。よくよく見れば、衣服からはみ出る体の殆どの部分に傷がある。どういうことなのだ。一体、何故こんなことに。

 夜になり、小屋にひとつしかないベッドを差し出そうとするオリヴィエ様をなんとか言いくるめ、ベッドで休むことを了承して頂いた。そして、ベッドの上で不自由そうな右足を揉むオリヴィエ様を眺める。視認出来る傷をくまなく見つめた。

 信じがたいことではあるが、どうやら全て他人につけられた傷のようだ。事故や何かで負った傷であれば、まだ俺も納得が出来た。不甲斐ない己を呪うだろうが、それでもオリヴィエ様が事故を乗り越えて生き延びて下さったことを喜んだだろう。

 だが、オリヴィエ様の体につけられた傷は全て、他人が悪意をもって危害を加えた結果の痕だったのだ。怒りを感じる以前に、理解が及ばなかった。どうして、そんなことが出来るのか。

「……私の体はどこも傷だらけで、見ていて気持ちの良いものではないんです」

 苦しそうにそんな言葉を吐き出したオリヴィエ様を見て、身体中の血が沸騰するのを感じた。一体、誰を殺せばいいのだろう。オリヴィエ様を苦しめ、悲しめた者は一体誰なのだ。

 渦巻く怒りの感情を必死に抑え込んだ己を、褒めてやりたくなる。おくびにも出さず、顔色ひとつ変えず。心の中でオリヴィエ様に害をなした者たちを惨殺していく。いつか、それが実現することを祈りながら。

「……私自身も、己の体を見たくない」

 どれほど傷を負ったとしても、貴方様の美しさは一切損なわれたりはしないのだとオリヴィエ様に伝えたかった。だが今の俺は、オリヴィエ様のことを分かっていない愚鈍な男ということになっている。この場においてオリヴィエ様に捧げられる言葉を、俺はひとつとして持っていなかったのだ。

 二人で過ごす時間は、ずっと夢見心地だった。厳密に言えば、アルフレドがいたので二人きりというわけではなかったが、俺にとっては二人きりと同義であった。そんな幸福な時間は、家主であるジグムントが帰宅したことによって終わる。

 だが、ジグムントが邪魔であるだとか、そういったことは一切なく、三人と一匹の生活はとても楽しかった。荒んでいた俺の心を癒すのには十分なほど、幸福な時間だった。

 オリヴィエ様が生きていて下さった。
 それだけで十分だった。
 その事実が、俺に生きる意味を与えたのだ。


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