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旅の夜
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「ね、ねえレギアス。どうしてレギアスまで入ってくるの?」
「どうしても何も、結界で身を守れないだろ?」
「レギアスなら、扉越しでも敵を攻撃くらい……できるでしょう??」
「できるけど……咄嗟に屋敷を傷つけずには……難しいな」
見知らぬ家で目覚めると可愛い子供たちと領主夫婦らにひたすら歓待された。睡眠と特産の海産物料理などをたくさんご馳走になったおかげか、少し活力を取り戻した気がする。
でもまだ神聖力を使っていい状態ではないらしい。目の見え方がいつもとは違うままだった。普段は神聖力を介して影の奥まで見通せるけれど、いまは普通の人間と同じ見え方のようだ。
壁にもテーブルなどの上にも甘い香りの蝋燭をたくさん灯してくれていて、もうさほど暗くは感じない。私を精一杯もてなしてくれているのだろう。
先ほど治療に使った家はろくな灯りもなく最底辺の暮らしに見えたけれど、この領主の家も普段はもっと暗いのだと思う。
見えないものがあるのは不安だがもう慣れた。問題は生理現象だ。女神などといわれても人間と同じ体の構造なのだから当たり前に起こるもので……。転移術が使える状態ならどうとでもなるけれど。
廊下奥のトイレに連れてきてもらったもののどうしよう。さすがに、さすがにトイレは1人でしたい!
「えーと、いくらレギアスでもこれだけはちょっと……」
「後ろ向いてるよ。それならいいだろ?」
「見られなくても音が嫌なの!」
「これ、アンサリム製のスライムトイレだし、音なんてほとんどしないだろ」
いやいや、するから! 着水音はないかもしれないけどするから!
上手くいけばしないかもしれないけど、確実にできる自信なんてないわよ!
「そうだ! レギアスも結界は張れるわよね? 防音の結界とかもちろんできるわよね!」
「あー……できないことはないけど。防音で完璧を期すとなると密閉して真空を挟む二重構造にしないとだから大変なんだよな……」
「やっぱりできるのね! さすが私のレギアスだわ」
「………………」
持ち上げてみたけれど、何やら複雑そうな顔で悩んでいる。音が聞きたいとか変態的なこと考えてないわよね?
「はあ、仕方ないか」
ため息をつくと私を抱き上げ、レストルームの壁にそって少し厚みのある結界が張られた。ほんのり黒くて透き通っている。
私のものと違って物質を貫通できるようなものではないらしい。空間支配系の術じゃなければ当たり前か。
トイレの中まで覆うわけにはいかず不完全だけれど、ずっと階下から漏れ聞こえていた話し声が消えた。食事中に到着したヴァルグとシャリーアも加わってずっと騒がしかったのに。
あとはスライムトイレの消音性能を信じよう。
「ちゃ、ちゃんと後ろを向いていてね!」
「わかったわかった」
そう言って私を下ろすと、持ってきていたランタンを脇に置いて結界をすり抜けた。扉の手前に作った隙間で後ろ向きに立つ。
あとは信用するしかない。ドレスのスカートを後ろだけたくし上げ、ショーツを膝まで下ろす。
レギアスの背中を見つめながらもう気が気じゃない。
暗くて色がよく判らないけれど自室と同じようにスライムの膜が張り、けれども術式だけ彫り込まれた質素な作りのトイレに座る。
レギアスが洗浄と温めもしてくれていたから快適だ。便利さだけでもすでに手放せない存在になっている。
私は急ぎつつも慎重に用を足した。用意されているちり紙もそれなりに高級品のようで柔らかい。
立ち上がると自動的に底が開いて中のスライムが落ちていき、新しいスライムが上部から出て入れ替わる聞き慣れた作動音。
「それにしても、あの変異種に影響受けなくて良かったなーこのスライム」
「そういえばそうね。まあ我が国が開発したスライムだもの、簡単に影響を受けたりせずに溶かしちゃうわよ」
用を足して触れると結界が解除されて、扉の横に設置された貯水式の手洗いを使いながら話す。戦場で天幕に設置されるのと同じ、アンサリムのダーナネル社製だ。家庭用デザインの量産品だろう。
部屋に戻ると食器類はすっかり片付けられ、お湯の入った桶が2つと空の大きなタライが暖炉前に用意されていた。ナイトガウンや化粧水などもアンサリム製の新品がテーブルに置かれている。
この揃いようはおそらくレスタ教団員派遣の際の宿になっているのだろう。いつ冒険に出てもいいようにと空間収納術で色々と用意していたけれど、いまは何ひとつ取り出すことができないから僥倖だった。
「女神様、わたしたち向かいの部屋にいるので何かあったら言ってください」
「皇主陛下、わたくしどもはお呼びがかからない限り今夜はもう参りませんので、ごゆっくりとお休みいただければと存じます」
「ありがとう。何から何までお世話になって。みなさんの心遣い、本当に嬉しいわ。おやすみなさい」
笑いかけると子供たちだけでなく奥方とメイドもなんとも嬉しそうに感じ入ったような笑顔を見せてくれる。最初に顔を合わせたときと同じく、両膝を折った完璧な所作で私に祈りを捧げて部屋をあとにした。何を祈っているか読み取れたことはないけれど、本体の女神には届いているのかしら……
どうやら体調の悩みがすっかり消えて力がみなぎった村人たちから貢ぎ物の食材が大量に届いているらしい。泊まって朝食も食べていってほしいと子供たちにお願いされて断れなかった。こんな状況とはいえ国外で異文化に触れられるのは久しぶりで好奇心が浮き立つ。
……そう、思ったのだけれど……
「レティシア? 大丈夫か?」
クラリとしてよろめいたところをレギアスに支えられた。
「ありがとう。……少し、緊張していたみたい」
「ああ……力を使えない状態で知らない場所にいるんだもんな」
「レギアスがいてくれなかったら、きっと怖くて平静ではいられないわ」
そのまま目の前の愛しい胸に顔をうずめてすがりついた。わかりやすい自分の信徒の家だというのに、ひどく気疲れしたようだ。
応えるようにそっと抱きしめてくれる。いつもより冷えて感じる体にレギアスの温もりが移っていくのが心地いい。心底安心する。
「そうか……いまのレティシアは俺から身を守れないんだな。どうしようかな」
「えっ!?」
慌てて体を離し顔を見ると、悪戯っぽい可愛い笑顔が目に入ってくる。
「ふふっ、本気にした?」
楽しそうに笑う瞳は優しさに満ち溢れていて、ほっとしたはずなのにドキドキが鳴りやまない。
ここはからかわれて怒るところだ。なのに、言葉が出てこない。
「顔赤いよ? 怒った?」
どうしよう、レギアスに触れたくてたまらない。いますぐキスしてほしい。
でも、そんなことを言ったらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「……お、怒ってるし、怖かったし、ほっとしたし……レギアスが、大好きすぎて……困ってる」
言いながら体がどんどん熱くなって、レギアスの顔も赤くなった。
「さっきのはからかい半分だったけど、本音でもあるから……そんな煽らないで」
眉尻を下げながら左手で顔を隠すように覆うレギアスが可愛くてさらにドキドキする。
「煽らないようにもっと触れたいのをなんとか我慢しているのだけど……ごめんなさい」
ゴクリとレギアスの喉から分かりやすく音が鳴り、挙動不審に目を泳がせてひたすら逡巡しているのがわかる。
「もう勘弁して」
私の肩にかかる手がわなわなと震えだしたかと思えば座り込んで両手で顔を覆った。
表情はもう全く見えないけれど、覆いきれない顔の端は真っ赤でいまにも湯気が出そう。
「ふっ、ふふふっ。可愛い」
「からかったの?」
顔から両手を外しこちらを見上げる非難がましい顔もやっぱり可愛い。
「どうしても何も、結界で身を守れないだろ?」
「レギアスなら、扉越しでも敵を攻撃くらい……できるでしょう??」
「できるけど……咄嗟に屋敷を傷つけずには……難しいな」
見知らぬ家で目覚めると可愛い子供たちと領主夫婦らにひたすら歓待された。睡眠と特産の海産物料理などをたくさんご馳走になったおかげか、少し活力を取り戻した気がする。
でもまだ神聖力を使っていい状態ではないらしい。目の見え方がいつもとは違うままだった。普段は神聖力を介して影の奥まで見通せるけれど、いまは普通の人間と同じ見え方のようだ。
壁にもテーブルなどの上にも甘い香りの蝋燭をたくさん灯してくれていて、もうさほど暗くは感じない。私を精一杯もてなしてくれているのだろう。
先ほど治療に使った家はろくな灯りもなく最底辺の暮らしに見えたけれど、この領主の家も普段はもっと暗いのだと思う。
見えないものがあるのは不安だがもう慣れた。問題は生理現象だ。女神などといわれても人間と同じ体の構造なのだから当たり前に起こるもので……。転移術が使える状態ならどうとでもなるけれど。
廊下奥のトイレに連れてきてもらったもののどうしよう。さすがに、さすがにトイレは1人でしたい!
「えーと、いくらレギアスでもこれだけはちょっと……」
「後ろ向いてるよ。それならいいだろ?」
「見られなくても音が嫌なの!」
「これ、アンサリム製のスライムトイレだし、音なんてほとんどしないだろ」
いやいや、するから! 着水音はないかもしれないけどするから!
上手くいけばしないかもしれないけど、確実にできる自信なんてないわよ!
「そうだ! レギアスも結界は張れるわよね? 防音の結界とかもちろんできるわよね!」
「あー……できないことはないけど。防音で完璧を期すとなると密閉して真空を挟む二重構造にしないとだから大変なんだよな……」
「やっぱりできるのね! さすが私のレギアスだわ」
「………………」
持ち上げてみたけれど、何やら複雑そうな顔で悩んでいる。音が聞きたいとか変態的なこと考えてないわよね?
「はあ、仕方ないか」
ため息をつくと私を抱き上げ、レストルームの壁にそって少し厚みのある結界が張られた。ほんのり黒くて透き通っている。
私のものと違って物質を貫通できるようなものではないらしい。空間支配系の術じゃなければ当たり前か。
トイレの中まで覆うわけにはいかず不完全だけれど、ずっと階下から漏れ聞こえていた話し声が消えた。食事中に到着したヴァルグとシャリーアも加わってずっと騒がしかったのに。
あとはスライムトイレの消音性能を信じよう。
「ちゃ、ちゃんと後ろを向いていてね!」
「わかったわかった」
そう言って私を下ろすと、持ってきていたランタンを脇に置いて結界をすり抜けた。扉の手前に作った隙間で後ろ向きに立つ。
あとは信用するしかない。ドレスのスカートを後ろだけたくし上げ、ショーツを膝まで下ろす。
レギアスの背中を見つめながらもう気が気じゃない。
暗くて色がよく判らないけれど自室と同じようにスライムの膜が張り、けれども術式だけ彫り込まれた質素な作りのトイレに座る。
レギアスが洗浄と温めもしてくれていたから快適だ。便利さだけでもすでに手放せない存在になっている。
私は急ぎつつも慎重に用を足した。用意されているちり紙もそれなりに高級品のようで柔らかい。
立ち上がると自動的に底が開いて中のスライムが落ちていき、新しいスライムが上部から出て入れ替わる聞き慣れた作動音。
「それにしても、あの変異種に影響受けなくて良かったなーこのスライム」
「そういえばそうね。まあ我が国が開発したスライムだもの、簡単に影響を受けたりせずに溶かしちゃうわよ」
用を足して触れると結界が解除されて、扉の横に設置された貯水式の手洗いを使いながら話す。戦場で天幕に設置されるのと同じ、アンサリムのダーナネル社製だ。家庭用デザインの量産品だろう。
部屋に戻ると食器類はすっかり片付けられ、お湯の入った桶が2つと空の大きなタライが暖炉前に用意されていた。ナイトガウンや化粧水などもアンサリム製の新品がテーブルに置かれている。
この揃いようはおそらくレスタ教団員派遣の際の宿になっているのだろう。いつ冒険に出てもいいようにと空間収納術で色々と用意していたけれど、いまは何ひとつ取り出すことができないから僥倖だった。
「女神様、わたしたち向かいの部屋にいるので何かあったら言ってください」
「皇主陛下、わたくしどもはお呼びがかからない限り今夜はもう参りませんので、ごゆっくりとお休みいただければと存じます」
「ありがとう。何から何までお世話になって。みなさんの心遣い、本当に嬉しいわ。おやすみなさい」
笑いかけると子供たちだけでなく奥方とメイドもなんとも嬉しそうに感じ入ったような笑顔を見せてくれる。最初に顔を合わせたときと同じく、両膝を折った完璧な所作で私に祈りを捧げて部屋をあとにした。何を祈っているか読み取れたことはないけれど、本体の女神には届いているのかしら……
どうやら体調の悩みがすっかり消えて力がみなぎった村人たちから貢ぎ物の食材が大量に届いているらしい。泊まって朝食も食べていってほしいと子供たちにお願いされて断れなかった。こんな状況とはいえ国外で異文化に触れられるのは久しぶりで好奇心が浮き立つ。
……そう、思ったのだけれど……
「レティシア? 大丈夫か?」
クラリとしてよろめいたところをレギアスに支えられた。
「ありがとう。……少し、緊張していたみたい」
「ああ……力を使えない状態で知らない場所にいるんだもんな」
「レギアスがいてくれなかったら、きっと怖くて平静ではいられないわ」
そのまま目の前の愛しい胸に顔をうずめてすがりついた。わかりやすい自分の信徒の家だというのに、ひどく気疲れしたようだ。
応えるようにそっと抱きしめてくれる。いつもより冷えて感じる体にレギアスの温もりが移っていくのが心地いい。心底安心する。
「そうか……いまのレティシアは俺から身を守れないんだな。どうしようかな」
「えっ!?」
慌てて体を離し顔を見ると、悪戯っぽい可愛い笑顔が目に入ってくる。
「ふふっ、本気にした?」
楽しそうに笑う瞳は優しさに満ち溢れていて、ほっとしたはずなのにドキドキが鳴りやまない。
ここはからかわれて怒るところだ。なのに、言葉が出てこない。
「顔赤いよ? 怒った?」
どうしよう、レギアスに触れたくてたまらない。いますぐキスしてほしい。
でも、そんなことを言ったらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「……お、怒ってるし、怖かったし、ほっとしたし……レギアスが、大好きすぎて……困ってる」
言いながら体がどんどん熱くなって、レギアスの顔も赤くなった。
「さっきのはからかい半分だったけど、本音でもあるから……そんな煽らないで」
眉尻を下げながら左手で顔を隠すように覆うレギアスが可愛くてさらにドキドキする。
「煽らないようにもっと触れたいのをなんとか我慢しているのだけど……ごめんなさい」
ゴクリとレギアスの喉から分かりやすく音が鳴り、挙動不審に目を泳がせてひたすら逡巡しているのがわかる。
「もう勘弁して」
私の肩にかかる手がわなわなと震えだしたかと思えば座り込んで両手で顔を覆った。
表情はもう全く見えないけれど、覆いきれない顔の端は真っ赤でいまにも湯気が出そう。
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