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わがまま

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 力の入らなくなった私はレギアスに抱えられて部屋に戻った。サラとドラゴン達と一緒にランチを食べて午後からはまた訓練場に戻る。今度こそ予定通り私の実戦訓練だ。
 シャリーアは地方を巡りに飛び立っていき、サラには近くで見学して貰っている。

「自分の身は結界で完璧に守るから、手加減しないでね!」

 そうレギアスに言って次元結界を自分に纏わせる。頭に思い描いた戦法を試すため、事前に相談していた通りレギアスに氷で数体のゴーレムを作ってもらった。空間認識を発動し、設定した空間の全ての動きを把握する。全方向から襲いかかってきた全てのゴーレムの頭を同時に結界のキューブで囲い切り離した。

 どんどんゴーレムの数とスピードを増してもらい、空間認識術と結界術の精度を少しずつ上げていく。
 空間認識を高精度で発動すると時間の流れもゆっくりに感じて素早い敵にも対応できるようになる。
 影魔術師を想定したスピード特化のゴーレムを作ってもらったりもして色々と試した。サラに離れてもらって聖印の効果の薄い状態でどうなるかも。

 複数の結界を思った通りの場所に発動させるのは治癒術で慣れているからイメージ通りに戦えた。いかに一撃で殺せるかに重点を置いて、とにかく頭を狙う。敵が動いても外さないよう空間認識による予測と結界の発動スピードが肝だ。
 満足していったん休もうとしたら周囲で見学中の騎士たちが酷く怯えた目で私を見ていた。

「レティシアってその気になれば大量虐殺できるんだなー」

 レギアスにも呆れ顔された……自分は実際にやってたくせに!
 ……うぅ、好きな人にそんな顔されてちょっと傷ついたかも……
 もしこれを人に使う姿を衆目に晒したら聖女のイメージは丸崩れね。嫌われなければ畏れられるのは別にいいのだけど。……いいはず!!

 でも……ちょっと、戦うと興奮するっていうの……わかっちゃったかも。


 レギアスがまた離してくれず、私を後ろから抱きしめたままサラの斜め隣の席に勝手に座った。体が反応して今すぐ2人きりになりたいけど、もう少し訓練したいから我慢。
 今度は周りから丸見えだけど恥ずかしさにも慣れてきた。末期だ。

 侍女が出してくれた冷たいお茶を飲んでひと息つく。糖分補給にケーキも食べたら消費した精神力がちょっと回復した。
 レギアスの温もりも心地良いし……とか考えていると顔が勝手にフニャフニャしてしまう。引き締めるのが大変。

 そろそろ訓練に戻ろうかと考えたら見計ったようにレギアスが声をかけてきた。

「レティシア、そろそろいいかな?動きはもう充分だから次は新しいメニューだよ」
「え?」

 今まで全て私がやりたいように訓練させてくれてたいのにどうしたの??
 レギアスの視線の先を見ると訓練場の端に荷馬車が5台停まっていた。使用人たちが後ろの扉を開くと荷馬車から牛や豚や羊などが出て並べられていく。可愛らしいのが合わせて30頭くらい。
 いつの間にか訓練場は騎士によって囲まれ、家畜たちが逃げ出さないように配慮されていた。

「コイツらは今日屠殺される予定の食材だよ。全部頭を切り落としてみようか」
「……え?」
「ゴーレムをいくら倒したって本番では殺しへの忌避感が働いて最初からは上手く動けないよ。レティシアは優しいからなおさらね」
「あ、あの仔たちをわ、私が……」

 あの可愛らしい動物の首を刎ねて殺しに慣れろという事なのね……

 その光景を想像して……、体が小刻みに震えて呼吸が速くなる。心臓は痛いくらい早鐘を打ち、嫌な汗が体中の毛穴から吹き出した。

 私がやらなくても、どうせすぐに殺される動物たち……。このくらいの事ができないなら、確かに人なんて殺せないかもしれない。

「今日から毎日やって慣れようか」
「毎、日……」

 どうしよう涙が滲んできた。
 こんなのじゃダメだ。

「レティにはそんなの無理だよ。血生臭い事は殿下や騎士たちに任せればいいんだ」

 黙って聞いていたサラも見かねて口を出してきた。

「……む、無理なんかじゃないわ!この国を守るためならこのくらいなんて事ない!!」

 私はしばらく震えて動けずにいたけれど、意を決して呼吸を整え、目を閉じて乱れた心を落ち着かせた。どれくらいかわからないけれど、少し、時間がかかった。

 心の切り替えが完了した私は俯いていた顔を上げて目を開き、レギアスの腕を解いて立ち上がった。騎士が囲む訓練場の中に進み、これから殺す動物たちを目に焼き付ける。
 視界に捉えるだけでも結界術は使えるけれど、数が多くて陰ができているから空間認識をまず発動させる。
 ――直前、後ろからレギアスに抱きすくめられた。

「ごめん……。レティシア……俺の願いを聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
「レギアス?」
「レティシアには、殺しをして欲しくない。……豊穣の女神は命を育むのが役割だろ?摘み取るのは俺が全て請け負うから、レティシアには俺のサポートをして欲しい」

 絞り出すような、切実を孕んだレギアスの声が頭の上から響く。

「わ、私は、もう後悔したくないの。私にできることは全部したいのよ」
「わかってるよ。ただの俺のわがままだ。でも、俺が強いのも、信じてるだろ?任せても大丈夫だって、約束する」
「レギアス……」
「俺のわがまま、聞けない?」

 レギアスが体をずらして私の目を覗き込んだ。銀色の美しい瞳が揺れて、細かい紫がキラキラと輝いている。

「私がレギアスの願いを拒めないって知ってて、……ズルい……」

 何故だかわからないけど、涙か込み上げて嗚咽が止まらなくなった。レギアスに抱きしめられて、私の顔が彼の胸に収まる。
 そのまましばらく、私はレギアスの胸で泣き続けた。



 私は思った以上に疲れていたようで、泣きながら眠ってしまったらしい。気が付いたらレギアスと一緒にベッドの中にいた。
 上着を脱いだレギアスの胸が目の前にあって、私はシャツ越しに顔を擦り寄せて彼の匂いと温もりを堪能した。

「レティシア、……もうすぐディナーだけど、食べれる?」
「え?…………あ」

 大好きなレギアスの声に現実に引き戻されてしまった。
 そうか……熟成があるからさっきの仔たちではないと思うけれど……

「食べるわ。今までだってちゃんと知っていて食べていたもの」

 昔、お父様に連れられて屠殺場に見学に行った事がある。あの時だって命令されて泣きながら食べた。
 とはいえ今日は美味しく食べられる自信はない。でも食べなければ。

「そう言うと思った。レティシアは本当に強いね」
「私は弱くある事が赦されていないの。弱みを見せていいのはレギアスと2人の時だけ……」
「何それ、ディナーの前に俺に食べられたいの?」

 レギアスが嬉しそうにフニャフニャと笑っていて可愛い。

「そ、そういうわけじゃ……」

 期待と羞恥で熱くなった体にレギアスの唇が落とされる。鎖骨に少し歯を立てられると温かい舌がぬるぬると這って私の体は痺れて震えた。

「は、……あ、レギアス、レギアスッ……」

 硬直してしがみつく私の手をそっと離すと、両手首をベッドに押し付けられて唇を大きく舐められる。

「あ、レギアス……んっ、あっ、あ、ふ、んう……んっ、んんーー!!んあっ、ん……」

 温かい舌で唇をなぞられながら何度も啄まれ、舌を吸われたかと思うと口内を優しく蹂躙された。何度も上り詰めた私はもうレギアスに食べられるためだけに震えて横たわっていた。



 レギアスに食べられてグチャグチャになった私は、ポワポワした頭で遅い夕食をとった。ディナーのメニューを部屋に運ばせてレギアスが食べさせてくれる。
 全体的に白っぽい身の料理が多くて、メインは白身魚のパイ包み焼きだった。口に運ばれるまま美味しく食べきると、レギアスがふわりと笑って頭を撫でてくれた。

 寝支度をしてるうちに頭の中がはっきりして気遣いに気づいて、またレギアスへの好きが膨らんだ。
 もうレギアスの事を考えるだけですぐ涙腺が緩んで泣きそうになる。そんな私を見るとレギアスが嬉しそうに襲いかかってきて、私はまたすぐに思考力を奪われた。
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