女神皇主は悪魔王子に溺愛されて受難の日々です!

如月ニヒト

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襲来

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 いつの間にかレギアスが私の後ろにいて、後ずさった私を受け止めて腰を抱いてくれた。

「レギアス、アスタレイウスよ」
「そうだろうと思った」
「殺気、抑えていられる?」
「アイツ次第だ……」

 どうしよう、もう既に殺気が漏れ出してしまっている……

 少し考えて私はレギアスを不可視の結界の膜で覆った。いつもは簡単な直方体の結界を使ってわかりやすく視認できるようにしているのだけど、今は民衆に気づかれたくなかった。
 殺気や魔力が漏れないようにしただけで力を奪いはしない、レギアスが自由に動けてその気になればすぐに破れる結界にした。

「レティシア……」
「これはそんなに持たないからなるべく抑えて。危ない時は、助けてね?」

 レギアスに向けて微笑むとそっと抱き寄せられた。当然のように私は結界を素通りできる。
 そうしている間にグリフォンの車は無遠慮に近づいてきた。私たちが居る壇のすぐ前に浮かんだまま止まると、民が避けてちょうど駐車スペースができた。
 艶を消した銀色をベースに金で装飾が施された車がグリフォンに引かれて地面に降りたった。ヒッポグリフに乗った十数人の騎士は空中に待機していつでも戦える状態にしている。

 警備の騎士や衛兵も続々と集結して民と私達を守るように少し離れて車を取り囲んだ。
 マティアス殿下率いる竜騎士たちも上空から狙いを定め、人化したドラゴン達も衛兵に紛れて側にきていた。
 皇帝なのがわかっているからかレギアスがいるからか、私の前に立ち塞がる者はいない。

 車のドアが開き、華美な装束を着た男が降りてきた。とても葬式に来る格好じゃない……
 30過ぎのはずだが思っていたよりもずっと若く見える。少し長めの金髪に宝石ををたくさん付けていてよく似合っていた。よく見ると身体中宝飾品だらけだ。恐らく全て最高級の魔道具だろう。レギアスの攻撃を防げるものもたぶんあるのだろうな。

 これだけ色とりどりの派手な宝石をジャラジャラ付けて下品にならずに着こなせてるの凄い……
 私はなるべくどうでもいい事を考えて動揺する気持ちを落ち着かせようと努力していた。

 場違いな男はそんな私を見てふわりと微笑んだ。

「レティシア、やっと会えたな」

 アスタレイウスらしき男が当然のように私の方に歩を進めてくる。
 私は持ち得る限りの覇気を総動員して胸を張った。

「どなた様かしら。こんなところに突然乗りこんでくるとは、宣戦布告か何か?切り捨てられたくなければ即刻お帰りなさい!」
「ふふ、気が強いのだな。余はアスタレイウス。そなたの夫だ」

 こ、こいつ……

「初対面で夫を名乗るとは図々しい……。わたくしに夫はいないわ。未来の夫はいるけれど、貴方ではなく今わたくしの隣にいるこの方よ。この国でわたくしの夫を勝手に名乗るなど、不敬罪で首を刎ねられたいのかしら?」

 実際には不敬罪の最高刑は国外追放だけど。法律上は。

「余に向かって不敬とは……ふふふ」

 アスタレイウスは不敵に笑うと声のボリュームを上げた。

「なあレティシア、ここにいる民はそこの男がそなたを無理やり犯して夫の座に収まろうとしている事を知っているのか?余はそなたを助けに来たのだ。強がらず、余に縋るといい」

 広場が騒めきに包まれる。

「ふふふっ、貴方、皇帝なのでしょう?そんな嘘の情報に踊らされてわざわざやってきたとは滑稽ね。わたくしとレギアス殿下は10年も前から深く想い合っている仲なの。民の前でわざわざ大声を出して……わたくしの名誉を不当に傷つけて貶めることが貴方の目的なのかしら?」

 ふふふ返ししてやったわ!
 狼狽えたら負け。狼狽えたら負け……
 私は怒りに震えながら目の前の無礼な男を睨みつけた。

「そうか、すまぬ。余の配慮が足りなかった。聖女が汚されたなどと、認めるわけにはいかぬものな。大丈夫だ。余は気にせぬから遠慮せず我が后となるが良い。余がそなたの穢れをそそいでやろう」
「わたくしはっ!相手がレギアスなら、犯されようが汚されようが構わないのよ。大好きなんだから、何されたって嬉しいんだから!もういい加減に諦めてわたくしを付け狙うのはやめて!!お父様とお母様を殺しておいてヌケヌケと葬儀会場に現れるなんて、いったい何のつもりなの!?」

 あああああ民の前で私ったらまた醜態を……もっと忍耐力があるつもりだったのに。
 しかも怒りと悔しさと悲しみがグチャグチャになってまた涙が溢れ出してしまった……情けない……

「これは……重症だな……。既に心身ともに支配されてしまったのか。余の仕業だとその男に吹き込まれたのか?とんだ冤罪だ。余は悲しいぞ。レティシア、可哀想に。必ず余が救い出してやるから待っていろ」

 アスタレイウスは芝居がかったような悲しげな顔で私を見ると、私の頬に手を伸ばして触れようとした。
 私は触れられる前にアスタレイウスの手を結界に閉じ込めた。

「わたくしに触れたら、その手を切り落として差し上げるわよ?貴方の術者とお揃いに」
「ほう、結界術か」

 アスタレイウスはフッと小さく笑うと、どうやったのか結界を粉々に砕いてしまった。

「残念ながら余には効かんな。レティシア、そなたが余に捕まったら、そなたに身を守る術は無いということだ」

 そう私とレギアスにだけ聞こえるように小さく言って、私の手首を掴もうと薄ら笑いを浮かべたアスタレイウスが手を伸ばす。
 私は結界が破られたショックと恐怖でレギアスに縋り付いた。

 次の瞬間、パシンッと音がして振り返るとアスタレイウスの腕が弾け飛んでいた。
 あ、ちゃんと腕と肩が繋がっているわ……こんなところで血塗れ事件になったかと思った。
 いや、切り落とすとかついさっき私が言ったんだけど……

「俺のレティシアに触るな!」

 レギアスは凄く怒っているけど、結界を破ってもできる限り殺気も魔力も漏れないように抑えていた。
 フーッフーッと息を吐き出して血管が切れそうなほど浮かび上がっているけれど……

「お前のような身の程知らずの悪魔が、本当に女神と結ばれることができると思っているのか?セレスティアを壊したくなければさっさと魔界に帰れ」
「お前……そうか、お前が……!お前を見つけたら殺そうと決めていたところだ」
「ふっ、何を言っている?ここで余を殺したらこの国は終わるぞ?」
「そうか?この国は鎖国しても自給自足できるし、ソーマ王国と、なんなら隣のエンシェン大陸の大部分を味方に付ける事だってできる。攻めてくる敵はレティシアの結界と俺で皆殺しにできるぞ。脅しても無駄だ!」
「世の道理がわからぬ愚か者め。ふふっ、まあよい、今日は引いてやろう。どうせセレスティアは余のものだ。今にお前も思い知ることになる」

 そう言うと踵を返してそそくさと車に乗り込み、飛び立って行った。

「逃げたな」
「逃げたわね」

 ホッとして私はレギアスに体を預け、深く息をついた。
 すると民衆から大歓声が上がった。

 私やレギアスの名を呼ぶ声が多かったけど、よく追い返した!とかお似合いですよー!とか婚約おめでとう!とかの声が出て徐々に増えてきた。
 調子に乗ったレギアスが私にキスしてきてさらに盛り上がる。

 あ、ちょ、ちょっと、舌を入れるのはダメ!!

 感じないように頑張ったものの長いキスから解放された時には私はもうグッタリしてしまってレギアスに縋り付いていた。
 そういえば、私ってこの民衆の前で喋らなきゃいけないんじゃなかった??
 もうこのまま帰りたい……

 そんなわけにもいかないので、歓声が落ち着いてきたところで私は前を向いて一歩踏み出し、民衆を見つめた。
 ザワつきは残っているが次第に静かになっていく。

「みんな、今日は闖入者のおかげで予定が狂ってしまったけれど、新しく皇主になったわたくしが婚約者を紹介するわ」

 後ろにいるレギアスを見ると彼も一歩前に踏み出し、私に並んで腰に腕を回した。

「ソーマ王国第二王子のレギアス殿下よ。素敵でしょう?わたくし、立場上いつか望まない結婚をするものだとすっかり諦めていたのだけれど、初恋の人と結ばれることができて、今とっても嬉しいの。両親を亡くした悲しみはまだ癒えないけれど、彼のおかげで気持ちを前に進めることができているわ」

 私はすっかり静かになって私の言葉を聞き入っている民衆を見回し、言葉を続けた。

「……残念ながら、わたくしはまだ付け狙われていて、これからも大変なことがたくさんあるかもしれないけれど、彼と力を合わせれば乗り越えられると信じているの。わたくしと彼と、信頼する臣下たちとで、必ずこの美しい国と民を守ってみせる。だからみんなも、わたくし達を信じて力を貸してほしいのよ。いいかしら?」

 最後にニッコリと微笑むと、また民衆から歓声が湧き起こり、もちろんですとか、レティシアさま万歳とか、私もお守りしますとか、様々な嬉しい言葉が投げかれられた。
 本当はもっと堅苦しくて威厳のある感じに喋るつもりだったのに、すっかり予定が狂ってしまった。
 でも国民と親しみながら育った私にはこれがちょうどいいのかもしれない。

 アスタレイウスがわざわざ来たのは民衆を不安に陥れて私を差し出す世論を形成する狙いだったのだろうから、阻止できるといいな。
 でも、こんな事をしたということは、レギアスがいるから私を拐えずに焦っているのだろう。結界を破ったり私をセレスティアと呼んでいたのもあるし……なりふり構わず卑怯な手を使って来そうだから対策しなくては……

 レギアスが私を抱きしめていつものように髪の毛に顔を擦り寄せてくるから冷やかしの野次まで飛んでくるようになって笑ってしまった。
 皇子皇女を期待する声を聞いて少し切なくなりながら、私たちは手を繋いで部屋に戻った。
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