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謁見の間にて

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「レギアスはこの国の成り立ち、知ってる?」

 謁見の間に呼ばれて、近衛騎士に先導されて手を繋いで歩きながら私とレギアスは話していた。

「ああ確か、ビッチだった美と豊穣の女神が人間の男に恋して、他の男とは寝なくなったんだよな。それで他の神々の恨みを買った男と大陸の果てまで逃げて、女神は愛する男のために誰も住まない枯れた大地を緑豊かな土地に変えて、それで子供を作って幸せに暮らした」

 同盟国だからかそれくらいは知ってるのか。意外だ。それにしても言葉が悪い……

「……まあ、だいたい合っているわ。セレスティア神は夫が亡くなると自分も眠りについて、子孫と子孫を助けてくれる仲間のために祝福の力を残したの。そして子孫の皇族が居なくなればこの土地の精霊との契約も切れて国土はまた枯れた土地に戻ってしまうのだけれど……」
「それを理解せずに土地を狙ったり、わかってて皇族を傀儡にしてこの国を手に入れようとしたりする輩が耐えないんだろ?」
「そんなところ」

 レギアスは少し怒ったような顔をして隣で歩く私の手を握る力を強めた。

 レギアスが居てくれたら、何かあった時に一緒にこの国を守ってくれる。私のことも、ずっと守ってもらえる。

 私はレギアスの手を握り返しながら、頼もしく彼の横顔を見つめた。

「そういや、ここまで追ってくる神々は居なかったのか?」
「それは伝承にはないわね。セレスティア神は誰かの妻だったわけじゃないけど、双子の兄が恋人だったから……もしかしたら説得にくらいは来たかもしれない」
「げ……兄とも関係があったのか……さすがビッチ女神。どうしよう……レティシアがビッチの血に目覚めたら……」
「レギアス、ちょっと失礼が過ぎると思うのよ……」

 そうなる前に全員殺せばいいかとかレギアスは不穏なことをブツブツ呟いている。
 目が本気というか狂気だ。怖い……

 そうして目的地に到着し、謁見の間の扉を守る衛兵たちがレギアスを見てビクビクしている。

 謁見の間にはまずは私だけ入るように言われた。
 未だ不穏な気配を放つレギアスが心配だけれど、私は握った手をそっと離して1人で衛兵が開ける扉の中に入った。

 少し離れるだけなのにそんな捨てられた子犬みたいな切ない顔しないで……可愛くてキュンとするじゃない。

 私は頭を振って表情を引き締めると、謁見の間の奥で皇主の座に着く父の前に静々と進み出た。
 侍女長のハンナから魔道具を通じて報告を受けたのだろうな、お父様ったら苦虫を噛み潰したような凄い顔をしているわ。

「レティシア、その、無理やり襲われたと言うのは本当か?」
「いえ、少しばかり強引だっただけで……わたくしも彼もひと目で恋に落ちてしまって、その、流れと言いますか……」

 お父様の目が怖い……

「本当のことを言いますと……ひと目で恋に落ちたのは10年も前の話なのです。彼はずっと私を探し続けてくれて、やっと逢えたのですわ。なんというか……色々我慢が弾けても許してあげて欲しいのです。……わたくしも……嫌じゃなかったので抵抗しなかったわけですし……」

 親にこんなこと報告するなんて恥ずかしすぎる!
 すぐに逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「……母に体を見てもらえ。私は妻の意見に従おう」

 父はため息を吐いた。

 次はお母様の番なのね…

 謁見の間から扉一つで繋がる控え室に母と入ると、中にいた母の侍女が私のドレスを脱がせた。部屋にざわめきが広がる。

 手首を掴まれた痕だけでも相当だと思ってはいたけれど……鏡に映る私の体は見るからに痛々しかった。歯型が思った以上にたくさんある……
 もう全身ズキズキ痛くて歯型のせいなのか何なのかわからなかったわ……お父様の近くに来たから聖印の効果でみるみる回復しているけれど。

「レティシア……流石にこれはちょっと酷いと思うわ……本当に嫌じゃなかったの?抵抗しようとしても恐怖でできなかったとかじゃなくて?今も相当無理をしているのじゃなくて??」
「お母様。えっと恥ずかしいのですけど、本当に嫌じゃなかったのです。わたくし、こういうのが好き……みたい、なのです……
 それにあの、ほら!殴られたり叩かれたような跡は、無いでしょう??」

 あーあーあー!恥ずかしくて死にたい!!
 完全なる嘘じゃないところがなおさら恥ずかしい!
 母にドン引きされているわ私。

「レティシア……わたくしには判断できないわ……そうね、相手の方へのあなたの接し方を見てみようかしら」
「そ、そうして下さい!わたくし達を見てくだされば想いあっているのが一目瞭然だと思いますわ!」

 私はこれでレギアスの元に行けると思って控え室をはしたなく飛び出すと、父皇主の前で跪いて小さくなっているレギアスが目に入った。

「ソーマ王国第2王子、レギアス・シュタインシュバルト・ローグ・ウル・ソーマと申します。皇主陛下、この度は急な謁見の申し出を受けて頂き、心より感謝申し上げます」

 わー名前長ーい……祖先の英雄の名前を連ねていたりとかかしら。なんてピリピリした空気の中ついつい現実逃避してしまう。

「それで、用はなんだね?レギアス殿下」
「レティシア皇太女殿下との結婚を許可して頂きたく参りました」

 あああー怒ってる、お父様怒ってるー!
 オーラが凄いことになってますよ!
 レギアスともいいオーラ勝負ができそうだわ!さすがは皇主ね!!まあ今のレギアスは恐ろしいオーラはいっさい出していないけれど。
 というかそもそも私を助けたことを感謝するって話じゃなかったですかね??
 まあ助けたって言っても襲ってきたのがレギアスの同胞だから微妙なところなんだけれど……
 でも同盟国に敵対する竜戦士を処理するのは別に約定とかじゃなくソーマの信条としてやってるだけなのよね。

「いきなりやってきて結婚とは、話が急すぎるとは思わないかね?」
「そう思われるのはごもっともです。ですが、私は10年も前からレティシア姫に恋焦がれ、行方を探し求めてきました。そして姫をやっと見つけて、思いは受け入れられたのです。どうか、どうか……許しを頂きたく存じます」
「10年探したというが、ソーマと我が国はもっとも古き同盟国。見つからないわけはないと思うが、どうか?」
「父王に、隠されていました。おそらく、私に王位を継がせるために」

 え!?ちょっと聞いてない!レギアスって次の王位を期待されていたの!?
 公的な場にはいつも第1王子が来てたからてっきり彼が次代の王だと思っていたわよ?

「ほう、ではそなたは王位よりもレティシアを取ると申すのか?」
「はい。レティシア姫と添い遂げる事ができるのなら、私の身はこの国のために捧げます」

 うわぁーなんかちょっと感動的かも……

「なるほど……そなた……聞いていた話とだいぶ違うな?」
「えー、あの……レティシア姫を探し続けてあまりにも見つからなかったものですから、少し自棄になっていまして……今までの悪評も忘れて頂けるように誠心誠意努力する所存です……」
「ほう……。后よ!どう思う?」

 あ、お母様も控え室から出てきていたわ。
 この隙にとばかり私はレギアスの隣に駆け寄った。

「なんだか、聞いていると可愛らしく見えてきましたわ。レティシアの想いも本物のように見えるし……許可してあげてもよろしいのではないかしら」
「そうか……どの道あの皇帝に拐われるよりはマシなようだ。レギアス殿下、レティシアはただの皇女ではない。主神セレスティアの生まれ変わりとの託宣があった特別な存在だ。それなのにレティシアをアサルドの皇帝から嫁によこせと言われてな。断ったら次から次へと嫌がらせをしてきてエスカレートする一方だ。今回の隣国からの進軍も誘拐も帝国の息がかかっておるのだろうよ。そなた……守れるな?」
「命に代えましても」

 レギアスは一瞬も躊躇うことなく真摯な声で言った。

「そなたは騎士ではなく夫となるのであろう。ならばレティシアを1人にする事はあってはならぬ。2人で共に天寿を全うせよ」
「ははっ」
「お、お父様、ありがとうございますっ」

 私は涙が止まらなくて、頭を上げたレギアスがハンカチを取り出してオロオロしながら涙を拭いてくれた。

「ところで、10年前に会ったと言うが……余はそのような話は聞いておらぬぞ?」
「ほらあの、わたくしがずっと探していた、聖印を与えた……女の子です」
「レ、レティシア!……い、言わなくてもいいじゃないか……」

 さっきまで神妙な顔をしていたレギアスが真っ赤になって恥ずかしがっている。可愛い。

「そういえば、ソーマの王が娘たちが息子にドレスを着せたりとおもちゃにして困るとか言っておったわ!」
「まぁ!」

 父も母もすっかり和み、控えていた宰相と外相も交えて談笑しながらその後のスケジュールなどを話し合った。
 そして明日レギアスが国に報告に戻り、ソーマ王の許可が取れようが取れまいが3日後に婚約式をすると決まった。
 別に許可が取れなくても同盟関係に問題はないらしい。まあ王子が姫を襲って夫の座に収まるというのだから……どちらにしろ同盟関係を強くするしかないだろうな。許可も与えざるを得ないだろう。

 私の妊娠の可能性を考慮して結婚式は最短でスケジュールを組んでくれるそうだ。たぶん半年後くらいということ。
 アンサリムの皇族は妊娠しづらい体質なんだけど、早いに越したことはないから嬉しい。

 この時の私はこれで問題は全て解決したと勘違いをして、ただただ幸せな時間に浸っていた。
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