王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

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番外編

はじめての大げんか(2)

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 木立の途切れた場所に、一面赤紫の花が揺れていた。
 こんなところが、と目を丸くする朱昂しゅこうを置いて暁之ぎょうしは駆けていくと、足元にかごを置き、屈んで花を摘んだ。朱昂へ向かって手を振る。隣に立ち、朱昂も花を摘んだ。ぷちん、と意外な抵抗の後に花が茎から離れる。
 
「後ろから吸うの。見ててね」
 
 がくを取り除いた花を、暁之がくわえる。まるで口から花が咲いたかのような姿になった暁之を見て、朱昂は思わず微笑んだ。そのまま唇をすぼめて蜜を吸い、暁之は朱昂を見てへにゃりと笑った。
 
「あ~、甘い。こんな感じ。朱昂もやってみて」
「あぁ」
 
 暁之がしたように花をくわえて、きゅっと吸うと、口の中にチュンっと甘みが広がった。蜜は予想外に少なく、だが、甘かった。後からほんのりと青臭さが追いかけてくるところが、いかにも野生の甘さだった。
 
「あま……」
「んー」
 
 驚く朱昂の隣で暁之は次々と花を摘んでは口にくわえている。こんなに花を摘んでしまって大丈夫かと思うが、どうせ野草だと朱昂はふたつめに手を出した。そして次も。
 
「朱昂、おいしー?」
「うん」
 
 たしかに嫌いな味ではない。だが、味よりも、ちゅっと吸うと甘みが広がるのが面白くなってきて、花をくわえたまま朱昂は暁之を見て頷いた。その瞬間、暁之の手の中にあった花がぽとんと落ちる。まだ吸っていないはずの花を落とした暁之をよく見ると、夕焼けが先に訪れたのかというほど、頬が赤く染まっていた。
 
「暁ちゃん?」
「あ……」
 
 話しかけると、暁之は慌てたようにそっぽを向いた。
 
「どうしたの?」
「う、うるせー」
 
 急に悪態をついて暁之は一歩朱昂から離れた。唇を噛んで、つま先をじっと見ている。暁之が朱昂に乱暴な言葉を使うのは珍しい。急な態度の変化に驚いて顔を覗きこもうとすると、暁之ははっと顔を上げ、腕をぶんぶん振りながら後ずさりした。尋常な雰囲気ではない。
 
「どうしたの? 急に変だよ」
「変じゃない! おれが変なんじゃなくって、朱昂が、朱昂が女みたいな顔してんのが悪い! ちんちんあるくせに何だその顔。……ば、」
 
 ばーか、と震える声で暁之が言った瞬間、朱昂は自分が真顔になったのが分かった。気づけば、握っていた花を暁之へ投げつけていた。
 
「馬鹿はお前だ」
 
 言い捨ててすたすたとその場を離れる。悲鳴のように暁之が名を呼ぶ声を聞いて、とうとう堪忍袋の緒が切れた。振り向きざま罵倒を迸らせる。
 
「聞こえなかったのか、馬鹿はお前だと教えてやったんだよ。何だ最近毎日毎日『朱昂はなんにも知らないね』なんて抜かしやがって。挙げ句の果てに顔に文句か。良いご身分だな、クソガキ。じゃあ教えてもらうがお前は何を知ってるんだよ。たかだか薪拾いしか任されてないくせに賢しらぶりやがって。お前は自分の名前以外字も読めない。里の名前だって正式なものは分からなかった。そうだよなぁ、てめぇが住んでる国の名前すら分からない無学なガキだ。お前が、俺を馬鹿にする理由なんざどこにもないんだよ。――お前なんか大嫌い! 二度と会わない。もうこりごりだ、金輪際二度と会わないからな!」
 
 最後に吼えた瞬間、胸がビリっと破けた感覚がした。しかし、次の瞬間にはその感覚も忘れて暁之に背を向け、猛然と進む。ひどい時間の無駄だった。思えば小僧の膝の傷は完治していたし、前歯が生えるのも一本分見届けていたのだ。もうあんな馬鹿で無礼なガキに関わる意味などどこにもなかった。どうして今まで気づかなかったのだ。我慢などする必要などどこにもなかった。
 
――あー、せいせいした!!
 
 大声で言いたいのをぐっとこらえて、胸の中で叫ぶ。そうでもしなければ、怒りで泣きだしてしまいそうだった。
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