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番外編
はじめての大げんか(1)
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朱昂と暁之の幼い頃のお話。第三話の後くらいです。軽い気持ちでお読み頂けます。
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夕日が赤々と燃えるまでには、まだもう少し時間がありそうだった。
朱昂は、下草に埋もれるようにして落ちていた松毬を拾うと少し足を速めた。向かう先に影が見える。かごを背負った小さな人影が、黄色っぽい光を背中に受けて、歩いているのが見えた。
「暁ちゃん!」
声をかけると、例の如く枝を持っていた右腕を暁之が上げた。朱昂、と高い声が返事をするのが聞こえる。早足が、駆け足になった。わずかに息を切らしつつ暁之の前に立った朱昂は、握っていた手を広げた。
「でかい松ぼっくりあった。あげる」
ありがとう、と暁之は受け取ったそれを背負いかごに入れた。暁之はいつも薪拾いをしながら、朱昂に会いに来る。ちょい、とつま先立ってかごの中を覗いた朱昂は、くすくすと笑った。小枝の合間に、松毬がいくつも入っている。
「暁ちゃんて、よっぽど松ぼっくりが好きなんだな。最近いっつも入ってる」
きらきらした目で見上げてきた暁之が「なあに?」と尋ねるので答えると、「うん!」と頷くとばかり思っていた暁之が、予想に反して首を傾げた。
「集めるのは、焚きつけに使うからだよ?」
「え?」
「松脂のおかげでよく燃えるんだ。今のうちにたくさん拾って乾燥させて使うの」
仕事なんだぞ、と頬を膨らませた暁之は、すぐに噴き出して笑い始めた。
「朱昂、おれが松ぼっくりを好きで集めてると思ってたのか~? 変なのぉ!」
「変って、だっていつもかごに入ってたし」
「だからって、薪拾いのかごにこんなに入れてたら普通気づくだろ? 朱昂って本当に何も知らないな!」
最後の一言に朱昂はぐっと唇を噛んだ。いつもこれだ、と朱昂の胸の中に苦い気持ちが生まれては膨らんでいく。
最初は取り繕っていたが、朱昂が人間の常識を知らないことが最近になって暁之に知られてしまっていた。些細なことで朱昂がズレた発言をする度に、暁之が不思議そうにしてから笑いだす、ということをもう何回も経験している。その度に、矜恃が削られていくのを朱昂は感じていた。朱昂は吸血族の王子だ。笑われた経験など、皆無だった。
――俺は火起こしも薪拾いもしない! 知っているわけがないだろう!
そもそも厨房入ったことすらない。だが、それを言えば余計に暁之の態度が小馬鹿にしたものになりそうで、言い返せなかった。
喜ぶだろうと思った行為の末に笑われて、朱昂は不愉快のあまり二の句が継げなかった。そんな朱昂の隣でようやく笑いを収めた暁之が、朱昂の手を握った。反射的に振り払おうとした朱昂の腕を逆にぐっと下へ引っぱって、暁之が顔を近づけてきた。
「何にも知らない朱昂に、おれがいいとこ教えてあげる」
何にも知らない朱昂。カッと頭の中で火花が散る。
――こいつ、大っ嫌い!
胸中で叫んだ朱昂が「行かない」と言うも、暁之は引き下がらなかった。
「えー、行こうよ。おいしいよ」
「おいしい?」
食のことを言われるとたまらない。思わず聞き返すと、暁之が大きく頷いた。
「花の蜜吸ったことある? 甘くておいしいんだよ」
聞かれて朱昂は形良い眉を寄せる。ない。虫でもあるまいし、吸おうと思ったこともない。だが、未知の経験を前に、矜恃よりも好奇心が勝った。
「行く」
渋々頷いた朱昂の手を取って、暁之はかごを揺らしながら歩きだした。
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夕日が赤々と燃えるまでには、まだもう少し時間がありそうだった。
朱昂は、下草に埋もれるようにして落ちていた松毬を拾うと少し足を速めた。向かう先に影が見える。かごを背負った小さな人影が、黄色っぽい光を背中に受けて、歩いているのが見えた。
「暁ちゃん!」
声をかけると、例の如く枝を持っていた右腕を暁之が上げた。朱昂、と高い声が返事をするのが聞こえる。早足が、駆け足になった。わずかに息を切らしつつ暁之の前に立った朱昂は、握っていた手を広げた。
「でかい松ぼっくりあった。あげる」
ありがとう、と暁之は受け取ったそれを背負いかごに入れた。暁之はいつも薪拾いをしながら、朱昂に会いに来る。ちょい、とつま先立ってかごの中を覗いた朱昂は、くすくすと笑った。小枝の合間に、松毬がいくつも入っている。
「暁ちゃんて、よっぽど松ぼっくりが好きなんだな。最近いっつも入ってる」
きらきらした目で見上げてきた暁之が「なあに?」と尋ねるので答えると、「うん!」と頷くとばかり思っていた暁之が、予想に反して首を傾げた。
「集めるのは、焚きつけに使うからだよ?」
「え?」
「松脂のおかげでよく燃えるんだ。今のうちにたくさん拾って乾燥させて使うの」
仕事なんだぞ、と頬を膨らませた暁之は、すぐに噴き出して笑い始めた。
「朱昂、おれが松ぼっくりを好きで集めてると思ってたのか~? 変なのぉ!」
「変って、だっていつもかごに入ってたし」
「だからって、薪拾いのかごにこんなに入れてたら普通気づくだろ? 朱昂って本当に何も知らないな!」
最後の一言に朱昂はぐっと唇を噛んだ。いつもこれだ、と朱昂の胸の中に苦い気持ちが生まれては膨らんでいく。
最初は取り繕っていたが、朱昂が人間の常識を知らないことが最近になって暁之に知られてしまっていた。些細なことで朱昂がズレた発言をする度に、暁之が不思議そうにしてから笑いだす、ということをもう何回も経験している。その度に、矜恃が削られていくのを朱昂は感じていた。朱昂は吸血族の王子だ。笑われた経験など、皆無だった。
――俺は火起こしも薪拾いもしない! 知っているわけがないだろう!
そもそも厨房入ったことすらない。だが、それを言えば余計に暁之の態度が小馬鹿にしたものになりそうで、言い返せなかった。
喜ぶだろうと思った行為の末に笑われて、朱昂は不愉快のあまり二の句が継げなかった。そんな朱昂の隣でようやく笑いを収めた暁之が、朱昂の手を握った。反射的に振り払おうとした朱昂の腕を逆にぐっと下へ引っぱって、暁之が顔を近づけてきた。
「何にも知らない朱昂に、おれがいいとこ教えてあげる」
何にも知らない朱昂。カッと頭の中で火花が散る。
――こいつ、大っ嫌い!
胸中で叫んだ朱昂が「行かない」と言うも、暁之は引き下がらなかった。
「えー、行こうよ。おいしいよ」
「おいしい?」
食のことを言われるとたまらない。思わず聞き返すと、暁之が大きく頷いた。
「花の蜜吸ったことある? 甘くておいしいんだよ」
聞かれて朱昂は形良い眉を寄せる。ない。虫でもあるまいし、吸おうと思ったこともない。だが、未知の経験を前に、矜恃よりも好奇心が勝った。
「行く」
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