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第三章 我、太陽の如き愛の伯(おさ)とならん

第五十二話 太陽と交わる(2)※

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「あうっ」
「先、全部入った。――大丈夫?」

 寝台の上で、朱昂は伯陽の楔を受け入れていた。朱昂は眉を寄せながらも、汗をぬぐってうなずく。

「まだいける……う、う~、っは、う」
「んー、これ以上は……」
「止まって!」

 蛙のように足を開きながら、「痛い」と朱昂は呻いた。しかし、感じている痛みは尻の中が源ではない、と朱昂は思う。普段とは違う方向に長い時間引っ張られた括約筋周辺が痺れて、それを体が痛みと勘違いしているのだ。

「ぬ、抜くな。動かないで」
「分かってる」

 伯陽が動かなくなると、痛みが徐々に引いていく。残るのは圧倒的な異物感だ。

「あ、熱い……」
「うん」
「硬い」
「ありがと」
「褒めて、ない!」

 パァンと朱昂が敷布を手のひらで打った。力を入れるとぎゅうっと尻が締まって、違和感が増す。伯陽も呻いている。

「伯陽、俺、息が苦しい」
「うつ伏せになろうか」

 仰向けで足を上げるという慣れない体勢をしているためか、胸が重い。訴えると、伯陽は一度自身を引き抜き、朱昂をうつ伏せにした。伯陽が腹の下に丸めた布団をいれると、自然に尻が上がる。
 伯陽が潤滑剤を足して、もう一度入ってきた。二度目のためか、すんなりと先ほどの位置まで入り込む。

「朱昂、痛いな。ごめんね」
「大丈夫、だ……」

 伯陽の胸が背に触れる。耳の縁をついばまれ、優しく囁かれる。労りの言葉を聞きながら、伯陽が浅く抽送を始める。
 ちゅぷちゅぷと伯陽が動く音が聞こえる。先ほど教え込まれた前立腺の刺激を、朱昂の意識が拾った。

 ――ちょっと、これはいいかもしれない。

 痛みはたしかにある。しかし、伯陽の声と、腹に回された腕の頼もしさと、肌の熱と、匂いと、刺激と、まぐわっているという実感が、それを凌駕する。伯陽と、繋がっている。
 朱昂が敷布に頬をつけて、鼻にかかった甘え声を出し始めた。

「ぁ、ぁ……」
「朱昂。俺、幸せだよ」
「伯陽……」
「もう少し気持ちよくするか」
「え? ――うわ!」

 膝裏に伯陽の腕が回ったと思ったら視界が回転した。尻の辺りがぐにぐにするが、体勢を急に変えられた驚きであまり気にならなかった。

 朱昂は伯陽に背を向けた状態で伯陽の股近くに座らされていた。伯陽は先ほど朱昂の腹の下にあった布団の上に背を預け、朱昂の上体を自らの胸の上に倒す。楔はまだ、朱昂の中に入ったままだった。
 浅黒い大きな手が、朱昂の芯を残した茎に伸びる。先端をつまむようにさすられた。ぴりぴりと快感が走る。

「ん……」

 伯陽の左手が先端をくるむように愛撫し、右手が竿全体をしごく。直接的な刺激に、朱昂は顎をそらした。伯陽がちゅっと耳の先にくちづけて、囁いてくる。

「どこか触ってほしいところあるか?」

 通常の射精欲を突き抜けて、ふわふわと宙を浮くような心地よさだった。陰嚢近くを指の腹でくすぐられて、身じろぎすると伯陽が小さく笑う。弱いところばかり、攻めてきて、思考が遠のくのが分かる。頭がぼーっとしてうまく考えられない。

「朱昂のいいところ教えてくれ」

 優しいが、底の方で男くさい欲がたぎっている声に、さーっと頭に血がのぼった。いいところは大体お前が触っている、とは言いづらい。
 色々考えて、ここはどうか思いつくが、うまく言えない。恥ずかしい。朱昂は不意に涙の気配を感じた。

 女性とするときにはこうはならない。「ここが好きか」「ここがいいか」と女体をまさぐって、突き入れて揺さぶって互いに唸って吼えて嵐のように、燃え上がる炎のようにして交歓の時を過ごす。
 これほど労わられ心まで混じり合いそうな交わりは知らない。全身が熔けそうなのに、これ以上熔かしてくれとは言えなかった。

「普通、言えないよな……」
「ん、わからない、ごめん」
「ごめんはこっちだ。とても素敵だよ。最高だ、愛してる」
「全部きもちいいんだ……」

 伯陽があまりにも優しい声で囁くので、胸が締め付けられて涙がぼろぼろっとこぼれた。

「伯陽……、ちゃんと気持ちいいか?」

 涙声で尋ねると「もちろん」と伯陽の声が微笑するが、嘘だと朱昂は思う。先ほどからほとんど何もしていないのだ。
 朱昂は力の抜けた腕を叱咤して、伯陽の胸から背中を離した。ぐらりと肩が揺れて、慌てたように伯陽の手に腰を支えられる。

「朱昂」
「いいから」

 心配そうな声を軽くいなして、もそもそと手を伯陽の膝の横につく。伯陽に背中を見せた状態で、挿入されたまま股の上に座る形になった朱昂は、伯陽の太ももに目を落としながら腰を前後に動かした。

「うん……あっ」

 異物感が大きすぎて、どうしても思ったように腰が動かせない。腰を動かすと、伯陽のモノが肉壁を様々に刺激する。できる範囲で腰を振ると、いいところに当たった。そこにぶつけるたび悦びが増幅し、指先、つま先まで快感の根が伸びていく。視界が白く輝き始めて、腰の動きが容赦のないものになっていく。

 ――だめだ。伯陽を善くしなければいけないのに、これでは……。

 まるで自慰ではないか。分かっていても快感を追うのを止められない。勝手をする体を制御するように自分の肩を抱いて、朱昂は腰をくねらせていた。知らない。こんなのは、自分ではない。
 快感の穂先から、またも射精に似た先走りがこぼれるのに、朱昂は気づかなかった。

「伯陽っ、伯陽―っ!」
「朱昂っ!」

 後ろから思い切り抱きしめられた。極まる寸前で伯陽が腰を引く。ずろろ、と陽根が抜けていく。
 刺激に震える間もなく肩に痛みが走った。伯陽が肩に噛みついている。

「うっ!」

 痛みに耐えていると、次は唇に噛みつかれる。乱暴に唇を吸われ、舌を引きずり出され、喉の奥まで届きそうなほど、口内をしゃぶりつくされる。

 伯陽ともみ合って、噛みつき合って、朱昂は背中から敷布に倒れ込んだ。至近距離に伯陽の瞳がある。赤味のほとんどない澄んだ黒の中に、漆黒がある。伯陽の瞳孔が獣のように縦に伸びていた。魔性の瞳。
 剥き出しにする牙はもうないが、人間として生まれた伯陽に魔族の瞳を与えたのは他ならぬ朱昂であった。伯陽に残された、朱昂のしもべの証。

「来てくれ……」

 朱昂が足を開く。伯陽の情熱を奥まで受け入れた。
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