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第三章 我、太陽の如き愛の伯(おさ)とならん
第五十話 愛は、血の縁よりも強く(2)
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「暗いと一層怖くなる。こうしていれば寝ていてもすぐ鼓動を感じることができるから、隣で寝るんだよ」
「俺の心臓の音、聞こえているのか」
たしかに聞こえそうなほど脈打っているがまさか、と思いつつ聞くと朱昂がふっと笑う気配がした。
「聞くというより、俺は感じるんだ。自分以外の心臓の動き。今、いつもより鼓動が早いのも、分かってるよ……ふふ、背中を向けても無駄だ」
寝返りを打ちながら、ひゅうと喉が鳴った気がした。ばくばくと鼓動が早くなっていく。「これじゃあ眠れない」と目をつぶったが、こう思っていることすら朱昂にお見通しなのではと焦りが募る。高鳴るものを鎮めようと朱昂に背中を向けたまま深呼吸をするが、吐く息すら鼓動にあわせて震えているように感じた。
「伯陽、俺からも質問していいか」
「な、なに……」
「お前、俺のこと今でもそういう目で見られるの」
ぎゅうっと伯陽が拳を握る。心臓が胸を突き破って出てくるかと思った。
耐えきれず、伯陽は朱昂の方に体を向けた。朱昂は背を向けたまま静かに横になっている。
「そういう目って何だ」「今でもってどういう意味だ」ずるい逃げの言葉が次々と浮かぶ。
親友だ。兄弟同然だ。幼馴染だ。たしかに欲望を満たせば心地よいだろう、ただし欲望を絡ませれば必ず痛みが生まれる。朱昂にそんな痛みを強いてはいけない。ふたりの間に痛みは必要ない。俺たちは今で十分幸せだ――。
朱昂は黙している。
答えを待つ主の背中に、伯陽はぐちゃぐちゃになった感情が唐突に静まっていくのを感じた。あらゆるためらいのもやを突き抜けてたったひとつ残ったものを、伯陽は朱昂に伝えようと口を開いた
「見られるよ」
朱昂は動かない。朱昂の肩に触れようとした手を、寸前で引いた。体を起こして、膝の上で手を組む。
「本当は、自分の気持ちをどうやって抑えていけばいいのか分からなくて、途方に暮れてる……かっこ悪いよな」
朱昂が身じろぎした。仰向けになって、顔の上に腕を置いて黙っている。しばらくして、しもべを呼んだ。
「伯陽」
「うん?」
「お前は俺のしもべだ。お前が望むのは、願うのは、すべて主である俺が望んでいるからだ。だから、だから――悪いのは俺なんだよ」
「朱昂……」
伯陽は荒々しい手つきで朱昂の胸にかかる布団をはねのけた。目元を覆う朱昂の腕を掴んで引き寄せる。朱昂の黒髪が一瞬宙に跳ね上がって伯陽の腕に、胸に触れて、離れた。
驚きに丸くなった紅い目を見つめて、伯陽は眉を下げ困ったように笑った。逃げ道を作ってくれる朱昂が、悲しくて、愛おしい。
伯陽は本心を伝えたかった。言葉を通さなければ伝えられないのが歯がゆい。心というものが目に見えるなら、胸を開いて見せたかった。
「朱昂、お互いを傷つけると思い込むのはもうやめにしよう」
朱昂が、息をのんだ。
初めて会った時も、朱昂は大きくて真っ赤な目を見開いていたことを思い出す。
自分たちの気持ちの理由を奇跡的な強さを持つ真血の絆に仮託しても、破綻の未来が待っているのではないかと恐怖が消えないのだ。どれだけ先に目を凝らしても何も見えないことに怯え、ふたりがまた別れてしまったらと起きてもいない悲劇に心を痛めている。
青くなる朱昂の頬に手を添える。ひどく怖がっている表情。
言い尽くせぬほど求めあっているのに、自分たちでも混乱するほど結ばれるのを恐怖するのは、幸福が一瞬で引き裂かれるのを知っているから。幸せの絶頂を知ってしまえば、失った時の痛みがより増すのを予感してしまうから。
「朱昂」
手が、呼ぶ声が、震える。恐怖の正体を伯陽はようやく認めた。すべて決まっていたのだ。目が合ったあの時に、すべて。
恐怖の正体は――。
「朱昂、愛している」
愛を告げる半身に、朱昂の目に涙が光る。腕を広げる伯陽の胸に、朱昂はためらい、ためらいにためらって、そっと身を寄せた。伯陽は朱昂を抱きしめ、朱昂は伯陽の胸にすがりつく。二度とほどけぬことを願いながら怯える心を見せ合う。額を寄せてしもべは主に囁いた。
「愛してる。俺たち、遠回りしすぎたな」
「伯陽……」
微笑む伯陽に、朱昂の頬はまだ青白い。抱きしめる手を戸惑いに揺れる朱昂の両頬に当てた。
「朱昂がいたから、耐えられたことがたくさんあった。俺たちを繋いでいるのは、真血の力だけじゃないと、俺は思うよ。朱昂もそう思ってくれていたら、いいんだがな」
紅い瞳の中に凝った恐怖が、ゆっくりと晴れていくのが分かった。弾けるような好奇心と静かな聡明さを朱昂が取り戻す。光り輝く大きな目を細めて、朱昂は伯陽の瞳を見つめる。
――俺も、思っているよ。
小さく動いた唇に、伯陽は己の唇を重ねた。
「俺の心臓の音、聞こえているのか」
たしかに聞こえそうなほど脈打っているがまさか、と思いつつ聞くと朱昂がふっと笑う気配がした。
「聞くというより、俺は感じるんだ。自分以外の心臓の動き。今、いつもより鼓動が早いのも、分かってるよ……ふふ、背中を向けても無駄だ」
寝返りを打ちながら、ひゅうと喉が鳴った気がした。ばくばくと鼓動が早くなっていく。「これじゃあ眠れない」と目をつぶったが、こう思っていることすら朱昂にお見通しなのではと焦りが募る。高鳴るものを鎮めようと朱昂に背中を向けたまま深呼吸をするが、吐く息すら鼓動にあわせて震えているように感じた。
「伯陽、俺からも質問していいか」
「な、なに……」
「お前、俺のこと今でもそういう目で見られるの」
ぎゅうっと伯陽が拳を握る。心臓が胸を突き破って出てくるかと思った。
耐えきれず、伯陽は朱昂の方に体を向けた。朱昂は背を向けたまま静かに横になっている。
「そういう目って何だ」「今でもってどういう意味だ」ずるい逃げの言葉が次々と浮かぶ。
親友だ。兄弟同然だ。幼馴染だ。たしかに欲望を満たせば心地よいだろう、ただし欲望を絡ませれば必ず痛みが生まれる。朱昂にそんな痛みを強いてはいけない。ふたりの間に痛みは必要ない。俺たちは今で十分幸せだ――。
朱昂は黙している。
答えを待つ主の背中に、伯陽はぐちゃぐちゃになった感情が唐突に静まっていくのを感じた。あらゆるためらいのもやを突き抜けてたったひとつ残ったものを、伯陽は朱昂に伝えようと口を開いた
「見られるよ」
朱昂は動かない。朱昂の肩に触れようとした手を、寸前で引いた。体を起こして、膝の上で手を組む。
「本当は、自分の気持ちをどうやって抑えていけばいいのか分からなくて、途方に暮れてる……かっこ悪いよな」
朱昂が身じろぎした。仰向けになって、顔の上に腕を置いて黙っている。しばらくして、しもべを呼んだ。
「伯陽」
「うん?」
「お前は俺のしもべだ。お前が望むのは、願うのは、すべて主である俺が望んでいるからだ。だから、だから――悪いのは俺なんだよ」
「朱昂……」
伯陽は荒々しい手つきで朱昂の胸にかかる布団をはねのけた。目元を覆う朱昂の腕を掴んで引き寄せる。朱昂の黒髪が一瞬宙に跳ね上がって伯陽の腕に、胸に触れて、離れた。
驚きに丸くなった紅い目を見つめて、伯陽は眉を下げ困ったように笑った。逃げ道を作ってくれる朱昂が、悲しくて、愛おしい。
伯陽は本心を伝えたかった。言葉を通さなければ伝えられないのが歯がゆい。心というものが目に見えるなら、胸を開いて見せたかった。
「朱昂、お互いを傷つけると思い込むのはもうやめにしよう」
朱昂が、息をのんだ。
初めて会った時も、朱昂は大きくて真っ赤な目を見開いていたことを思い出す。
自分たちの気持ちの理由を奇跡的な強さを持つ真血の絆に仮託しても、破綻の未来が待っているのではないかと恐怖が消えないのだ。どれだけ先に目を凝らしても何も見えないことに怯え、ふたりがまた別れてしまったらと起きてもいない悲劇に心を痛めている。
青くなる朱昂の頬に手を添える。ひどく怖がっている表情。
言い尽くせぬほど求めあっているのに、自分たちでも混乱するほど結ばれるのを恐怖するのは、幸福が一瞬で引き裂かれるのを知っているから。幸せの絶頂を知ってしまえば、失った時の痛みがより増すのを予感してしまうから。
「朱昂」
手が、呼ぶ声が、震える。恐怖の正体を伯陽はようやく認めた。すべて決まっていたのだ。目が合ったあの時に、すべて。
恐怖の正体は――。
「朱昂、愛している」
愛を告げる半身に、朱昂の目に涙が光る。腕を広げる伯陽の胸に、朱昂はためらい、ためらいにためらって、そっと身を寄せた。伯陽は朱昂を抱きしめ、朱昂は伯陽の胸にすがりつく。二度とほどけぬことを願いながら怯える心を見せ合う。額を寄せてしもべは主に囁いた。
「愛してる。俺たち、遠回りしすぎたな」
「伯陽……」
微笑む伯陽に、朱昂の頬はまだ青白い。抱きしめる手を戸惑いに揺れる朱昂の両頬に当てた。
「朱昂がいたから、耐えられたことがたくさんあった。俺たちを繋いでいるのは、真血の力だけじゃないと、俺は思うよ。朱昂もそう思ってくれていたら、いいんだがな」
紅い瞳の中に凝った恐怖が、ゆっくりと晴れていくのが分かった。弾けるような好奇心と静かな聡明さを朱昂が取り戻す。光り輝く大きな目を細めて、朱昂は伯陽の瞳を見つめる。
――俺も、思っているよ。
小さく動いた唇に、伯陽は己の唇を重ねた。
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