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第三章 我、太陽の如き愛の伯(おさ)とならん

第四十八話 再会

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 見知らぬ天井が広がっていた。
 黒を基調とした寝台から左手を見ると、薄い布の張られた衝立があった。細かな刺繍をぼんやりと眺める。衝立と寝台の間には小さな卓と椅子がある。引き出しのついた小さな棚も、枕もとのすぐ横に置かれていた。

 体を起こす。ずいぶんと体が薄っぺらく、軽くなったような気がした。はっとして頭を触ると、長かった髪は耳にかからぬほどにすっかり切られてしまっていた。柔らかい夜着はいつものよりずっと厚手だ。ひたりと、足の裏を床につける。卓に手をつきながら立ち上がると、意外に簡単に立てた。

「誰か……」

 部屋は静かだ。窓から柔らかな日差しが入り穏やかな雰囲気だが、今はそれがあまりにも心細い。恐る恐る衝立の奥を覗いて、絶句した。

朱昂しゅこう……」

 衝立の奥には思った以上に広い部屋が広がっていた。絨毯の上に置かれた大きな卓がある。椅子に座り、それに頬杖をついた男がまぶたを下ろしていた。不意に口から飛び出した名前に、ぎょっとする。

 男は、たしかに思い出の朱昂に似ていた。髪は頭の上でくくり、首の後ろに垂らしている。黒髪はゆるく巻きながら白いうなじの辺りで遊んでいる。まぶたは広く、眉は男らしく額に向かっている。淡い色の唇に白い牙の先端がのぞいているのを発見し、胸が軋んだ。

 近寄り床に膝をつけて、すぐそばにある顔を見上げる。長い年月を経ても、魅力的な寝顔だった。そもそも朱昂の外見は若い。また見た目の年の差が離れてしまったと切ない気持ちになる。
 朱昂は立派な男になっていた。無邪気さはあまり感じられなくなった代わりに、額に、頬に、目元に、頬を押さえる大きな手に、成熟した美しさが宿っている。朱昂は暗い金の糸で六花の刺繍が施された袍の上に藍色の帯を締め、黒のゆったりとした上衣を羽織っている。上品な香りが、漂ってくる。

 ――王になったのか。

 別れる直前の朱昂を思い出す。軽装で山の中を走り回り、枝に腰かけ足をぶらつかせながら本を読んでいた。物識りで、思慮深く、そのくせ妙なところで初心で純粋だった。家を離れる時はいつも「怪我をするなよ」と言い、帰れば「怪我をしなかったか」と聞かれる。

 細い体に背負っていた朱昂の重責を知ったのは別れてからだ。何もできなかった。そばにいてやることも、声を聞いてやることさえできなかった。強い心の裏に、寂しがりな部分を隠し持っていることを、誰よりも知っていたはずなのに。
 すべて思い出したと思っていたが、主の姿を目にして次々と過去が思い出される。別れる未来などないと、固く信じていたあの頃。

「朱昂」

 肘に手を置き、さするように揺すぶった。くるりと上を向いたまつげが震え、紅の瞳が現れた。ゆっくりと首が動いて、目が合う。パチンと頭の中で何かがはじける感覚があった。

「目が、覚めたか」
「うん。……朱昂」
「なに?」
「ただいま」

 ぼんやりとこちらを見ていた目が震えた。紅い瞳が歪んで見えるほど涙でいっぱいになる。朱昂は年を重ね、偉大な王になった。しかし、心の形は変わっていないと、その時悟った。
 朱昂の頬にいくつも涙が筋を作った。涙を拭おうと腕を伸ばすと、胸に朱昂が飛び込んでくる。

「おかえり。……おかえり、おかえり、おかえり伯陽」
「ただいま……!」
「遅いんだよ馬鹿ぁ!」

 どんと、朱昂が拳で胸を打ち、しゃくりあげながら両腕を首に巻き付けてくる。渾身の力で抱きしめる。互いの衣が互いの涙を吸っていく。

「ずっと、ずっと会いたかったよ伯陽。ずっとずっとずっと、もう、離れないで」

 嗚咽で声が出ない。ただただ首を縦に振る。

「……もう、離さないくらい強くなったから。おれ、がんばった、から」

 濡れた頬を重ねて、もう離さないと固く抱きしめあう。肩に甘い痺れが走った。朱昂が肩を噛んでいる。幼体の朱昂に、円い歯で噛まれた時の痛みを思い出した。あの頃は親友のじゃれ合いとしか思わなかったこれが、ただの吸血の真似事でないと分かる程度には成長できた。互いの肌に牙を埋め合う、吸血鬼同士の最上級の愛情表現。

 伯陽は、牙の戻らなかった口を開き、朱昂の首筋を甘く噛んだ。朱昂の体がぶるりと震える。
 体を離した朱昂に、両手で頬を掴まれる。血に濡れた朱昂の唇に、伯陽は己のそれを重ねた。結び合った唇は、血の色を薄めながら何度も何度も離れては触れ合う。血を舐めあい、舌を絡め、互いの息が続かなくなるほど、主従はくちづけに溺れた。
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