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第二章 月ニ鳴ク獣
第四十七話 真血の秘術(1)
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部屋を出ようとする朱昂の肩を、白火がしっかりと抑えていた。ふたりはまだ楼主の部屋にいる。子静と子躍の気配が消えたことを白火に訴えたが、白火は朱昂を十五楼へ行かせようとしない。
「まさか本当に両替が終わるのを待つつもりか。伯陽のところへ行かせろ!」
「湛礼台に支払いが済まぬうちは動けません。鍵を渡されていない」
「こじ開ければよかろう」
「そう簡単であれば、誰も苦労はいたしますまい。妙な動きをすれば、身請け額が足りぬなどとふっかけられ、ん……、終わったか?」
朱昂に抱きついたまま白火が首を回すと、連れの青年が頷いた。隣にいる男衆が朱昂に飾り緒のついた鈴を差し出した。受け取る時にリィンと鈴が転がる。
白火が急に朱昂の右手を握った。
「ご案内します。参りましょう」
朱昂のうなずきを待たずに白火が走り出した。右へ左へと狭い通路を迷いなく走る。朱昂は目が回りそうになりながら、ついていくのに必死だ。ドン、と体当たりに近い勢いで扉を開くと、眼前に広がるのは玄関と繋がる大広間だった。先ほどとは打って変わって、娼妓たちが広間で準備をしている。脂粉の香りがどっと朱昂を襲った。
白火は走る。ずらりと並ぶ卓を避けながら走るも、目的地の分からぬまま走っている朱昂の足がもつれる。少しずつ距離が開き、つないだ手が離れた。いくつか卓を飛び越えつつ走る朱昂に近づいてきた白火が朱昂を抱き上げた。白火の方が体格は優れている。朱昂が身を固くする瞬間、白火が大跳躍をした。大広間の真ん中から端まで一飛びすると、朱昂を抱えたまま広間の端まで驀進する。少し奥まったところにいる男衆が、唖然としてこちらを見ている。ひとりを指さして白火が叫んだ。
「十五楼の紋はどこだ!」
「ございません」
「ない!?」朱昂が目を剥く。
「じゅ、十四楼から階段を上がっていただくことになっています」
「相分かった。――こちらです。す、鈴が鍵です」
さすがに息を荒げている白火が、一番突き当りで止まった。床に転移術式が刻まれている。術式の上に下ろされた朱昂は握っていた鈴の飾り緒を摘まみ、リン、と鈴を転がした。
ひとつ鳴らしただけの音が反響し、術式が淡く光る。平衡感覚が薄くなる。
「そんなに体を動かして大丈夫か」
転移には少し時間の間がある。嘔吐感を紛らわすために朱昂が隣に問うと、「おかげ様で」と答えがある。
「今の私が動けるのは、すべて真血公のお力です」
「そうだな。……行こう」
転移を終え、また走り出す。今度は手を繋がなくとも行き先が分かった。すぐ目の前に階段がある。駆け上がると、階段と向かい合うように扉があった。百花の象嵌が施された扉を押しても動かない。はっとして鈴を振った。解錠の気配。
扉を開こうと力を入れる直前、ごくりと喉が鳴った。怖気が生まれるのを感じた。だが、躊躇う自分ごと前に押し出すように扉を開ける。
「まさか本当に両替が終わるのを待つつもりか。伯陽のところへ行かせろ!」
「湛礼台に支払いが済まぬうちは動けません。鍵を渡されていない」
「こじ開ければよかろう」
「そう簡単であれば、誰も苦労はいたしますまい。妙な動きをすれば、身請け額が足りぬなどとふっかけられ、ん……、終わったか?」
朱昂に抱きついたまま白火が首を回すと、連れの青年が頷いた。隣にいる男衆が朱昂に飾り緒のついた鈴を差し出した。受け取る時にリィンと鈴が転がる。
白火が急に朱昂の右手を握った。
「ご案内します。参りましょう」
朱昂のうなずきを待たずに白火が走り出した。右へ左へと狭い通路を迷いなく走る。朱昂は目が回りそうになりながら、ついていくのに必死だ。ドン、と体当たりに近い勢いで扉を開くと、眼前に広がるのは玄関と繋がる大広間だった。先ほどとは打って変わって、娼妓たちが広間で準備をしている。脂粉の香りがどっと朱昂を襲った。
白火は走る。ずらりと並ぶ卓を避けながら走るも、目的地の分からぬまま走っている朱昂の足がもつれる。少しずつ距離が開き、つないだ手が離れた。いくつか卓を飛び越えつつ走る朱昂に近づいてきた白火が朱昂を抱き上げた。白火の方が体格は優れている。朱昂が身を固くする瞬間、白火が大跳躍をした。大広間の真ん中から端まで一飛びすると、朱昂を抱えたまま広間の端まで驀進する。少し奥まったところにいる男衆が、唖然としてこちらを見ている。ひとりを指さして白火が叫んだ。
「十五楼の紋はどこだ!」
「ございません」
「ない!?」朱昂が目を剥く。
「じゅ、十四楼から階段を上がっていただくことになっています」
「相分かった。――こちらです。す、鈴が鍵です」
さすがに息を荒げている白火が、一番突き当りで止まった。床に転移術式が刻まれている。術式の上に下ろされた朱昂は握っていた鈴の飾り緒を摘まみ、リン、と鈴を転がした。
ひとつ鳴らしただけの音が反響し、術式が淡く光る。平衡感覚が薄くなる。
「そんなに体を動かして大丈夫か」
転移には少し時間の間がある。嘔吐感を紛らわすために朱昂が隣に問うと、「おかげ様で」と答えがある。
「今の私が動けるのは、すべて真血公のお力です」
「そうだな。……行こう」
転移を終え、また走り出す。今度は手を繋がなくとも行き先が分かった。すぐ目の前に階段がある。駆け上がると、階段と向かい合うように扉があった。百花の象嵌が施された扉を押しても動かない。はっとして鈴を振った。解錠の気配。
扉を開こうと力を入れる直前、ごくりと喉が鳴った。怖気が生まれるのを感じた。だが、躊躇う自分ごと前に押し出すように扉を開ける。
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