王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

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第二章 月ニ鳴ク獣

第四十五話 小さき勇者たち(1)

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 王の目が立ち去った後、朱昂しゅこうは深くうなだれたまま、身じろぎ一つせずに思考していた。
 偵察部隊「王の目」により、未明から立て続けに龍族の異変が知らされていた。龍族で内乱が発生したらしい。龍王が龍騎兵を率いて出陣したが、どうやら敗走したというのだ。しかも、戦場に縁のないはずの龍玉がいたようだと、密偵は告げた。

「どうする……」

 常勝最強の龍騎兵が敗走とは信じがたい。だが、実際に死傷者多数と王の目が伝えている。事実であれば朱昂の中で悩ましい問題が発生する。すなわち、龍王の殺害のために龍宮へ進軍するか否かである。

「進軍して仮に龍王を殺せたら、伯陽くんの花主はなぬしは死亡したことになるの?」

 玄姫げんきが音もなく姿を現し、朱昂に問いかけた。

「なるだろうな……。花主空位の月鳴であれば、今ある金で身請けすることができる」
「でも龍王が生きていたら、身請けはできない。身請けには花主とやらの許可がいる。憲龍は死んでも伯陽くんを手放さない。伯陽くんとお殿がまた主従になったら龍玉の面子を潰しかねないから。そういうことでしょう?」

 朱昂は青白い顔でうなずいた。貧血で頭が回らない。思考をまとめる手助けをしてくれる使い魔の存在は大きかった。

 一年前、龍王に花主の株を強奪されてから状況は一変した。十五楼に格上げとなった月鳴の身請け額は桁が変わった。朱昂は多額の身請け金を稼ぐために、無茶な治療を繰り返し、慢性的な貧血状態だ。
 どんなに体調がすぐれずとも朱昂は真血の治療をやめなかった。先月に至っては治療後に倒れ、葵穣の輸血を受けてようやく目覚めたのだ。

 朱昂が治療を急ぐ理由、それは月鳴が血を摂取していないことにある。血を絶たれた吸血鬼の生存期間は最長で二年。大半が一年を過ぎる頃に亡くなる。月鳴の場合、死の期限がすぐそこまで迫っていた。もし死んだとして、遺体の処置の決定権は花主が持つという。龍王が何をするか分からない。必ず生きている間に身請けをしたかった。
 白郎が朱昂の額の汗をぬぐう。

「龍王を花主の地位から追い落とすことはできないのですか?」
「金があればできる。だが、俺の手元にそれだけの金はない」

 朱昂が唇を歪める。

「重税を課すわけにもいかない」
「やっちゃえばいいと思うけど」
葵穣きじょうの地位を壊しかねん。しかも時間がかかる」

 朱昂は首を振る。龍族への進軍をためらうのも同じ理由がある。龍王に対する朱昂の想いは私怨でしかない。吸血族に対する恩恵がひとつもない戦をすれば、王への信が揺らぐ。ようやく取り戻した王座を、朱昂はなんとしても息子に無傷で渡したかった。朱昂の半生は、半分はしもべのため、もう半分は息子のためにあった。

「仮に進軍したとして、勝算はあるの」

 玄姫の飾らぬ直截ちょくせつな物言いに朱昂は、はーと口を開けて息を吐いた。

「龍王殺害までは戦えるかもね。でも、いくら被害を受けたからって龍騎兵が無抵抗ってことはないでしょう? 全滅はしていないようだし。龍騎兵に勝てるのお殿、その体で」
「玄姫」
「白郎は黙って。殿の命がかかっているのを私は傍観できない」

 朱昂は背もたれに身を預け、両手で顔を覆った。頭の中でいくつもの可能性が飛び交う。しかし、朱昂の求める終幕に、どれもたどり着かない。途中で可能性が消えてしまうのだ。

「叶わぬのかぁ、……だめかぁ!」

 朱昂の嘆きが大きくなる。ここまで来たのに、と心が悲鳴を上げる。使い魔は悲し気に主に寄り添う。しんと、静まり返った部屋の扉が開け放たれた。軍装を整えた仁波じんぱが入ってくる。
 部屋の外にずっと控えていたのだろう。眉に緊張を漂わせながら近づいてくる仁波を前に朱昂はようやく手を下ろす。

「どうした」
「諦める貴方の姿を見るくらいなら、龍王の首を落として参ります。真血の面子を守るためなら、龍騎兵の槍など受けて立つ」

 ガチャンと派手な音を立てて佩刀を卓の上に置く。

「ご指示を」
「馬鹿……」
「なんとでも仰ればよろしい」

 朱昂の紅眼が仁波を見つめる。朱昂の指が仁波の剣に触れようとした時、場違いな声がかけられた。

「主従で愛を確かめ合っている時にごめんなさい。血王陛下とお話ししたいんですけど……、わぁ、いい男」

 仁波が剣をとって振り返り、朱昂が戸の方に目線を向ける。そこには、黒髪を頭の上で結い、一房だけ顔の横に垂らした男が立っていた。すっと背が高く、小さな顔に切れ長の瞳が印象的だ。朱昂と目が合うと、臆する気配もなくにっこりと白い歯を見せて笑う。華やかな顔立ちだ。

「パパが言ってた通りだ」
淘乱とうらんの息子か」
「第一王子・乱華らんかと申します。月鳴ちゃんのことなのだけど」

 普段無表情の仁波が盛大に顔をしかめるのを横目に、朱昂は傍まで手招いた。
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