王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

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第二章 月ニ鳴ク獣

第四十話 龍玉の病(2)

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 龍宮に入る際に車の窓を閉めるように指示され、とある大門で下ろされた。この先は馬が入れないと説明を受け、徒歩で少し歩いた先に、龍玉のいる館があるようだった。

 門前に庭園の広がる建物の中に入り、将軍が戸を叩く。細く戸が開き、中にいる者が将軍の姿とその後ろにいる朱昂しゅこうをちらと見、小さな悲鳴めいたものを発した。すぐに扉は開かれ、室内に通される。発熱した病人のいる部屋特有のむっとする空気を感じながら、朱昂は衝立の手前で奥の寝台へと声をかけた。

「書状を受け取り、こちらに参りました。お顔を拝見して良いだろうか」
「どうぞこちらへ」

 落ち着いた女の声が朱昂に答える。衝立の内に入り、朱昂はそっと顔を上げた。当代龍玉・寧龍ねいりゅうは寝台の中で上体を起こし、朱昂を見ていた。長い髪は下ろしただけであり、傷一つない乳白色の角が光を受けて縁が複雑な色に光っている。白い瓜実顔にまつげの豊かな扁桃型の目。淡い桃色の唇。薄墨色の瞳は、熱のせいか潤んで見えた。怜悧で素っ気なさすら感じる姉と比べて、ずいぶんとあたたかく、幼げな色気のある顔だった。

 龍玉はつと眉を下げて微笑んだように見えたが、すぐに目を伏せ苦しい息を吐いた。

「遠路はるばるお越しいただき、ま、誠に、ありがとうございます。不躾をどうぞお許しください。わらわ、いえ、わたくしは世慣れぬ身で……」

 とつとつと龍玉は挨拶を始めた。とぎれとぎれで、いささか要領を得ない。呼吸に難があるのかと、しばらく耳を澄ませていた朱昂の眉の辺りにいら立ちが混ざってきた。体調のせいではない。性格なのだろう。じっと床の一点を見つめ緊張した面持ちで口上を述べている。

 龍玉が長口上を述べながら布団の上で両手をもみ合わせ、肩をすぼめた。そうすると腕が寄り、豊かな乳房が腕の間に押し出される。寝乱れたのか夜着の胸元が開き、もったりと張り出した肌が露出していた。
 谷間をしばらく眺めた朱昂は、そっと横を向き、龍族の侍女に向かって自らの胸を手のひらで押さえて見せた。ぽかんとしていた侍女は、訝しげに主を見た途端、カッと目を見開いて慌てて龍玉の肩に上着を掛けた。
 龍玉はといえば、ぼうっとした口調で「ありがとう」などとつぶやいている。

 朱昂は頭を抱えたくなった。これが龍玉、龍族の至宝の姿だ。口下手で、気が利かず、世にも男にも慣れていない。こんなぼんやりとした年の割にいとけないだけの女に、苦しまされている己が口惜しい。龍玉は力だけの存在だ。朱昂とは異なり、己で力を操ることはほぼできないという。この女に何を聞いても無駄かもしれないと思うと、徒労感がどっと朱昂の肩にのしかかった。

「龍玉公、あまり時間がないとのことですので、もう診察に入ってもよろしいか」
「ええ、もちろん。あ、お茶は……?」

 今になって茶を出そうとする龍玉に内心溜息をつきながら、朱昂は寝台の傍の椅子に腰を据えると、診察を始めた。

 熱と脈を測り、発熱以外の異常を聞き取る。症状は発熱の他に目立ったものはなかった。食欲がないのも、めまいがしてうまく歩けないのも、長期間熱がある影響のように聞こえる。感染症ではないなと判断しながら、朱昂は龍玉の指の先に細い針を刺した。匙ににじみ出る血を溜め、口に運ぶ。
 血を飲めば大体の不調の原因が分かる。肝臓であれば厄介だなと思いつつ血を舐めた瞬間、ぞっと首筋の裏が鳥肌立った。すぐに懐紙に血を吐き出す。

 ――毒だ。

 しかも単なる毒薬や食あたりによる毒ではない。非常に微弱だが、感じたことのない異臭が混じっていた。何だろうと考えて思い至った。呪術だ。呪術による毒。
 いくつか薬は持ってきたが、解呪の薬は繊細で、とてもその場で煎じることはできない。朱昂は人払いをさせて、己の手首を切り、真血を器に注いだ。真血による治療を他族に見られたくはない。通常の椀一杯分ほど血を採ると、寧龍に差し出した。

「飲みなれないだろうが、お飲みください。輸血は時間がかかる。通常の血液ではありませんので吸血鬼でなくとも腹を下したりはしません」
「い、いただきます」

 もっと抵抗するかと思いきや、寧龍は青ざめながらもすぐに真血を飲み始めた。言われるがまま動く寧龍を見て、朱昂の胸に複雑な想いが宿るが強いて考えないようにした。多少辛そうにしながらも、龍玉は見事に真血を飲み干した。朱昂は龍玉の体内にある真血を操り、解呪を施していく。しばらくしてほっと息を吐いた。

「終わりました。すぐに体は回復を始めます。だいぶ体力を落としていますので、しばらくは養生した方がよろしいかと」
「ありがとうございます。あの、原因は……?」
「毒です。お心当たりはおありか」

 龍玉の表情に厳しいものが宿った。驚く朱昂の前で、龍玉は何度もうなずいた。眉を寄せうなずきながら、なぜか赤面し、顔を覆ってしまった。手をずらし、瞳だけを見せた龍玉が低く朱昂を呼ぶ。

「真血公。生まれながらに毒を持つ者が、毒から解放されることはありますか。真血でならば、それができるでしょうか」

 質問の意図を読みかねていると、侍従が扉を叩く音がした。
 真血での治療が終わったことを告げると、会話の暇もなく、朱昂は龍宮を追い出されてしまったのだった。
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