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第二章 月ニ鳴ク獣

第二十三話 手がかりを求めて(4)

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 数日後。夕方に店の裏口にやってきたなじみの両替屋と談笑していた月鳴は、店の若い衆に背中から声を掛けられた。老狐の旦那が呼んでいる、と短く告げられる。硬い声に違和感を覚えながらも両替屋に手を振って歩き出すと、早く、と急かされる。

 小走りで部屋に戻り、白火の顔を見てぎょっとした。もともと白肌だが、妙に青ざめている。
 白火が自ら立って戸を閉め、月鳴の腕を引いて椅子に座らせた。そわそわと腕組みをして隣に座る。胸がざわついた。何か粗相をしただろうかと肩を落とす。店の若衆も硬い声を出していた。出ていけと言われたとしたらと、視線がますます下がる。
 焦る気持ちの裏で開店の時間が気になるが、白火がいる以上どうしようもない。

「月鳴」
「はい」
湛礼台たんれいだいに、移ることになった。しかも、三日後……」
「は? 湛礼台ってあの!?」

 言いながら月鳴は左側を差した。幻市の正門から大通りを真っすぐ進むと、ある妓楼が聳え立つ。妓楼の名は湛礼台。およそ十五楼ある高層建築で、威容を誇っている。
 幻市のほぼ中央に位置し、幻市の城門を直進すれば必ず湛礼台に行き着くようになっているという、幻市の代名詞と言われる店。

 客のいない夜の狭間に、月鳴は露台から光り輝く湛礼台をよく眺めていた。そこにいる娼妓は容姿だけでなく、芸に秀で、没落した貴族の子息子女がいるとか、富豪が妾や隠し子を囲うための隠れ蓑だとか、そんな話をよく聞く。話の真贋はともかく、とんでもない場所なのだ。大路沿いでもない裏通りの妓楼で、酒を注ぎ、双六を打ちつつ春をひさいでいるごくごく普通の男娼がいる場所ではない。

 動転する月鳴の両肩を、白火が掴んだ。血の気の失せた顔の中で、瞳だけに輝きが戻っている。興奮した笑みを見せた。

「月鳴、お前よほど強運だな。湛水たんすいを生きて渡ってきただけはある。――夢王だ」
「なに?」
「夢王様から声がかかったんだよ。慈母じぼの君、秘蹟だ。湛礼台にいないなら早く移せと言って、移るための大金をくださったんだ。もうここの店主とも話はつけている」
「秘蹟……」

 心配はいらないよ、退店の金も払ったし、この店から湛礼台の娼妓が出たって店主も鼻高々だ。白火の言葉はすぐに頭から抜け落ちて、秘蹟、慈母の君という言葉だけが残った。

 ――秘蹟はどこもひどいんだから。

 真血、秘蹟、紅い目の吸血鬼。何度も眺めた書付を思い出し、ぎゅっとこぶしを握り締める。

「それにしてもどこで出会ったんだ、夢王様に。……月鳴。月鳴?」

 白火に問いかけられ、はっとする。座り直して、首を横に振った。

「そんなすごい客見つけてたら、すぐに大騒ぎするよ。夢魔の客は通ってくれるのもあったから、そこからかな」
「ふむ。分からんな……」
「でも、好機だ。娼妓は上がり続けなければ死ぬ、そうだろ」

 白火にとっても、これは絶好の機会だ。幾人か娼妓を抱えている男だが、湛礼台ほど格の高い店の娼妓を持ったことはないはずだから。
 強い口調の月鳴を、白火が意外そうに見つめた。まだ青年の名残がある頬に血色が戻ってくる。

「乗り気だね。まあ当然か。よく準備しよう」

 うなずいた月鳴の視線の先で、不夜城の火が灯ろうとしていた。
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