王の愛は血より濃し 吸血鬼のしもべ第2部

時生

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第二章 月ニ鳴ク獣

第二十一話 決意

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「まったく、大損をするところだった。何を考えているんだろうね。怪我をしなかったのは奇跡だ」

 言いながら、狐の男――白火はくびは、懐から出した金の粒を、青年の右側に投げた。飛び降りた青年を受け止めた男が、床に転がる粒を拾い上げて何度も頭を上下させる。

 青年は、初めて目を覚ました部屋に戻されていた。体に縄をかけられ、床に座らされている。正面の椅子に座る白火がいらだたしげな表情を隠さずに青年を見た。

「決めたかね」

 空には月が見えている。約束の期限が近い。生死の選択を迫られた青年は、それまでなかった鋭い光を目にたたえて答えた。

「男娼になる」

 きっぱりと言って、黙する。白火は、一日半ほど前に見た時とは表情まで変わってしまった青年の本意を探るようにしばらく見つめた。ややしてぽん、と膝を叩く。

「よろしい。それで話を進めよう」

 花名録かめいろくを作らないと、契約する楼は、などと青年の眼前で、白火と狐の耳を持つ青年らが話し合いを始める。

「そういや、この子の種族は分かったのか」

 白火が青年の後方に問いかけるも、見張りたちは顔を見合わせるだけだ、すると扉を開けて中に入ってきた男が言った。

「吸血族です。――老狐様、例の男に逃げられました」

 ぴくりと、青年が身じろぎをした。例の男とは青年を介抱した黒い尾の男のことだ。朱昂(しゅこう)の名を知っていた男。

 青年は、記憶を少し取り戻していた。しかしそれはあまりに頼りない。青年が分かるのは、長い期間自分の傍にいてくれた存在があったこと、その名が「朱昂」だということ、以上である。

 記憶はひどく断片的でつながらず、結局自分の名前も思い出せない。一方で、朱昂の名を思い出した瞬間に悟ったことがある。

 ――俺が帰りたいのは朱昂のところだ。何が何でも朱昂のところに帰る。朱昂を守らなければ。

 何があっても生き延びる。そう決意したからこそ、男娼として生きることを選んだのだ。今のところ、それしか生き延びる道はなさそうだった。
 突然、キンと胸が鋭く痛んだ。青年が激しく咳をする。白火と部下の会話が止まった。

「今日はここまで。死なれちゃ困る」

 白火自らが青年を抱え上げ、縄をほどいて寝台に横たわらせる。拘束をしないと、と誰かが言ったが、白火が小さく首を振る。

「これでは治るものも治らない。大男ならともかく、こんな死に体に逃げられるならお前たちの片腕とふたつある内臓の内ひとつをえぐりだして売っ払う。――お前も、次見張りから逃げたら見つけ次第バラすからね」

 汗を拭われながら青年は小さくうなずいた。金の損得で動く男だから、判断基準は明確だ。おとなしく金を生むようにしていれば、非道なことはされない。

「体を治してから稽古だ」
「稽古?」
「お前そのままで体を売れるような技、持っているのかい」

 みっちり教え込んでやるからよく休めと、囁かれながら青年はあっさりと意識を手放した。
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