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第一章 暁を之(ゆ)く少年
第十七話 終焉は落日の如く(1)
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そして、伯陽が現れた。どうか逃げていてくれという、朱昂の万感の祈りは、小さな足音に裏切られる。
「やめて、やめてくれ……」
朱昂は叩頭の姿勢をとらされていた。
嗚咽が背を震わせるごとに、白木の棒が音を立てて朱昂に振り下ろされる。その度に、真血は律儀に王子の体を治した。
真血などいらない。もうここで死んだっていい。滅多打ちで死んでもいいから、どうか伯陽だけは助けて。
朱昂の滲んだ視界に、伯陽が膝をつくのが見えた。
「朱昂」
心配げなその声。囁かれた声に、朱昂の正気は失われた。
「ああああああ、やめてくれ、っぐあ!伯陽!逃げろ伯陽、ぐぅ、っにげてくれぇえ」
「何をする!」
何度も振り下ろされる打撃に、伯陽が叫んだ。しかし、伯陽も打たれ、倒れる伯陽の姿が朱昂の視界に映った。愛しい黒の瞳が、朱昂を見た。
「朱昂……」
「ごめんよ、暁ちゃん。暁ちゃん、ごめん」
朱昂は我が身を呪った。
自分が愛した者はことごとく不幸になる。自分のせいで不幸になるのが耐えきれず、父をこの手で殺めた。その罪によって、次は伯陽が。
そうはさせじと、奮い立たせる力は、もうなかった。
石の床に広がった主従の黒髪が重なる。視線を交わし合う。
「朱昂、聞け、朱昂」
「な、に?」
龍王が何かを言っているが、もう分からない。しもべの声にだけ全神経を傾ける。何を言いたいの、伯陽。
必死に目を見開く朱昂へ、伯陽が無理に笑顔を作る。涙が石の床に染みを作った。
「――俺は強いから、大丈夫だって」
「はく、」
「――の力を行使し、真血の幼主へ罰を与えん」
伯陽の体が引きずり上げられる。
朱昂が叫びながら体を起こした。棒が振り下ろされるも構わない。いつの間にか広間へ降りていた龍王が、伯陽の襟を掴み上げている。伯陽は、恐怖の表情を浮かべながらも、抵抗をしなかった。口を閉じ、目を見開きながらも身じろぎひとつしない。
それは、大いなる暴力から主を守ろうとする、しもべの必死の姿だった。
伯陽の頭上にかざす龍王の手に置かれたのは、ある箇所で開かれた黒い表紙の分厚い書物。本が、否、それに書かれた文字が、翠色に発光を始める。
伯陽が窒息をするように喉を掻きだした。これ以上ないほど大きく、口が開く。恐ろしいことに、牙が翠色に光っていた。
「あああああああああああ――――」
なりふり構わず駆け出そうとした朱昂を両脇の龍兵が抱きかかえる。その時、龍王の瞳が、朱昂を映した。真血公、と唇が動く。
「罪は、償わなければなるまい」
「き、さま……っ!!」
龍王に掴みあげられた体が、打ち上げられた魚の如く、びくりと大きく震えた。伯陽の牙が、翠色の光に包まれて、本に吸いこまれていく。
突如巻き起こった強風に書物がバラバラと音を立て、やがてひどく硬そうな表紙が閉じた。
――パタン。
その音がしたと同時に、朱昂の眼前が白に染まった。
「ギャアアアアアアア!!!!」
身内をごっそりと抉られるような痛み、いや感覚というべきものが、朱昂を襲ったのだ。意識が途切れるまでのわずかな時間が、永劫の拷問のようだった。
「はく、よ……」
悲鳴の後、小さな音が聞こえた。四肢を突っ張り、背中を反らしていた朱昂が、くずおれる。
「は……」
円形の広間が、静まりかえった。
これが、分かちがたく結ばれたはずの主従の、終焉であった。
「やめて、やめてくれ……」
朱昂は叩頭の姿勢をとらされていた。
嗚咽が背を震わせるごとに、白木の棒が音を立てて朱昂に振り下ろされる。その度に、真血は律儀に王子の体を治した。
真血などいらない。もうここで死んだっていい。滅多打ちで死んでもいいから、どうか伯陽だけは助けて。
朱昂の滲んだ視界に、伯陽が膝をつくのが見えた。
「朱昂」
心配げなその声。囁かれた声に、朱昂の正気は失われた。
「ああああああ、やめてくれ、っぐあ!伯陽!逃げろ伯陽、ぐぅ、っにげてくれぇえ」
「何をする!」
何度も振り下ろされる打撃に、伯陽が叫んだ。しかし、伯陽も打たれ、倒れる伯陽の姿が朱昂の視界に映った。愛しい黒の瞳が、朱昂を見た。
「朱昂……」
「ごめんよ、暁ちゃん。暁ちゃん、ごめん」
朱昂は我が身を呪った。
自分が愛した者はことごとく不幸になる。自分のせいで不幸になるのが耐えきれず、父をこの手で殺めた。その罪によって、次は伯陽が。
そうはさせじと、奮い立たせる力は、もうなかった。
石の床に広がった主従の黒髪が重なる。視線を交わし合う。
「朱昂、聞け、朱昂」
「な、に?」
龍王が何かを言っているが、もう分からない。しもべの声にだけ全神経を傾ける。何を言いたいの、伯陽。
必死に目を見開く朱昂へ、伯陽が無理に笑顔を作る。涙が石の床に染みを作った。
「――俺は強いから、大丈夫だって」
「はく、」
「――の力を行使し、真血の幼主へ罰を与えん」
伯陽の体が引きずり上げられる。
朱昂が叫びながら体を起こした。棒が振り下ろされるも構わない。いつの間にか広間へ降りていた龍王が、伯陽の襟を掴み上げている。伯陽は、恐怖の表情を浮かべながらも、抵抗をしなかった。口を閉じ、目を見開きながらも身じろぎひとつしない。
それは、大いなる暴力から主を守ろうとする、しもべの必死の姿だった。
伯陽の頭上にかざす龍王の手に置かれたのは、ある箇所で開かれた黒い表紙の分厚い書物。本が、否、それに書かれた文字が、翠色に発光を始める。
伯陽が窒息をするように喉を掻きだした。これ以上ないほど大きく、口が開く。恐ろしいことに、牙が翠色に光っていた。
「あああああああああああ――――」
なりふり構わず駆け出そうとした朱昂を両脇の龍兵が抱きかかえる。その時、龍王の瞳が、朱昂を映した。真血公、と唇が動く。
「罪は、償わなければなるまい」
「き、さま……っ!!」
龍王に掴みあげられた体が、打ち上げられた魚の如く、びくりと大きく震えた。伯陽の牙が、翠色の光に包まれて、本に吸いこまれていく。
突如巻き起こった強風に書物がバラバラと音を立て、やがてひどく硬そうな表紙が閉じた。
――パタン。
その音がしたと同時に、朱昂の眼前が白に染まった。
「ギャアアアアアアア!!!!」
身内をごっそりと抉られるような痛み、いや感覚というべきものが、朱昂を襲ったのだ。意識が途切れるまでのわずかな時間が、永劫の拷問のようだった。
「はく、よ……」
悲鳴の後、小さな音が聞こえた。四肢を突っ張り、背中を反らしていた朱昂が、くずおれる。
「は……」
円形の広間が、静まりかえった。
これが、分かちがたく結ばれたはずの主従の、終焉であった。
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