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第一章 暁を之(ゆ)く少年
第十六話 開廷(1)
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龍族について書かれた文献は少ない。
文化も生態もその歴史も、吸血族に比べれば十分の一、もっと少ないとする見方もあるだろう。書物で触れられることの多い秘蹟――龍玉ですら、語るものは限られている。
それは、龍族の「大法廷」についても同様であった。
どんな文献を紐解いても「龍族は理の守護者である」と述べられているのに、実際の裁判記録は極めて少ない。
その理由が龍族の秘密主義のためであるのか、それとも他族を裁く「大法廷」の開廷自体が極稀であるためなのかは分からない。恐らくは両方が原因となるだろう。
そして、その貴重な大法廷の主役、魔境を震わせる大罪人として裁かれるのは、弱冠の吸血族の王子であった。
平たい板に二つの円をくり抜いた形の手枷に、腰紐、首輪、小さな檻のような鉄製の口枷。
武器を帯びていないか、丹念に調べられた挙げ句に着せられた白い単衣、首の後ろで髪を戒める紐すら亡者を思わせる白だ。
身に纏う全てが朱昂を辱めていた。しかし、朱昂は抵抗をせずに、大法廷の広間、その中心に膝をついた。
父を殺したのは自分。己の罪は、罪だった。
秘蹟を殺すのは大罪中の大罪である。魔境の唯一の罪と言ってもいい。秘蹟とは一族の力の源、秘蹟を殺せば、それを戴く一族が滅ぶも同義だからだ。
青ざめた肌の中で、唯一紅い瞳だけが強く輝いていた。居並ぶ龍族が、強い光を放つ瞳に射貫かれて、どこからともなくざわめきが生まれる。
開廷の銅鑼と同時に叩頭の号令がかかる。朱昂の手枷が石の床に置かれた。尻を上げるようにして、額を石の床につける。朱昂は許しが出るまで、この屈辱的な姿勢を保たねばならない。
火をかけられ、燃え上がる体が、すぐ傍にあるようだった。
――朱昂。
右手から父の声に呼ばれる。朱昂は氷のように冷たくなった心で、その声を聞いた。
――朱昂、可哀想に。
「……だまれ」
――守ってやりたかった、朱昂。
「だまれ」
――ここで生きるにはお前は余りにも弱い。
「黙れ!」
叫ぶ朱昂の声が、円形の広間に響き渡った。
広間の罪人を全方位から見下ろすように設えられた、馬蹄形の陪審席がしんと静まりかえる。馬蹄の中央部分、朱昂を真正面から見下ろす位置にいる龍王が、朱昂の罪状を読み上げる声を止めた。
朱昂の額に、汗が一筋流れる。
「抑えよ」
龍王の一言に、広間の隅で腰を屈めていた兵が、朱昂の両脇に立った。白木の棒を、細い肩にあてる。
「許しがでるまでは声を発さぬように。姿勢も崩さぬよう」
朱昂は息を吐くと、叩頭の姿勢をしかけて、ふと両側に視線を走らせた。
燃える父の体はない。朱昂を憐れみ続ける頭も、ない。
つ、と重くなった心で、伯陽を想った。しもべの姿はあれ以来見ていない。
石像のような手足を丸めて、叩頭の姿勢を取った。
朱昂は今、全くのひとりであった。
文化も生態もその歴史も、吸血族に比べれば十分の一、もっと少ないとする見方もあるだろう。書物で触れられることの多い秘蹟――龍玉ですら、語るものは限られている。
それは、龍族の「大法廷」についても同様であった。
どんな文献を紐解いても「龍族は理の守護者である」と述べられているのに、実際の裁判記録は極めて少ない。
その理由が龍族の秘密主義のためであるのか、それとも他族を裁く「大法廷」の開廷自体が極稀であるためなのかは分からない。恐らくは両方が原因となるだろう。
そして、その貴重な大法廷の主役、魔境を震わせる大罪人として裁かれるのは、弱冠の吸血族の王子であった。
平たい板に二つの円をくり抜いた形の手枷に、腰紐、首輪、小さな檻のような鉄製の口枷。
武器を帯びていないか、丹念に調べられた挙げ句に着せられた白い単衣、首の後ろで髪を戒める紐すら亡者を思わせる白だ。
身に纏う全てが朱昂を辱めていた。しかし、朱昂は抵抗をせずに、大法廷の広間、その中心に膝をついた。
父を殺したのは自分。己の罪は、罪だった。
秘蹟を殺すのは大罪中の大罪である。魔境の唯一の罪と言ってもいい。秘蹟とは一族の力の源、秘蹟を殺せば、それを戴く一族が滅ぶも同義だからだ。
青ざめた肌の中で、唯一紅い瞳だけが強く輝いていた。居並ぶ龍族が、強い光を放つ瞳に射貫かれて、どこからともなくざわめきが生まれる。
開廷の銅鑼と同時に叩頭の号令がかかる。朱昂の手枷が石の床に置かれた。尻を上げるようにして、額を石の床につける。朱昂は許しが出るまで、この屈辱的な姿勢を保たねばならない。
火をかけられ、燃え上がる体が、すぐ傍にあるようだった。
――朱昂。
右手から父の声に呼ばれる。朱昂は氷のように冷たくなった心で、その声を聞いた。
――朱昂、可哀想に。
「……だまれ」
――守ってやりたかった、朱昂。
「だまれ」
――ここで生きるにはお前は余りにも弱い。
「黙れ!」
叫ぶ朱昂の声が、円形の広間に響き渡った。
広間の罪人を全方位から見下ろすように設えられた、馬蹄形の陪審席がしんと静まりかえる。馬蹄の中央部分、朱昂を真正面から見下ろす位置にいる龍王が、朱昂の罪状を読み上げる声を止めた。
朱昂の額に、汗が一筋流れる。
「抑えよ」
龍王の一言に、広間の隅で腰を屈めていた兵が、朱昂の両脇に立った。白木の棒を、細い肩にあてる。
「許しがでるまでは声を発さぬように。姿勢も崩さぬよう」
朱昂は息を吐くと、叩頭の姿勢をしかけて、ふと両側に視線を走らせた。
燃える父の体はない。朱昂を憐れみ続ける頭も、ない。
つ、と重くなった心で、伯陽を想った。しもべの姿はあれ以来見ていない。
石像のような手足を丸めて、叩頭の姿勢を取った。
朱昂は今、全くのひとりであった。
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