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第一章 暁を之(ゆ)く少年
第三話 男の子と男の子(2)
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朱昂は暁之の手を引いてどんどんと先に進む。暁之は小川のところで足を止めかかったが、そこでは浅すぎると、朱昂は無視した。もう少し先に、やや深い池がある。
仲良く手を繋ぎながら、子どもたちは湧き水が水面を揺らす池にたどりついた。
到着するや否や朱昂は暁之の手を放し、服を脱ぎ始めた。
帯を解き、上着を肩から降ろして襦袢をはだけ、と朱昂は一人脱いでいく。白い背中が外気にさらされた。尻が少し寒い。傍らの暁之を見ると、地面にしゃがみ、手で顔を覆っていた。
「暁ちゃん? 早く脱いで。脱がないとできないよ」
「だ、だめ。おかあさ、怒られる……」
「お母さんにここですること言うの?」
「だ、黙ってるの?」
暁之の手が一瞬顔を離れた。だが、朱昂の足を見たところですぐに顔を覆う。ここまで来て小心者めと朱昂の足が下草を叩く。朱昂は近寄ると、暁之の手をつついた。ごくん、と暁之の喉が鳴る。生々しい音に、朱昂の頬が瞬間的に熱くなった。鼻息が少し荒くなったかもしれない。
しばらくつんつんとつついていると、暁之の指が動いた。ゆっくりと指が開き、黒い瞳が覗き、やがて朱昂の体、足の間辺り、を見た暁之は――絶叫した。
「え……」
暁之の悲痛な叫びを聞いて、朱昂の表情が固まった。まるで化物に遭遇したかのように暁之はぶるぶる震えたかと思うとはらはらと涙を流し、そのまま走り去っていった。
途中転んだが、朱昂など一顧だにせず起き上がり、やがて消えてしまった。
「え、何……」
朱昂の呟きを拾う者は、誰一人とていなかった。
****
書庫は広い。
朱昂がまるで食うように本を読むことに気がついた父が買い揃えた物も多いが、それは氷山の一角で、奥には禁書扱いの父の蔵書があることを朱昂は知っていた。
書庫に火を持ち込みたくない朱昂は、月の光だけを頼りに書架の間を縫うように進む。夜目が利く吸血鬼はこれだけでも十分なのである。さすがに読書机には灯り皿を用意していたが。
暁之は昨日も今日もやって来なかった。別れ際の怯えた顔を思い出すに、尋常な様子ではなかった。きっと、自分の体によほど恐ろしいものを見つけたのだろうと、朱昂は判断した。
己はまだまだ人間について無知だ。朱昂は暁之との一月ばかりの付き合いで勉強不足を痛感していた。歯の生え代わりすら知らなかったのだ。吸血鬼の体と人間の体に決定的な差があるのだ。
暁之の視線を思い出す。主に性器中心に秘密があるに違いない。
朱昂の吐く息が空気中を漂う埃を払う。人体の解剖図が収められた一角にたどり着き、朱昂は屈みこんだ。詳細な図のある分厚い本は大体最下段にある。
覗きこみ、破顔する。あったあった。
――あった、あった。
それを呟いた時、パチン、と脳内で何かが弾けた気がした。
この感覚。そうだ、あの言葉。あまりにもありきたりで、すぐに思い出せなかったのだ。ちょうど、手に握ったままの栞の存在を忘れて、辺りを見回してしまうように。
暁之の血を舐めた瞬間、朱昂の脳内で生まれた言葉。
「みつけた……」
――見つけた!
無邪気な己の声が、そう囁いたのだ。実に、嬉しそうに。
仲良く手を繋ぎながら、子どもたちは湧き水が水面を揺らす池にたどりついた。
到着するや否や朱昂は暁之の手を放し、服を脱ぎ始めた。
帯を解き、上着を肩から降ろして襦袢をはだけ、と朱昂は一人脱いでいく。白い背中が外気にさらされた。尻が少し寒い。傍らの暁之を見ると、地面にしゃがみ、手で顔を覆っていた。
「暁ちゃん? 早く脱いで。脱がないとできないよ」
「だ、だめ。おかあさ、怒られる……」
「お母さんにここですること言うの?」
「だ、黙ってるの?」
暁之の手が一瞬顔を離れた。だが、朱昂の足を見たところですぐに顔を覆う。ここまで来て小心者めと朱昂の足が下草を叩く。朱昂は近寄ると、暁之の手をつついた。ごくん、と暁之の喉が鳴る。生々しい音に、朱昂の頬が瞬間的に熱くなった。鼻息が少し荒くなったかもしれない。
しばらくつんつんとつついていると、暁之の指が動いた。ゆっくりと指が開き、黒い瞳が覗き、やがて朱昂の体、足の間辺り、を見た暁之は――絶叫した。
「え……」
暁之の悲痛な叫びを聞いて、朱昂の表情が固まった。まるで化物に遭遇したかのように暁之はぶるぶる震えたかと思うとはらはらと涙を流し、そのまま走り去っていった。
途中転んだが、朱昂など一顧だにせず起き上がり、やがて消えてしまった。
「え、何……」
朱昂の呟きを拾う者は、誰一人とていなかった。
****
書庫は広い。
朱昂がまるで食うように本を読むことに気がついた父が買い揃えた物も多いが、それは氷山の一角で、奥には禁書扱いの父の蔵書があることを朱昂は知っていた。
書庫に火を持ち込みたくない朱昂は、月の光だけを頼りに書架の間を縫うように進む。夜目が利く吸血鬼はこれだけでも十分なのである。さすがに読書机には灯り皿を用意していたが。
暁之は昨日も今日もやって来なかった。別れ際の怯えた顔を思い出すに、尋常な様子ではなかった。きっと、自分の体によほど恐ろしいものを見つけたのだろうと、朱昂は判断した。
己はまだまだ人間について無知だ。朱昂は暁之との一月ばかりの付き合いで勉強不足を痛感していた。歯の生え代わりすら知らなかったのだ。吸血鬼の体と人間の体に決定的な差があるのだ。
暁之の視線を思い出す。主に性器中心に秘密があるに違いない。
朱昂の吐く息が空気中を漂う埃を払う。人体の解剖図が収められた一角にたどり着き、朱昂は屈みこんだ。詳細な図のある分厚い本は大体最下段にある。
覗きこみ、破顔する。あったあった。
――あった、あった。
それを呟いた時、パチン、と脳内で何かが弾けた気がした。
この感覚。そうだ、あの言葉。あまりにもありきたりで、すぐに思い出せなかったのだ。ちょうど、手に握ったままの栞の存在を忘れて、辺りを見回してしまうように。
暁之の血を舐めた瞬間、朱昂の脳内で生まれた言葉。
「みつけた……」
――見つけた!
無邪気な己の声が、そう囁いたのだ。実に、嬉しそうに。
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