吸血鬼のしもべ

時生

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最終話 真血の主従(3)

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「ところで、いつ本契約になったのだ。いくらなんでも仮の段階で逆召喚はできまい」

 朱昂しゅこうが息子に問いかける。魁英かいえいは初めて聞く話をパンパンに頭に詰められて、沈黙している。
 葵穣きじょうもまた黙り込んだ。言いにくそうに顎を掻く。主の沈黙に魁英が顔を上げ、小首を傾げると、足ですよ、とだけ言った。

「足?」と朱昂。

 足。言われて魁英は記憶を探る。足。巨大な紅い岩から突き出した白い足が思い浮かぶ。甘い香りに堪らなくなって舐めて吸った、白い足。まさか。

「ああああ、あの足、葵穣様のだったんですか?」
「そうです。あれで本契約になったんでしょう」

 どうして岩なんかに入っていたんだという魁英の問いに、葵穣が嫌そうに顔を背けた。

「夢魔に騙されたのです。貴方が生きているのが分かって心配していた時に、夜中、まさに今の貴方の姿をした者が現れて、英龍だと言うので追いかけていたら――実際は夢魔に騙されて走っていただけですが、雑魔ぞうまの大群が現れて……。どうやら雑魔は「ウリャルの遺体」とやらの蘇生をして欲しかったらしいのですが、嫌だったので真血しんけつで膜を作って閉じこもりました。貴方まで捕まっていたらと思うとあそこから逃げる気も起きなくて――こればかりは恨みますよ、父上。よくも英龍えいりゅうを淫魔と会わせましたね」
「しょうがなかろう。淘乱とうらんの娘に先に手を出したのはお前のしもべだ」

 夢魔に手を出すだなんて人聞きの悪いことを。美しい顔を歪ませて葵穣が吐き捨てる。
 夢魔、淫魔と聞いて、例の一件を思い出した魁英は赤くなって俯く。しかし、疑問の方が大きくなり、恐る恐る口を開いた。

「あの、夢魔がどうして、葵穣様を……?」

 親子が揃ってため息をついた。息子は苦々しい顔で、父親は眉を下げて。朱昂がちらりと息子を見た後、口を開いた。

「恐らく、雑魔が真血で死者を蘇生したがっていることをどこぞで聞きつけたのだろう。淘乱はな、最初からお前のことを指して『あの吸血鬼、呪われているぞ』と言っていたのだ」

 朱昂の牙が下唇を噛む。悔しそうな表情を一瞬見せて、また深い息を吐いた。

「真血の主の呼び方の一つに『呪われた吸血鬼』というのがある。あまりいい意味の呼び方ではないが。淘乱はお前の体に真血が流れていることに一発で気づいていた。俺のしもべでないということは、もう一人の真血の主――葵穣と関係があると予想をつけて、真血の主を探している雑魔に力を貸したのだろう。全て推測だが、大方外れはあるまい」
「夢王って、雑魔と仲が良いんですか?」

 魁英の問いに、朱昂はまさかと首を横に振った。普通であれば、夢王が雑魔如きを相手にするわけがないとの返答に、魁英の謎はますます深くなっていく。

「あれはな、誰かが困っているのを見るのが好きなのだ。息子が消えたと聞いて俺が泡を食っているのを見て、腹を抱えていただろうよ」

 聞くと、朱昂は淘乱が魁英のことをわざわざ『あの吸血鬼』と言ったことに不審は感じていたらしい。だが、『呪われている』という言葉で、淘乱が指しているのは毒蠱のことだろうと勘違いし、淘乱が魁英に流れる真血に気づいていたのだと思い至ったのは全てが終わってからだということだった。

 この話はもうやめにしよう、と話を唐突に終わらせた朱昂が立ち上がった。
 お帰りですか?と葵穣が尋ねると朱昂が頷き、振り返り様に悪そうな笑みを浮かべる。

「早く淘乱のところに行ってやらねばと思ってな。俺だけじゃなく、息子までもてあそんでくれた。たんと礼をしてやろう」

 くっ、と葵穣の喉が鳴った。紅い目を光らせて美貌が父親と同じように歪む。美しいが故に凄絶な表情だった。

「英龍との一件を軽い頭が忘れるまで叩きのめして差し上げてくださいね。――英龍」

 はい、葵穣様。魁英が震える声で答える。
 正反対に見えるが、その根元は父親と瓜二つらしい葵穣に真顔で呼ばれ、魁英は生きた心地がしなかった。逆らってはいけない。何だかそんな気がする。

「二度と淫魔と二人きりになってはいけません。分かりましたか?」
「はい、葵穣様」

 良い子ですね。大輪の花が開くように葵穣が笑う。ほっとした魁英は、次の一言に動けなくなった。

「体が大丈夫でしたら、父上の見送りに行ってください」
「――え?見送り、ですか?」
「英龍?」

 葵穣が怪訝そうに表情の固まったしもべの顔を覗き込む。

「俺、朱昂様の家に、か、かえ」

 帰れないのか?そう思った瞬間、声が詰まった。朱昂が魁英の心の中を聞きとったように口を開く。

「何を考えている。しもべは主と寄り添うと言っただろう。例えお前が龍玉だろうが毒蠱どくこだろうが、それは変わらん。真血の主従は陰日向に行動を共にするものだ。ーー伯陽はくよう、行くよ」

 話が始まってからずっと、離れたところで窓の外を眺めていた月鳴げつめいがいつの間にか腕に抱えていた朱昂の外套を広げて主の肩に着せかける。魁英を置いて帰るというのに挨拶どころか目すら合わない。

 魁英はそこで、魁英を置いて帰ることを月鳴が知っていたのだということが分かった。目覚めた時から妙によそよそしかったのはそれだ、と。

 朱昂が外套に袖を通しながら歩きだす。月鳴は結局一度も魁英を見ることがないまま主に寄り添って歩く。使い魔の双子だけがちらちらと魁英を見ながら、それでも月鳴の足元にまとわりつくように魁英から離れていく。

 見送りを、と言われたのに魁英は立ち上がれなかった。しもべの狼狽を宥めるように葵穣が肩を撫でる。はっとして美しい主を見る。一緒にいたい。葵穣とだ。

 でも、月鳴にありがとうを言っただろうか。

 拾ってくれて、優しくしてくれて、守ろうとしてくれて、抱きしめてくれて。
 自分が何者かも分からない、暴力と殺意に支配されたちっぽけな俺を。

 今度はいつ会える?もう二度と会えなかったら、これが最後だったら、どうしよう。

「泣くのは早いですよ、英龍」

 そっと囁かれる。熱くなる目元に喉が鳴るのをぐっと堪えて、立ち上がる。見送りをしないと。ありがとうを言わなければ。これが、最後になるかもしれないから。

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