吸血鬼のしもべ

時生

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第十話 弱く、やさしく(1) ※R18

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 猛烈な熱が竜巻のように全身を駆け巡る感覚の後に残ったのは、腹にとぐろを巻いた蛇がぎっしりと詰め込まれ、その蛇がうぞうぞと鱗を粘膜にこすりつけながら全身を内から舐めるような、そんな感覚だった。

 朱昂しゅこうの牙が残した熱に耐え切れず、一度放った魁英かいえいは、吐精後しばらくして現れた毒蛇に喰われる感覚に、身を震わせながら抗していた。のたうつように腹を上にし、背を上にしと薄い布団の上で体を動かすも、感覚は増すばかりで発散されることは無い。

 口元に押し込んだ指を食い締め、牙で傷ついた左手が血を流していた。右手は固く腿を掴んでいる。

 慰めたい気持ちはもちろん、ある。ただ、欲にふけるのが恐ろしかった。一人で深みに潜って、戻ってこられないような気持がする。我慢していればいつか熱は引く。一度放ったのだから引くはずだと、経験ではそうだったのだ。

 腿をきつく閉じたまま膝をよじらせた。熱い刺激が中心に集まる感覚に思わず色づいた吐息を零す。もう一回、熱の只中に指を這わせればいいかもしれない。でも終わらなかったら?もう一回。もう一回。地獄は終わらない気がする。どれだけ上り詰めても達せなかった夢王むおうのもたらした夢が、魁英を悩ませる。
 せめて誰かいてくれたら。熱い欲に沈む自分を繋ぎとめてくれる誰かが。

「い、ない、よ、な……」

 せわしく息を吐く魁英の口元が弧を描く。自嘲すると同時に目尻を濡らすものがあった。
 そんな人、いない。自分にはいないのだ。いつだってひとりぼっちだ。やっと受け入れてもらえるかもしれないなんて幻想、早く終わってしまえばいい。そんなことを願う自分など、消えてしまえばいい。

 魁英はうつ伏せになると、亀のように体を縮こませた。両手で敷布を握りしめて深く息を吸い、吐く。

 こんな無意味な人生、誰が望んだだろう。虐められ蔑まれ憎い奴を殺したくても殺せない。
 殺そう、と背中を甘く痺れさせるものがある。

 ――全部全部壊して殺してしまおう。今まで俺を殴った奴を、虐めた奴を、ゴミを見るような目で俺を見た男も女も、今まで『オレ』が慈悲で生かしてやっていたんだ。

 ――殺してやる、ただの血と内臓の詰まった袋の癖に、オレを苦しめ続けてきた、馬鹿な人間どもを殺したくないと、このオレを抑えつけてきた『オマエ』を!殺してくれるわ!!!

 唸る青年の視界に短刀が映った。真血しんけつがいまだ滴るそれを掴み上げ、膝立ちになりながら、刃を自分の方に向ける。震える息を吐きだす口は深い笑みを湛え、刃を胸の中心に突き立てようとしたその時、鉄扉が勢いよく開いた。

 物音を聞いて走り込んできた月鳴げつめいが魁英の握る短刀を奪うと、渾身の力で頬を張った。
 平手で殴られた魁英が寝台から吹き飛ばされて宙を飛び、床に落ちる。肉がぶつかる重い音の後、すぐさま跳ね起きた魁英は、吼えながら月鳴に飛び掛かった。

 床を蹴って両腕を伸ばし、月鳴を寝台に押し倒す。至近距離で睨みながら大きな牙を剥いてもう一度吼えた。短刀を持つ月鳴の手にぐっと力が入るが、やがてその手から力が抜けた。ぐったりと短刀を手放した指が、敷布に力なく横たわる。

 澄んだ黒い瞳に見つめられ、魁英の細くなった瞳孔がゆっくりと円に戻っていく。

「どうして……?」
「朱昂が、手を下すのは我慢しろと言うものでな」
「どうして止めたんだよ!止めなきゃ俺は死んだのに!」

 自分が死ねば、月鳴を困らせることなどなくなる。拾わなければ良かったと、悲しい表情をすることもなくなるのだ。

 そもそもどうして自分を拾ったのだ。どうして暴れ、あなたを傷つけようとする自分を助けようとする。一回では無いのだ、何度も何度もあなたは俺を助ける。どうして。

「いつか殺す、ことになるかも……」

 なぜ暴れてしまうのか、もう分からなくなってきた。血の匂いを嗅がなければいいと思っていたのに、そうではない。
 腹の中の熱は消えてはいない。毒が回るように、体が熱くなる。ぶるりと震えては、息を吐く。

「俺には朱昂の命令が一番だ。けな」

 月鳴の上から動けずにいると、ぐいと肩を押されて寝台に転がされる。立ち上がった月鳴は一瞥だけをして鉄扉へと歩いていく。

 鉄が軋む音を立てた時、抑えていた涙が飛び出した。体の熱はますます酷くなっている。背中は割れそうに痛い。月鳴が離れて行ってしまう。せめて惨めな嗚咽が月鳴に聞こえないように顔を敷布に押し付けた。がくがくと顎が震える。助けて、と月鳴に言いたかった。『もうあなたを傷つけたくないのだ。でも、暴力の衝動が次々に襲ってくるのだ』と。
 背後で深いため息が聞こえた。

「何が『放っておけない』だ、好き勝手言いやがってくそっ……おい、英、魁英!ったく」

 どかどかと聞いたことのないような足音を立てて月鳴の腕に引っ張り起こされる。

「また泣いている……好きだなぁ、お前も。いい加減にしろ、目玉溶けおちるぞ」

 寝台に座った月鳴に半ば横抱きに抱えられて、袖で目元を拭われた。布越しに月鳴の体温を感じて一気に視界が曇る。目の奥がビリビリと痛い。突然月鳴の体温を感じて、思わずしゃくりあげると、しかめ面の月鳴の顔がぐにゃりと歪んで、なぜか笑顔のようなものになった。

 熱の中心からむくりと何かが湧き起って頭の中まで駆け巡る。襟を掴んでも、月鳴は困ったような、笑っているような表情を変えなかった。

「お前ねぇ……いいや、泣け泣け。落ち着くまで泣いていろよ」
「う、う……っく、げつ、月鳴様、俺……」
「はいはい、謝らなくていいから」
「ご、ごめんなさい」
「人の話を聞けよ。どいつもこいつも話ひとつ聞きゃしねえな」

 月鳴の胸に鼻を寄せて、涙を零す。頭を撫でられるので、腰に腕を回すと、肩をぎゅっと抱きしめられた。月鳴の手が首の後ろを撫でながら背中に降りてくる。

「あ、背中……」
「何だ、また変なのか」
「さっき痛かった」

 月鳴の手が全体をさするが異変は無いらしい。もう一度上着を脱いでごらんと言われ、膝立ちになり上着を脱ごうとすると、突然月鳴が上ずった声を出した。

「魁英、お前……すげえ勃ってるぞ」

 月鳴の目の前に膨らんだその場所を晒してしまい、指摘されて慌てて腰を下ろす。

「え、うわ!忘れてた!!大丈夫です、その内収まるから……」
「いや、収まるどころか、その……」
「う、そ……」

 座り込んでやり過ごそうと思っていたのに、意識が向くと、キュンとイイ痺れがそこに走った。膝を閉じて座るも、自然と膝を擦り合わせてしまうし、膝を開けばびくびく震えるそこが布越しに主張しているのが月鳴に丸分かりだ。悩んだあげくに膝を閉じて座って、月鳴に見えないように、上から両手で押さえつけた。

「痛くないのか」
「……痛い」
「朱昂のせいか?」

 合せる顔が無くて、目を閉じて小さめに頷いた。子静が二人は夫婦みたいなものだと言っていた。どういう意味かは流石に分かる。怒られるだろうか、と魁英は下唇を噛んだ。

「それを収まるまで待つのは酷だ。部屋を出るから早く出しちまえ、我慢するなよ」
「嫌!」

 月鳴が行ってしまう。胸に生じた不安のままに、立ち上がる月鳴の腕を引いてしまった。月鳴が驚き顔で振り返る。

「魁英?」
「こ、こわ、くて……」
「怖い?」
「さっき、一回出した。出したのに止まらない。い、いつまでも、止まらなかったらどうしよう。俺、こんなになったことない、です……俺……変、だ」
「いや、変じゃない。朱昂に噛まれると俺以外の輩は気持ち良すぎて気絶するんだ。……しかし、止まらなかったらどうしようって、出さなかったらお前しばらくそれが続くぞ」
「でも、さっきから一人ですんのが怖くて……んっ」

 閉じた膝をよじらせてしまって、体が跳ねる。月鳴の前で最悪だ。きっと気味悪がられているに違いない。気色悪い変態だと、思われるのだろう。

 最悪だ、と俯いていると、月鳴が背中に回って抱きしめてきた。甘い、花の蜜のような香り。月鳴の汗が香っている。首を巡らすと至近距離に月鳴の顔があった。どうしてだろう、息がうまくできない。
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