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第八話 真血を啜る化け物(1)
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魁英が主寝室を壊したため、二人は魁英の使っていた部屋で休んでいるようだった。風呂から上がった魁英が扉の前に立っても、中から物音はしない。緊張の息を吐き、扉を二度叩いた。耳を澄ましても返事はない。
もう一度、と扉を叩いた。
「あ……」
閉め方が甘かったのか、叩いた反動で扉が少し開いた。ためらった後に、扉に手をあてて軽く押す。人一人やっと通れる隙間から、中を覗く。主寝室には衝立があったが、この部屋にはない。隠すものもない寝台の中で布団が膨らんでいるのが見てとれた。広い寝台に二人が眠っている。すうすうという二人分の寝息に誘われるように、魁英は一歩二歩部屋に足を踏み入れた。
「?」
入ったもののすぐに立ち止まる。横顔を見せて月鳴が朱昂に腕を伸ばして眠っているのだが、月鳴の腕も、肩も裸だったのだ。以前、眠っている時は夜着を着ていた。思わずじろじろと見ている間に朱昂が寝返りを打つ。
肩から布団が滑り落ちると、朱昂の色白の背中が現れた。月鳴の腕が布団に潜り込み、もぞもぞと朱昂の腹辺りで動いたかと思うと、朱昂の体がぐいと月鳴に寄った。月鳴が後ろから朱昂の腹に腕を回し、抱き寄せたような形だった。そのまま軽く唸りながら朱昂の首筋に鼻を埋める。目を閉じたまま、「やめろ」と朱昂が小声で呟くのが聞こえた。
「……」
何となく、まずいところを見てしまった気がしてすぐに背を向け、足音を立てぬように部屋を出ようとした時、背中に声が掛かった。
「勝手に部屋に入るなと教わらなかったのか」
ひく、と魁英の肩が震える。子躍が言っていたのはこのことだったのだと、そこで初めて理解する。声は月鳴のものではない。意を決してそっと振り返ると、紅い目がしっかりとこちらを見ていた。心臓が凍りつく。固まる魁英の目の前で寝台を軋ませながら朱昂が再び寝返りを打ち、月鳴の背に腕を回して抱きしめる。裸の胸が合わさった。
「よく寝ている。伯陽が寝ている間に出ていけ」
頷く間も怖くてすぐに部屋を出た。そっと、しかししっかりと扉を閉める。そのまますぐに階下に降り、詰めていた息を盛大に吐き出す。洗濯籠を持って通りかかった子静が、廊下に座り込む魁英を見かけて、籠を置いて近寄ってきた。
「どうしたの?」
「殺されるかと思った……」
「ええ?」
「ふ、二人が裸で寝ていて、俺、見ちゃって」
魁英の告白に子静は跳び上がる。
「声を掛けなかったの?」
「少し開いてた、から。入っちゃった」
返事をするや否や、頭から叱りつけられた。
「馬鹿!……お二人は、その、主従だけど、ご夫婦みたいなものなんだよ。だからお二人がいる時は勝手に寝室を開けちゃダメなの。お邪魔しちゃうでしょう」
「もしかして、見ちゃったのが気づかれたの?」と子静は小声で聞いてくる。魁英の頷きに、子静も床に膝をつけた。
「うわあ……もう、お馬鹿。大丈夫だったの?」
「いや、その……月鳴様、は、眠っていて。『伯陽が寝ている間に出ていけ』って」
「ということは朱昂様に気づかれたんだね。あーあ……」
子静が隣で膝を抱えて、天を仰ぐ。打つ手なしと言ったような、絶望的な色のため息に魁英の鼓動がどんどんと速くなる。
「俺、死ぬのかな」
「分からないよ……」
二人揃って黙り込んでいると、階段を踏む足音がする。ぎょっとして顔を上げると朱昂が降りてくるところだった。
真っ白な夜着に真紅の衣を肩に羽織っている。足首まである羽織を揺らしながら降りてきた朱昂は白い指で座り込む魁英を指差し、自分の首の辺りで手招くように人差し指をくいくいと動かした。
「ついておいで。子静はお茶淹れて」
「はい」
食堂へと向かう朱昂の後を追う子静の腕を引く。助けを求めるように見つめるも、あっさりと首を横に振られた。
「ごめんね。頑張って」
何を、との魁英の呟きに返答は無い。離れていく紅い後ろ姿を見ていると、突然朱昂が振り返った。
「言葉が分からんのか、ついて来いと言ったのだぞ」
紅い目がわずかに光ったかと思うと、魁英の体がびくりと震えた。意思に反して体が動き出す。手をついて立ち上がり、足が朱昂の下へと駈け出すのだ。
「うわああああ」
「うるさい」
「んぐっ」
今まで何の変化も無かった血の首輪が脈動したかと思うと、口元までせり上がり、あっという間に口を塞がれた。
魁英の体は本人の意思に反して朱昂を通り越し、食堂の椅子のひとつに腰掛けた。腕が背もたれの後ろに回り、手首と足首も拘束される。途端に体の主導権が魁英に戻り、じたばたと暴れて椅子ごと床に倒れた。
もう一度、と扉を叩いた。
「あ……」
閉め方が甘かったのか、叩いた反動で扉が少し開いた。ためらった後に、扉に手をあてて軽く押す。人一人やっと通れる隙間から、中を覗く。主寝室には衝立があったが、この部屋にはない。隠すものもない寝台の中で布団が膨らんでいるのが見てとれた。広い寝台に二人が眠っている。すうすうという二人分の寝息に誘われるように、魁英は一歩二歩部屋に足を踏み入れた。
「?」
入ったもののすぐに立ち止まる。横顔を見せて月鳴が朱昂に腕を伸ばして眠っているのだが、月鳴の腕も、肩も裸だったのだ。以前、眠っている時は夜着を着ていた。思わずじろじろと見ている間に朱昂が寝返りを打つ。
肩から布団が滑り落ちると、朱昂の色白の背中が現れた。月鳴の腕が布団に潜り込み、もぞもぞと朱昂の腹辺りで動いたかと思うと、朱昂の体がぐいと月鳴に寄った。月鳴が後ろから朱昂の腹に腕を回し、抱き寄せたような形だった。そのまま軽く唸りながら朱昂の首筋に鼻を埋める。目を閉じたまま、「やめろ」と朱昂が小声で呟くのが聞こえた。
「……」
何となく、まずいところを見てしまった気がしてすぐに背を向け、足音を立てぬように部屋を出ようとした時、背中に声が掛かった。
「勝手に部屋に入るなと教わらなかったのか」
ひく、と魁英の肩が震える。子躍が言っていたのはこのことだったのだと、そこで初めて理解する。声は月鳴のものではない。意を決してそっと振り返ると、紅い目がしっかりとこちらを見ていた。心臓が凍りつく。固まる魁英の目の前で寝台を軋ませながら朱昂が再び寝返りを打ち、月鳴の背に腕を回して抱きしめる。裸の胸が合わさった。
「よく寝ている。伯陽が寝ている間に出ていけ」
頷く間も怖くてすぐに部屋を出た。そっと、しかししっかりと扉を閉める。そのまますぐに階下に降り、詰めていた息を盛大に吐き出す。洗濯籠を持って通りかかった子静が、廊下に座り込む魁英を見かけて、籠を置いて近寄ってきた。
「どうしたの?」
「殺されるかと思った……」
「ええ?」
「ふ、二人が裸で寝ていて、俺、見ちゃって」
魁英の告白に子静は跳び上がる。
「声を掛けなかったの?」
「少し開いてた、から。入っちゃった」
返事をするや否や、頭から叱りつけられた。
「馬鹿!……お二人は、その、主従だけど、ご夫婦みたいなものなんだよ。だからお二人がいる時は勝手に寝室を開けちゃダメなの。お邪魔しちゃうでしょう」
「もしかして、見ちゃったのが気づかれたの?」と子静は小声で聞いてくる。魁英の頷きに、子静も床に膝をつけた。
「うわあ……もう、お馬鹿。大丈夫だったの?」
「いや、その……月鳴様、は、眠っていて。『伯陽が寝ている間に出ていけ』って」
「ということは朱昂様に気づかれたんだね。あーあ……」
子静が隣で膝を抱えて、天を仰ぐ。打つ手なしと言ったような、絶望的な色のため息に魁英の鼓動がどんどんと速くなる。
「俺、死ぬのかな」
「分からないよ……」
二人揃って黙り込んでいると、階段を踏む足音がする。ぎょっとして顔を上げると朱昂が降りてくるところだった。
真っ白な夜着に真紅の衣を肩に羽織っている。足首まである羽織を揺らしながら降りてきた朱昂は白い指で座り込む魁英を指差し、自分の首の辺りで手招くように人差し指をくいくいと動かした。
「ついておいで。子静はお茶淹れて」
「はい」
食堂へと向かう朱昂の後を追う子静の腕を引く。助けを求めるように見つめるも、あっさりと首を横に振られた。
「ごめんね。頑張って」
何を、との魁英の呟きに返答は無い。離れていく紅い後ろ姿を見ていると、突然朱昂が振り返った。
「言葉が分からんのか、ついて来いと言ったのだぞ」
紅い目がわずかに光ったかと思うと、魁英の体がびくりと震えた。意思に反して体が動き出す。手をついて立ち上がり、足が朱昂の下へと駈け出すのだ。
「うわああああ」
「うるさい」
「んぐっ」
今まで何の変化も無かった血の首輪が脈動したかと思うと、口元までせり上がり、あっという間に口を塞がれた。
魁英の体は本人の意思に反して朱昂を通り越し、食堂の椅子のひとつに腰掛けた。腕が背もたれの後ろに回り、手首と足首も拘束される。途端に体の主導権が魁英に戻り、じたばたと暴れて椅子ごと床に倒れた。
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