吸血鬼のしもべ

時生

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第六話 夢王の懲罰(1)※R18

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『化け物』とあざけりの声を浴びて生きてきた。
 いつだか街に下りた時、ぶつかってしまった暴漢に鎖で縛り上げられたことがある。まだ十をいくらか過ぎた頃だった。

 本気を出せば鎖は壊せただろう。ただ、力を振るうと周りの人間も殺してしまう。それが恐ろしくて自由な足をばたつかせた後、呆気ないほど早く抵抗を止めた。相手の気が済むまでいじめられれば、解放されることを経験で知っていたのだ。

 見るからに乱暴そうな男は一人二人と増えていき、あっという間に人目のつかぬところに投げ捨てられた。怖々顔を上げると、体格の勝る男たちにぐるりと囲まれていた。

 男の指がまだ英龍えいりゅうであった少年の緩く耳の後ろでくくったもとどりを掴んだ。こめかみが突っ張り、首の後ろまで痛みが走った時、ジャリと耳元で金属音がした。支えを失った少年が地面に強かに顎を打つ音を聞いて、男たちから笑い声が上がる。痛みに思わず体をよじり、鎖を軋ませた少年の背中にすかさず蹴りが入り、丸太のような脚を持つ男がのし掛かってきた。

「人の真似事などするなよ。化け物は化け物らしくよ、髪など剃り落としてしまえ。」

 ザリリザリリと柔らかな髪が地に落ちていく。
 剃髪は罪人か、それとも世を捨てた修験者や聖賢の証で、俗世の人間を示さない。「ヤダヤダ俺は人間だ」と少年が頭を振る度、傷が生まれ血が流れるも、男たちは手を止めようとはしなかった。

 やがて頭は丸坊主になり、泣きながら震えている少年に、何を思ったか男の一人が細い膝を掴んで割り開いた。下着をかき分け秘部を日の下に晒すと、まさぐる男の喉が嘲るように鳴った。

「生えてやがる」

「こっちはいいのか」、「悪趣味なやつ」と男たちは口々に言いながらも輪を縮め、とうとう少年の柔らかい茎を荒っぽい手が掴んだ。薄墨色の目が見開かれる。しかし、痛いことをされると歯を震わせる少年の予想に反し、毛深い手は幼い茎をすっぽりと握りこんだまま、ぐにぐにと揉みこむように動き始めた。

「あっ」

 唐突に与えられた刺激の切なさに、少年の腰がぐっと前へ突っ張る。こんなのは始めてだ。時折臍から胸を通って眉間に抜けるようなもどかしさを感じることはあったが、明確な刺激は始めてと、与えられる刺激に合わせてくんくん腰を揺らす。

「あっ、あっ、アア…や、イヤ…ア」

 やがて自由に動く足をよじらせ、かかとを上げてつま先に力を入れた少年は、蹂躙されるままに呆気なく上り詰めた。

「アッ、ん、ぐっ…イヤァ!!」

 ぶしゅ、と精を吐いた少年に、手を汚された男は激昂していまだ天を突く茎を平手打ちした。痛みに少年が高い声を上げるのを聞いて、男たちはひそひそと笑う。

「感じてんじゃねえか?」
「きったねぇ、この化け物!!」

 化け物化け物と打たれる度少年の足が跳ねる。男たちは泣き叫ぶ子どもを押さえつけ、性が熟し始めたことを示すしるしを剃り落とした。もしや茎まで落とされるのではないかと少年が恐怖に歯を食い縛った頃、女たちの声でようやく解放されたのだった。


 *****


 手首を壁に打ち付ける度、鎖が耳障りな音を立てた。

 魁英かいえいは一つに縛り上げられた手首を思い切り壁に叩きつけたが、何度繰り返しても鎖は砕けず、壁にはひび一つ入らない。全身汗みずくになった魁英は、下着を除いて衣服は全て取り払われていた。手首と足首は鎖で縛られ、手首を戒める鎖は頭上から伸びていた。鎖はちょうどかかとがつかない高さで固定され、つま先立ちの状態で天井から吊るされている。四方の壁は石が剥きだしになっており、灯りは少なく、顎を上げて見ても天井の正確な高さは分からなかった。手首を振れば、鎖が壁にぶつかる音が何度か反響して、それでようやく、天井が通常の部屋よりずっと高いところにあるということだけが分かった。

 目覚めた時、自分を吊るしている鎖を引きちぎればいいと何度も肩に力を込めたが、鎖が切れる気配はなかった。足首も同様で、力を込める度に、くるぶしの骨に響くような痛みが走るだけだった。

 焦る気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐きながら、癖になったように身をよじらせ、頭上の鎖を鳴らす。胸元に湧いた汗が腹筋を伝い落ち、臍にわだかまる。肘から上は痺れ、もう感覚が無かった。

 どこだ、ここ。何度も繰り返した問いをもう一度重ねる。あの夜出会った女は、声も姿も奇妙なところは無かった。記憶が途切れる最後の瞬間に、茶色の髪を見たような気がする。狐の毛色をもっと濃くしたような髪を持つ男の姿。誰だろう。全く見覚えがない。娘がどうとか言っていた気がするが、娘って、あのひとのことだろうか。茶髪の男があの女の子の父親で、それで俺をこんな目に?どうして、縛られたまま放置されているのだろう。

 魁英は己の手首をもう一度見た。糸巻の芯のように括りつけられた自身の手。怪力が通じないということは、やはり茶髪の男も人間ではないのだろうなと、予想がついた。月鳴に出会ってからこっち、魁英の常識は全く通じない。

 もう一度瞬きをして、瞼を開ければ森の中に戻っていればいいのに。そう思う胸中に突然、『ここにいたいか』と聞いてくれた月鳴げつめいの声が走る。本当は山中の生活だって嫌だった。母親だって抑えられなかった異能を難なく受け止めて、皆が気味悪がった自分をあっさりと受け入れてくれたことが魁英は嬉しかった。それなのに、月鳴を。胸を細い刃物で突き通されたような痛みに、魁英は嗚咽した。帰りたい。本当に帰りたいのはきっと森の中ではないのだ。悟った瞬間、顔に落ちてきた血の生温かさがまざまざと蘇った。帰る場所を、自分自身で壊してしまった。

「大丈夫か?」

 俯いて涙を落とす魁英の耳に低い声が届いた。言葉とは裏腹に愉しそうな声。あの男だ。すかさず牙を剥いて顎を上げたが、鼻先を合せるような距離に男の顔があり、すぐに怯んだ。動揺に鎖が鳴る。

 ――どこから湧いたんだ。さっきまで誰もいなかったはず。

 目を白黒させる魁英の少し下にある目が、微笑むにしたがってだらりと目尻を下げる。背中近くまで伸びる蜂蜜色の髪、同色の瞳。日に焼けた小麦色の肌。厚めの唇は穏やかに微笑しているが、酷薄そうな色素の薄い瞳と合わさって人を食った表情を常に浮かべているように見える。野卑な笑い方には覚えがあった。魁英をいたぶってきた男は、暴力を振るう前に皆同じような目の色を見せる。それと同じだ。

 男らしい骨格にきゅっと締まった腰を揺らし、男は魁英に息を吹きかけてくすくすと笑った。下世話な欲望を喚起させるに十分な容姿を持った男が、愉しそうに魁英にじゃれつく。獲物を食う前に弄ぶ美しい獣のようだった。

「やめろ……!」
「まだ何もしていない」
「鎖で縛り上げただろうっ!……も、もう、やめてくれ」

 この男には今までとは違う意味で魁英は太刀打ちできない。楽しげでその実、何も堪えていない目の色に怖気が走った魁英は、どんな痛みに耐え、辱めにあうのだろうと背筋を震わせしまいには涙声で懇願してしまった。悔しい。恥ずかしい、それ以上に恐ろしい。この男は自分をめちゃくちゃにできる。死よりもずっと深い何かがこの先にある。初めて感じる恐怖だった。
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