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第四話 それは甘露の如く(2)
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ぐ、と腰を入れて立ち上がる。倒したばかりの大木はまだ生きているのか、青臭い匂いがした。
大人二人が手を繋いで囲めるほどの太さのため、抱え上げるにしても肩に乗りきらない。肩と頭、肘で支える。子静が足元をちょろちょろと歩くため危ない。魁英の一歩は子静の三歩だ。
「危ない」
潰してしまうのが心配で声をかけると、ザルにきのこを入れながら歩く子静は「潰れても平気だもん」と可愛げのない返事をする。
口答えをされると魁英は返す言葉もない。もともと人との会話に慣れていないのだ。それを知ってか知らずか双子は魁英の一言に三言も返してくる。
「それでね、子躍と二人でどこにも行けないのを月鳴様が使い魔にしてくださったんだ」
話題は子躍子静と月鳴の出会いについてだった。
元々人間だった双子は、大雨の後に発生した土砂崩れにのみこまれ呆気なく九つの命を散らせたらしい。自分たちが死んだことにも気づけず、親を探して途方もない時間をさまよっていたところで月鳴と出会ったのだという。
親がいないと泣く幼子に、落ち着くまで家においで、と語りかける月鳴の微笑みが目に浮かぶ。
「子躍と子静っていうのも、月鳴様がくださった名前なの。前の名前はもう忘れちゃってて」
子静が語るには、子どもの使い魔はあまり好まれないのだという。普通は大人か魔獣を使役する。どんな使い魔も主人の能力に見合った力が与えられるが、子どもだと器が小さくてできることは限られるのだとか。
「だから、せめて僕たちは、どんな時でも月鳴様のお側にいるって決めたんだ。どんなに月鳴様が悲しくても、僕たちがその悲しみをどうしようもなくても、僕たちは決して逃げないし離れない。それがせめてもの恩返しだから」
「強いんだな、お前たちって」
魁英は自分の手のひらを見る。大きな手だが、何か大切なものを掴んだことがない手だった。
屋敷の勝手口の傍に大木を下ろした。地面に落ちた瞬間、樹皮に積もっていた細かい砂が舞い上がる。子静から斧を受け取って倒木をぶつ切りにすると、輪切りしたものに拳を叩きこんだ。
次々と作られる木片を子静が薪小屋に運ぶ。
魁英は額に浮かんだ汗を拭う。その際に振り仰いだ屋敷を見て、魁英は不思議に思った。瓦屋根も重厚な屋敷は森には不釣り合いだ。
山暮らしに慣れている魁英だが今まで一度もこのような立派な屋敷に出会ったことなど無い。こうまで立派でかつ人里離れた場所に不釣り合いな屋敷があれば、不気味すぎて逆に印象に残る。大体、ここはどこなのだろうか。
「子静、ここと人里って遠いのか」
「うーん、遠いけど、辿りつけないくらい遠くはないよ」
「人が紛れ込んだりしないのか?」
「しない。結界が張られていて、たとえ紛れ込んでも人間は気がつかないよ。こういうのに聡い人間もいるけど、大きすぎて逆に気づかないと思う。だけど結界も限度があるからあんまり遠くに行っちゃダメだよ。結界から出たら、戻れなくなる。月鳴様とかは戻れるけどね」
「遠くって?」
僕らの足で四半刻くらい、との答えは魁英が想像していたよりもずっと近い。不用意に出歩けない距離だ。月鳴が一緒であればどこに行っても大丈夫との言葉に魁英は小さく頷く。一人で出歩くのは危険だ。
戻れなくなってしまうということは、また孤独な生活に逆戻りということを指す。血を欲する身体では最早一人で生きていくこと自体が無理だ。
魔物って多いのか?という質問には、あまり明瞭な返事はなかった。思っているよりは多いよ、とのことだった。
魁英が拳を振るう音がドシンドシンと森に響く。太陽は中天をとうに過ぎ、黄色味を強くしていく。北方の遥か遠くに黒い雲が沸き起こっていた。
バタンと正面玄関の大扉が閉まった音がした。草を踏む軽い足音に続いて角から子躍が走ってきた。籠を背負い、赤い外套を頭から被っている。
「子静!薬草摘みに行こう!月鳴様のお熱が上がってきた。雨が降りそうだし、今の内に行くぞ」
「ちょっと待てよ。月鳴様に効く薬なんてここら辺にはない。遠出になるよ」
「でも……」
「いいから、僕聞いてくる。薬屋さんに行った方がいいかもしれない」
大丈夫なのか、と思わず話に割って入った魁英の手を取って子静は玄関に向かって歩き出す。強い力に驚きつつ引っ張られる魁英が隣を見ると、子躍がむくれた顔でついてきた。
大人二人が手を繋いで囲めるほどの太さのため、抱え上げるにしても肩に乗りきらない。肩と頭、肘で支える。子静が足元をちょろちょろと歩くため危ない。魁英の一歩は子静の三歩だ。
「危ない」
潰してしまうのが心配で声をかけると、ザルにきのこを入れながら歩く子静は「潰れても平気だもん」と可愛げのない返事をする。
口答えをされると魁英は返す言葉もない。もともと人との会話に慣れていないのだ。それを知ってか知らずか双子は魁英の一言に三言も返してくる。
「それでね、子躍と二人でどこにも行けないのを月鳴様が使い魔にしてくださったんだ」
話題は子躍子静と月鳴の出会いについてだった。
元々人間だった双子は、大雨の後に発生した土砂崩れにのみこまれ呆気なく九つの命を散らせたらしい。自分たちが死んだことにも気づけず、親を探して途方もない時間をさまよっていたところで月鳴と出会ったのだという。
親がいないと泣く幼子に、落ち着くまで家においで、と語りかける月鳴の微笑みが目に浮かぶ。
「子躍と子静っていうのも、月鳴様がくださった名前なの。前の名前はもう忘れちゃってて」
子静が語るには、子どもの使い魔はあまり好まれないのだという。普通は大人か魔獣を使役する。どんな使い魔も主人の能力に見合った力が与えられるが、子どもだと器が小さくてできることは限られるのだとか。
「だから、せめて僕たちは、どんな時でも月鳴様のお側にいるって決めたんだ。どんなに月鳴様が悲しくても、僕たちがその悲しみをどうしようもなくても、僕たちは決して逃げないし離れない。それがせめてもの恩返しだから」
「強いんだな、お前たちって」
魁英は自分の手のひらを見る。大きな手だが、何か大切なものを掴んだことがない手だった。
屋敷の勝手口の傍に大木を下ろした。地面に落ちた瞬間、樹皮に積もっていた細かい砂が舞い上がる。子静から斧を受け取って倒木をぶつ切りにすると、輪切りしたものに拳を叩きこんだ。
次々と作られる木片を子静が薪小屋に運ぶ。
魁英は額に浮かんだ汗を拭う。その際に振り仰いだ屋敷を見て、魁英は不思議に思った。瓦屋根も重厚な屋敷は森には不釣り合いだ。
山暮らしに慣れている魁英だが今まで一度もこのような立派な屋敷に出会ったことなど無い。こうまで立派でかつ人里離れた場所に不釣り合いな屋敷があれば、不気味すぎて逆に印象に残る。大体、ここはどこなのだろうか。
「子静、ここと人里って遠いのか」
「うーん、遠いけど、辿りつけないくらい遠くはないよ」
「人が紛れ込んだりしないのか?」
「しない。結界が張られていて、たとえ紛れ込んでも人間は気がつかないよ。こういうのに聡い人間もいるけど、大きすぎて逆に気づかないと思う。だけど結界も限度があるからあんまり遠くに行っちゃダメだよ。結界から出たら、戻れなくなる。月鳴様とかは戻れるけどね」
「遠くって?」
僕らの足で四半刻くらい、との答えは魁英が想像していたよりもずっと近い。不用意に出歩けない距離だ。月鳴が一緒であればどこに行っても大丈夫との言葉に魁英は小さく頷く。一人で出歩くのは危険だ。
戻れなくなってしまうということは、また孤独な生活に逆戻りということを指す。血を欲する身体では最早一人で生きていくこと自体が無理だ。
魔物って多いのか?という質問には、あまり明瞭な返事はなかった。思っているよりは多いよ、とのことだった。
魁英が拳を振るう音がドシンドシンと森に響く。太陽は中天をとうに過ぎ、黄色味を強くしていく。北方の遥か遠くに黒い雲が沸き起こっていた。
バタンと正面玄関の大扉が閉まった音がした。草を踏む軽い足音に続いて角から子躍が走ってきた。籠を背負い、赤い外套を頭から被っている。
「子静!薬草摘みに行こう!月鳴様のお熱が上がってきた。雨が降りそうだし、今の内に行くぞ」
「ちょっと待てよ。月鳴様に効く薬なんてここら辺にはない。遠出になるよ」
「でも……」
「いいから、僕聞いてくる。薬屋さんに行った方がいいかもしれない」
大丈夫なのか、と思わず話に割って入った魁英の手を取って子静は玄関に向かって歩き出す。強い力に驚きつつ引っ張られる魁英が隣を見ると、子躍がむくれた顔でついてきた。
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