推すも、敲くも

時生

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番外編「月満ちずとも、君はうつくし」1/2

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 俊参しゅんさん玄茲げんじの暮らす屋敷は、中庭に妙な一角がある。庭の一隅に、家の壁に添うように低い瓦屋根が張られ、下には長椅子と石の卓ばかりがある。露台と呼べばいいのか、俊参は分からない。とにかく玄茲げんじが「庭で涼もう」と言えば、そこに茶器を並べるのが常となっていた。
 
「まさか断ってくるとはね」
 
 仕事のある時は官舎で過ごす玄茲げんじの、幾日ぶりかの休みの日。夕食を終えて庭に誘われた俊参は、つまみの載った小皿を卓の上に置きながらため息をついた。早々と酒杯を傾けていた玄茲げんじが、のんきそうな声を出す。
 
「別に断ってなどいない。『観月なれば最も佳き日に』とお答えしただけだ」
「十四夜でほぼ満月、しかも玄茲げんじさんが休日なら、相手にとっては『最も佳き日』なんじゃないの」
 
 地元の富豪だか郷紳有力者だかが誘った観月の宴を、いとも容易く蹴った男は、ふふ、と小さく笑うだけ。しかも玄茲げんじの一言で、観月宴は明日も開かれることになったと聞いた俊参は、玄茲げんじの影響力を誇らしく思うよりはむしろ、呆れた。
 
巡撫じゅんぶ様って、偉いんだねえ」
「あちら側が暇なんだろう。稲刈り前の憂さ晴らしさ。これから税だの小作料の取り立てだので忙しいからな」
「そこに集まる人が実際に税の取り立てに走り回るわけじゃないでしょうに。まぁ、関係ないけど」
 
 そこそこ安定した商家に生まれた俊参だが、とびきりの高級官僚である玄茲げんじの住む世界とこれまでの社会とはまさに雲泥の差だった。違う世界に来てしまったという緊張は、いつからか諦念のようなものに変わっている。「雲上人ってのは、本当にいたんだね」というのが、最近の俊参の気持ちだった。
 
 夜も更けて、厨房の炊煙すいえんはすでに絶えていた。通いの使用人はとうに帰り、屋敷には俊参と玄茲げんじしかいない。憚る目もなく玄茲げんじの隣に座った俊参は、袖を引かれて少し恋人の方へと尻をずらす。
 
「もっと近くに来いよ」
「暑い」
 
 短く言って、玄茲げんじがすねる前に卓の上にあった団扇で自らを扇ぐ。玄茲げんじにも風を送ってやれば、気を取り直したらしい玄茲げんじが蓮根を甘辛く炒めたものに箸を伸ばした。涼風に言葉は絶え、黙って空を仰ぐ。まるで二人のためにあるように、四角い庭の空には金色の月が浮かんでいた。ほんの少しだけ痩せた月を、横切る雲の影がある。
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