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9.移ろい
523.大人
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ふっと中川さんと飯田さんが思い浮かんだ。
それを掻き消すようにブンブンと頭を振る。
永那ちゃん、迷惑そうにしていたし、2人は後輩なんだし、盗られるなんて、そんなことあり得ない。
テーブルの上の食器類をキッチンに運ぶ。
「残ってるの、もったいないね」
「…穂、食べる?あたしはいらないけど」
「んー…」
私も、もうお腹いっぱいだ。
…でも捨ててしまうのはなんだか忍びない。
最後、残っていた物を永那ちゃんだけが食べていた。
その姿を思い出すと、頬が緩む。
「永那ちゃんに包んであげればよかったかも。そしたらお母さんも食べられただろうし」
「たしかに。全然思い浮かばなかった」
「…まあ、でも、久米さん達がいる前では、どっちにしても出来なかったかな?」
「それも、たしかに」
千陽はキッチンのカウンターに手をついて、私の様子を楽しそうに眺めている。
「永那、プライド高いし」
「私でも、久米さん達の前では“持ち帰りたい”なんて言えないと思うよ?」
「穂、久米さん嫌いなんだ?」
「嫌いってほどではない…けど…苦手ではあるかな」
残り物をちょこちょこつまむ。
…お腹はいっぱいだけど、やっぱり食べ物を捨てるなんて私には無理。
「そもそも私、あんまり人と談笑するのとか得意じゃないから。ああいう…なんていうのかな?明るい人…?少し苦手なんだよね」
「永那も明るい人だと思うけど?」
「永那ちゃんは泣き虫だもん」
「穂の前だけね」
「私の前でそうあってくれるなら、大丈夫なの。…そうだ、千陽」
膨れたお腹に食べ物を詰め込むのは、空腹時以上に辛いものを感じる。
贅沢な話ではあるけれど、空腹は時間が経つと一周回って感覚が麻痺するから。
私が千陽を叱るように真剣な眼差しを向けると、千陽は今まで浮かべていた微笑みをスッと引っ込めた。
「あんまり永那ちゃんを怒らせちゃダメだよ?どんなに冷たくされたからって、怒らせたら、永那ちゃん、もっと自棄になっちゃうでしょ?それは、千陽の本望ではないでしょ?」
彼女は頬を膨らませ、頬杖をつく。
そっぽを向いて、既に閉じられた掃き出し窓を眺めた。
窓の外は暗く、リビングが反射している。
残っていた食べ物を全て食べ終えると、満腹のあまり吐き気を感じた。
洗い物はまだ出来そうになくて、ソファに座らせてもらった。
陶器の食器は千陽が食洗機に入れてくれたけれど、プラスチックの物は手で洗わなければいけない。
「こんなの、いつも洗わないで捨てるだけなのに」と千陽は言っていたけれど、リサイクルできるプラスチックのゴミを洗わないなんて、私には考えられない。
…永那ちゃんはいつも綺麗にゴミを捨てていた。
そういうのを、“価値観が合う”と言うのかもしれない。
できれば、今日はお客さんがたくさん来たし、掃除をしたい。
お風呂から出た後に1階に来るとは思わないけれど、万が一下りてきて、ソファに座る…なんてことになったら、私はあまり座りたいと思えない。
月曜に家事代行のスタッフが来てくれると千陽は言うけれど、明日の朝だってここに座るかもしれない。
そう考えると、やっぱりサッと掃除をしておきたい。
でも…今はまだ…動けない…。
千陽が音楽を流し始める。
「ん、永那ちゃんの…」
中学の時の先輩。
メジャーデビューが決まって、恋愛の曲を多く出していて、昔、永那ちゃんとエッチしてた人…。
「うん。聞くの、嫌?」
「ううん、平気。良い曲だよね」
彼女が頷いたのを見て、私は目を瞑る。
ソファの背もたれに寄りかかり、全身の力を抜く。
…あの人も、綺麗な人。
私が知っている限りの、永那ちゃんが関係を持った人は、みんな綺麗な人だ。
小倉さんも、芹奈も。
それぞれが、それぞれの個性をちゃんと把握できているみたいで、自分に合ったお洒落やメイクをしているのだとわかる。
…私は、まだ、私がわからない。
今まで、そんなところに注目すらしたことがなかった。
“いつか永那盗られるんじゃない?”
千陽の言葉が蘇る。
永那ちゃんはいつも私を褒めてくれる。
でも、やっぱり、私はまだ自信が持てない。
本当に永那ちゃんの相手は私で良かったのかな…?って。
他にもっと良い人がいたんじゃないかな?って、どうしても考えてしまう。
でも、他の人と永那ちゃんが恋人になるところは想像もしたくなくて。
私に出来る努力は全てしたいと思っている。
永那ちゃんに見合う人だと思われたい。
…私にも、そんな感情があったのだと知る。
“怖い”と、よく言われてきた。
直接言われたことはなくとも、泣かれたり、陰で言われたりすることはあった。
泣かれた時はショックだった。
親切心のつもりで注意したことだったから。
ショックではあっても、“正しいこと”と大して気にしたことはなかった。
だからこそ、永那ちゃんに出会うまで、私は変わらなかった。
変われなかった。
大人からの評価はいつも良かったし、それが余計、私自身の正しさを証明していると勘違いした。
それを掻き消すようにブンブンと頭を振る。
永那ちゃん、迷惑そうにしていたし、2人は後輩なんだし、盗られるなんて、そんなことあり得ない。
テーブルの上の食器類をキッチンに運ぶ。
「残ってるの、もったいないね」
「…穂、食べる?あたしはいらないけど」
「んー…」
私も、もうお腹いっぱいだ。
…でも捨ててしまうのはなんだか忍びない。
最後、残っていた物を永那ちゃんだけが食べていた。
その姿を思い出すと、頬が緩む。
「永那ちゃんに包んであげればよかったかも。そしたらお母さんも食べられただろうし」
「たしかに。全然思い浮かばなかった」
「…まあ、でも、久米さん達がいる前では、どっちにしても出来なかったかな?」
「それも、たしかに」
千陽はキッチンのカウンターに手をついて、私の様子を楽しそうに眺めている。
「永那、プライド高いし」
「私でも、久米さん達の前では“持ち帰りたい”なんて言えないと思うよ?」
「穂、久米さん嫌いなんだ?」
「嫌いってほどではない…けど…苦手ではあるかな」
残り物をちょこちょこつまむ。
…お腹はいっぱいだけど、やっぱり食べ物を捨てるなんて私には無理。
「そもそも私、あんまり人と談笑するのとか得意じゃないから。ああいう…なんていうのかな?明るい人…?少し苦手なんだよね」
「永那も明るい人だと思うけど?」
「永那ちゃんは泣き虫だもん」
「穂の前だけね」
「私の前でそうあってくれるなら、大丈夫なの。…そうだ、千陽」
膨れたお腹に食べ物を詰め込むのは、空腹時以上に辛いものを感じる。
贅沢な話ではあるけれど、空腹は時間が経つと一周回って感覚が麻痺するから。
私が千陽を叱るように真剣な眼差しを向けると、千陽は今まで浮かべていた微笑みをスッと引っ込めた。
「あんまり永那ちゃんを怒らせちゃダメだよ?どんなに冷たくされたからって、怒らせたら、永那ちゃん、もっと自棄になっちゃうでしょ?それは、千陽の本望ではないでしょ?」
彼女は頬を膨らませ、頬杖をつく。
そっぽを向いて、既に閉じられた掃き出し窓を眺めた。
窓の外は暗く、リビングが反射している。
残っていた食べ物を全て食べ終えると、満腹のあまり吐き気を感じた。
洗い物はまだ出来そうになくて、ソファに座らせてもらった。
陶器の食器は千陽が食洗機に入れてくれたけれど、プラスチックの物は手で洗わなければいけない。
「こんなの、いつも洗わないで捨てるだけなのに」と千陽は言っていたけれど、リサイクルできるプラスチックのゴミを洗わないなんて、私には考えられない。
…永那ちゃんはいつも綺麗にゴミを捨てていた。
そういうのを、“価値観が合う”と言うのかもしれない。
できれば、今日はお客さんがたくさん来たし、掃除をしたい。
お風呂から出た後に1階に来るとは思わないけれど、万が一下りてきて、ソファに座る…なんてことになったら、私はあまり座りたいと思えない。
月曜に家事代行のスタッフが来てくれると千陽は言うけれど、明日の朝だってここに座るかもしれない。
そう考えると、やっぱりサッと掃除をしておきたい。
でも…今はまだ…動けない…。
千陽が音楽を流し始める。
「ん、永那ちゃんの…」
中学の時の先輩。
メジャーデビューが決まって、恋愛の曲を多く出していて、昔、永那ちゃんとエッチしてた人…。
「うん。聞くの、嫌?」
「ううん、平気。良い曲だよね」
彼女が頷いたのを見て、私は目を瞑る。
ソファの背もたれに寄りかかり、全身の力を抜く。
…あの人も、綺麗な人。
私が知っている限りの、永那ちゃんが関係を持った人は、みんな綺麗な人だ。
小倉さんも、芹奈も。
それぞれが、それぞれの個性をちゃんと把握できているみたいで、自分に合ったお洒落やメイクをしているのだとわかる。
…私は、まだ、私がわからない。
今まで、そんなところに注目すらしたことがなかった。
“いつか永那盗られるんじゃない?”
千陽の言葉が蘇る。
永那ちゃんはいつも私を褒めてくれる。
でも、やっぱり、私はまだ自信が持てない。
本当に永那ちゃんの相手は私で良かったのかな…?って。
他にもっと良い人がいたんじゃないかな?って、どうしても考えてしまう。
でも、他の人と永那ちゃんが恋人になるところは想像もしたくなくて。
私に出来る努力は全てしたいと思っている。
永那ちゃんに見合う人だと思われたい。
…私にも、そんな感情があったのだと知る。
“怖い”と、よく言われてきた。
直接言われたことはなくとも、泣かれたり、陰で言われたりすることはあった。
泣かれた時はショックだった。
親切心のつもりで注意したことだったから。
ショックではあっても、“正しいこと”と大して気にしたことはなかった。
だからこそ、永那ちゃんに出会うまで、私は変わらなかった。
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