586 / 595
9.移ろい
519.大人
しおりを挟む
「やっぱり、永那か穂がいい…。永那と穂がいい」
「は?」
「2人から愛されたい」
「期間限定なんでしょ?」
千陽が膝に額をつけて俯く。
「お前、仮面舞踏会にでも出たらいいんじゃないの?」
「そんなのやってないし」
「開けば?パパに頼んで」
「パパの知り合いしか来ないじゃん。男は嫌」
「我が儘だなあ、もう…。まあ、いいや。そんな焦ることもないよね」
ほんの少し顔を上げて、千陽は頷いた。
「そんなことより…穂~!!」
「わっ」
押し倒され、視界の全面に天井が映る。
ひょこっと永那ちゃんの顔が入ってきて、ムチューッと唇を突き出してくるから、手の平で押した。
「“そんなこと”じゃないでしょ?永那ちゃんは、まったくもう!」
「へへっ、可愛い」
「永那ちゃん?」
「いいじゃん、この後2人はお泊まりでしょ?」
「でも、今じゃないでしょ?」
「なんで?」
「千陽が泣いてるんだよ?」
「私達とここにいれば、もう大丈夫でしょ?」
「永那ちゃん…そんな人だったっけ?」
「え……」
「もっと…なんていうか…ちゃんと千陽のこと大事にしてると思ってた」
「し、してるよ!?…してる、つもり」
「じゃあ、どうして今、私のこと押し倒してるの?…千陽の話、もっと聞いてあげるべきじゃない?」
永那ちゃんは息を吐きながら、起き上がる。
視界が開けたので、私も体を起こす。
「穂…」
「なに?」
「いいから、あたしは。もう、大丈夫だから」
「でも…」
「永那に八つ当たり出来てスッキリしたし、ホント、大丈夫」
「八つ当たり?」
「八つ当たりすんな!」
永那ちゃんは私から少し離れたところで、俯いている。
拳を作って、膝をトントンと叩いていた。
「それに、永那の言う通り、あたし達、今夜いっぱい楽しむんだし。永那にも少しはイチャイチャさせてあげないと、可哀想」
千陽が楽しそうに、戯けたように笑った。
「お前なあ…。絶対穂のことさわっちゃダメだからね?」
「やだ」
「ダメ、絶対!」
「さわらないなんて無理」
「さわるのは良いけど、さわっちゃダメなの!」
「永那、言ってることめちゃくちゃなんだけど?」
「だーかーら!穂のこと」
「永那ちゃん、静かに。下に聞こえちゃうかもしれないでしょ?」
この調子じゃ、永那ちゃんが何を言い出すのか怖くて仕方ない。
永那ちゃんの眉間に深いシワが刻まれる。
「穂!さっきから、なんか私に冷たい!なんで!!」
「冷たくないよ?」
「冷たいよ…。私が悪いことしてるみたい。…私だって、私なりに頑張ってるもん」
「それは、わかってるよ?」
「ホントに?」
「うん。ずっと千陽の代わりに色んな人と話してて、凄いなって思ってたよ」
「それなら…いいけど…」
彼女は俯いたまま、変わらず拳で膝を叩く。
トントンという音が部屋に響く。
「最近、千陽も、私にだけ当たり強いし」
しばらくの沈黙の後、永那ちゃんがボソボソと話し始める。
「私って、そんな悪いことした?そんな、酷い奴?」
「酷い人だなんて、思ったこと、1度もないよ?」
「じゃあ…なんで…」
「私は、ただ、千陽が傷ついているのに、そういうことをするのは今じゃないって思っただけだよ?…千陽がちょっと拗ねたりしてるのも、永那ちゃんに甘えてるだけなのかなって、私は見てて、思う」
「“そんな人だったっけ?”って言った…」
「それは…千陽が悲しんでたら、千陽を優先すると思ってたから」
永那ちゃんは顔を上げない。
「ちゃんと話聞いたじゃん…」
どう返せばいいのか、わからなくなる。
1階から大人達の笑い声が聞こえる。
いろんな種類のお酒が並んでいたから、盛り上がる時間帯なのだろう。
対照的に、私達の間には何も会話が生まれない。
なんとなくの気まずさから、私は膝の上の手をモジモジと動かした。
「キスしたい」
沈黙を破るように千陽が笑った。
「したい」
私が彼女を見ていると、ジッと見つめられた。
彼女の双眸がキラリと光る。
チラリと永那ちゃんを見ると、不機嫌そうに、顔を伏せながら千陽を見ていた。
すぐに視線が私に向く。
永那ちゃんの左眉は上がり、口元は真一文字に結ばれていた。
「だめ?」
「勝手にすれば?」
永那ちゃんが答える。
「永那はしないの?」
フゥーッと永那ちゃんが鼻から息を吹き出す。
また膝をトントン叩く。
千陽が四つん這いに私に近づいてくる。
彼女の一挙手一投足が背景から浮き上がるみたいに強調される。
「永那がしないなら、あたしと穂でしよ?」
顔が近づく。
彼女の大きな瞳が、獲物を捕らえた動物のように細まる。
鼻と鼻がくっつき、彼女の甘い息がかかった。
「穂、好き。大好き。…あたしのこと大事にしてくれる穂が好き」
怒涛のように押し寄せてくる愛の言葉に気圧されて、思わず床に手をついた。
ギュッと目を瞑ると、ぬくもりが唇に触れる。
しっとりとしたあたたかさが心地良い。
自然と力を込めていた手の平が、ぺたりと床にひっつく。
離れるか離れないか、触れるか触れないかのギリギリのところまで彼女が戻り、再びぴったり重なり合う。
「は?」
「2人から愛されたい」
「期間限定なんでしょ?」
千陽が膝に額をつけて俯く。
「お前、仮面舞踏会にでも出たらいいんじゃないの?」
「そんなのやってないし」
「開けば?パパに頼んで」
「パパの知り合いしか来ないじゃん。男は嫌」
「我が儘だなあ、もう…。まあ、いいや。そんな焦ることもないよね」
ほんの少し顔を上げて、千陽は頷いた。
「そんなことより…穂~!!」
「わっ」
押し倒され、視界の全面に天井が映る。
ひょこっと永那ちゃんの顔が入ってきて、ムチューッと唇を突き出してくるから、手の平で押した。
「“そんなこと”じゃないでしょ?永那ちゃんは、まったくもう!」
「へへっ、可愛い」
「永那ちゃん?」
「いいじゃん、この後2人はお泊まりでしょ?」
「でも、今じゃないでしょ?」
「なんで?」
「千陽が泣いてるんだよ?」
「私達とここにいれば、もう大丈夫でしょ?」
「永那ちゃん…そんな人だったっけ?」
「え……」
「もっと…なんていうか…ちゃんと千陽のこと大事にしてると思ってた」
「し、してるよ!?…してる、つもり」
「じゃあ、どうして今、私のこと押し倒してるの?…千陽の話、もっと聞いてあげるべきじゃない?」
永那ちゃんは息を吐きながら、起き上がる。
視界が開けたので、私も体を起こす。
「穂…」
「なに?」
「いいから、あたしは。もう、大丈夫だから」
「でも…」
「永那に八つ当たり出来てスッキリしたし、ホント、大丈夫」
「八つ当たり?」
「八つ当たりすんな!」
永那ちゃんは私から少し離れたところで、俯いている。
拳を作って、膝をトントンと叩いていた。
「それに、永那の言う通り、あたし達、今夜いっぱい楽しむんだし。永那にも少しはイチャイチャさせてあげないと、可哀想」
千陽が楽しそうに、戯けたように笑った。
「お前なあ…。絶対穂のことさわっちゃダメだからね?」
「やだ」
「ダメ、絶対!」
「さわらないなんて無理」
「さわるのは良いけど、さわっちゃダメなの!」
「永那、言ってることめちゃくちゃなんだけど?」
「だーかーら!穂のこと」
「永那ちゃん、静かに。下に聞こえちゃうかもしれないでしょ?」
この調子じゃ、永那ちゃんが何を言い出すのか怖くて仕方ない。
永那ちゃんの眉間に深いシワが刻まれる。
「穂!さっきから、なんか私に冷たい!なんで!!」
「冷たくないよ?」
「冷たいよ…。私が悪いことしてるみたい。…私だって、私なりに頑張ってるもん」
「それは、わかってるよ?」
「ホントに?」
「うん。ずっと千陽の代わりに色んな人と話してて、凄いなって思ってたよ」
「それなら…いいけど…」
彼女は俯いたまま、変わらず拳で膝を叩く。
トントンという音が部屋に響く。
「最近、千陽も、私にだけ当たり強いし」
しばらくの沈黙の後、永那ちゃんがボソボソと話し始める。
「私って、そんな悪いことした?そんな、酷い奴?」
「酷い人だなんて、思ったこと、1度もないよ?」
「じゃあ…なんで…」
「私は、ただ、千陽が傷ついているのに、そういうことをするのは今じゃないって思っただけだよ?…千陽がちょっと拗ねたりしてるのも、永那ちゃんに甘えてるだけなのかなって、私は見てて、思う」
「“そんな人だったっけ?”って言った…」
「それは…千陽が悲しんでたら、千陽を優先すると思ってたから」
永那ちゃんは顔を上げない。
「ちゃんと話聞いたじゃん…」
どう返せばいいのか、わからなくなる。
1階から大人達の笑い声が聞こえる。
いろんな種類のお酒が並んでいたから、盛り上がる時間帯なのだろう。
対照的に、私達の間には何も会話が生まれない。
なんとなくの気まずさから、私は膝の上の手をモジモジと動かした。
「キスしたい」
沈黙を破るように千陽が笑った。
「したい」
私が彼女を見ていると、ジッと見つめられた。
彼女の双眸がキラリと光る。
チラリと永那ちゃんを見ると、不機嫌そうに、顔を伏せながら千陽を見ていた。
すぐに視線が私に向く。
永那ちゃんの左眉は上がり、口元は真一文字に結ばれていた。
「だめ?」
「勝手にすれば?」
永那ちゃんが答える。
「永那はしないの?」
フゥーッと永那ちゃんが鼻から息を吹き出す。
また膝をトントン叩く。
千陽が四つん這いに私に近づいてくる。
彼女の一挙手一投足が背景から浮き上がるみたいに強調される。
「永那がしないなら、あたしと穂でしよ?」
顔が近づく。
彼女の大きな瞳が、獲物を捕らえた動物のように細まる。
鼻と鼻がくっつき、彼女の甘い息がかかった。
「穂、好き。大好き。…あたしのこと大事にしてくれる穂が好き」
怒涛のように押し寄せてくる愛の言葉に気圧されて、思わず床に手をついた。
ギュッと目を瞑ると、ぬくもりが唇に触れる。
しっとりとしたあたたかさが心地良い。
自然と力を込めていた手の平が、ぺたりと床にひっつく。
離れるか離れないか、触れるか触れないかのギリギリのところまで彼女が戻り、再びぴったり重なり合う。
13
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる