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8.閑話
57.永那 中3 夏《如月梓編》
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「梓、私のこと、結構つけてた?」
ドッドッドッと心臓が鳴る。
「その…ストーカー?じゃ、ないけどさ」
目が回り始める。
「あの、そうだったとしても、べつに責めたいわけじゃなくて。念のため確認したいだけなんだ」
「ごめんなさい…。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「あ!いや!全然!」
頭が真っ白になって、ただ“ごめんなさい”を繰り返す。
「梓!梓!」
両手を包まれ、永那を見る。
「大丈夫だから」
その言葉に、少しずつ、鼓動が落ち着き始める。
「大丈夫。…ね?」
なんとか頷くと、永那が優しく笑みを浮かべた。
「…梓だったんだね」
「ごめんなさい…」
「いや、安心したよ」
「え…?」
「あー…えっと…前、会った時さ?千陽っていたじゃん?あの、やたら顔の良い奴」
頷く。
「あいつ、あんなだからさ、ストーカーとかに遭いやすくて。ずっとあいつのストーカーかと思ってたから、私で良かった」
胸のなかが、ジクジクと痛み始める。
「道端で、知らないおっさんに急に写真撮られたりすることもあってさ、大変なんだよね」
「そうなんだ」
美人って、大変なんだな…。
「梓、普通に話しかけてくれたらよかったのに」
「ごめんなさい…」
「んー…まあ、話しかけにくいか!1回しか会ったことなかったもんね」
その気遣いで、また申し訳なさが膨れ上がる。
「ストーカー…してる、自覚が、なくて…」
永那の顔が見れなくて、俯く。
「でも、前に永那に言われて、ハッとして…」
「そっか。それで、やめたんだ?」
頷く。
「じゃあ、もう大丈夫だね。今日こうやって会って話せたわけだし、次からは普通に話しかけてよ。会いたいなら、会いたいって言って?」
「いい、の…?」
「当たり前じゃん」
顔を上げると、彼女が微笑んでいた。
恋に落ちるって、きっとこういうことを言うんだ。
「あ…でも…」
「ん?」
「その…千陽、さん…は?」
「千陽がどうしたの?」
「恋人なんじゃ、ないの…?」
「違うよ」
永那が破顔する。
「私、恋人いないよ?」
「嘘!?」
「ホント。作るつもりもないし」
「そっか…」
自分が永那の恋人になれるなんて想像したこともなかった。
だからその言葉に傷つきはしない。
けど…モテそうなのに、意外。
っていうか、たぶん千陽は永那が好き。
たぶんじゃなくて、絶対。
つまり永那はモテるけど、あえて恋人を作らないんだ。
贅沢だなあ…。
私なんて、告白もされたことのない人生なのに。
フッと彼女が笑うから、永那を見る。
「よく、恋人いるように見られるけどね」
「そう、だろうね。千陽さん、永那の恋人っぽいし」
「そうそう。よく間違われる。…まあ、あいつに変な奴が寄ってこないようにするためでもあるし、あえて間違えられるようにしてる…のかな?」
「守ってあげてるんだ?」
「まあ、そういうことになるね」
いいな、羨ましい。
私にもそんな美貌があったら、永那から守ってもらえるんだ…。
やっぱり、才能があるって贅沢なことだよ。
苦労もあるのかもしれないけど…才能がない側からすれば、そんな苦労だって羨ましいと思っちゃう。
才能がある時点で他の人より優位なわけで、苦労の1つや2つあって当たり前だ。
なんなら、私みたいな凡人は才能のある人に追いつくこともできないまま努力を強いられるんだから、こっちのほうが大変だ。
苦労の1つや2つなきゃ、人生割に合わない。
「梓」
真っ直ぐ見つめられ、背筋を伸ばす。
「なんで私のことつけてたか、理由教えて?」
「え…」
「怒らないから」
お母さんもよく“怒らないから”と言いながら、正直に話すと怒る。
でも…目の前に座るこの人が怒るとは思えなくて…口を開いた。
「会いたくて…」
フフッと彼女が笑う。
「たった1回しか会ったことないのに?話したのも、あんな短時間だったのに?」
頷くと「そっかー」と嬉しそうに笑った。
彼女はストローをクルクル回しながら、“んー”と考える。
「なんで、会いたかったの?」
心なしか、何かに捕らえられた気がした。
ゴクリと唾を飲む。
普通…そんなこと…聞く…?
「な、仲良く…なりたかったから…」
「なんで?」
えぇ…っ。
「なんで私と仲良くなりたかったの?…なんで、わざわざ私の後をつけるくらい、仲良くなりたかったの?」
私が黙っていると、彼女はオレンジジュースを飲み干した。
「コーヒー、飲まないの?」
「カフェオレだよ…」
「同じでしょ」
飲むのを急かされている気がして、ゴクゴクとカフェオレを飲む。
私が飲み終えたのを見てから、彼女が立ち上がった。
「行こ?」
「うん」
コップを返却口に置くと、手を引かれた。
顔が熱くなって、ぶわっと手汗をかく。
コップについていた雫が指についていたのか、彼女の手も濡れていた。
ひんやりしていて、そのまま外に出ると、際立った。
彼女が前を歩く。
蝉の鳴き声がやたら大きく聞こえる。
「ねえ」
彼女が振り向く。
「梓の家、どこ?」
照りつける太陽が眩しい。
室内だとよく見えた彼女のクマが、外に出ると薄くなった。
ジメジメした風が吹いて、彼女の髪が靡く。
ドッドッドッと心臓が鳴る。
「その…ストーカー?じゃ、ないけどさ」
目が回り始める。
「あの、そうだったとしても、べつに責めたいわけじゃなくて。念のため確認したいだけなんだ」
「ごめんなさい…。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「あ!いや!全然!」
頭が真っ白になって、ただ“ごめんなさい”を繰り返す。
「梓!梓!」
両手を包まれ、永那を見る。
「大丈夫だから」
その言葉に、少しずつ、鼓動が落ち着き始める。
「大丈夫。…ね?」
なんとか頷くと、永那が優しく笑みを浮かべた。
「…梓だったんだね」
「ごめんなさい…」
「いや、安心したよ」
「え…?」
「あー…えっと…前、会った時さ?千陽っていたじゃん?あの、やたら顔の良い奴」
頷く。
「あいつ、あんなだからさ、ストーカーとかに遭いやすくて。ずっとあいつのストーカーかと思ってたから、私で良かった」
胸のなかが、ジクジクと痛み始める。
「道端で、知らないおっさんに急に写真撮られたりすることもあってさ、大変なんだよね」
「そうなんだ」
美人って、大変なんだな…。
「梓、普通に話しかけてくれたらよかったのに」
「ごめんなさい…」
「んー…まあ、話しかけにくいか!1回しか会ったことなかったもんね」
その気遣いで、また申し訳なさが膨れ上がる。
「ストーカー…してる、自覚が、なくて…」
永那の顔が見れなくて、俯く。
「でも、前に永那に言われて、ハッとして…」
「そっか。それで、やめたんだ?」
頷く。
「じゃあ、もう大丈夫だね。今日こうやって会って話せたわけだし、次からは普通に話しかけてよ。会いたいなら、会いたいって言って?」
「いい、の…?」
「当たり前じゃん」
顔を上げると、彼女が微笑んでいた。
恋に落ちるって、きっとこういうことを言うんだ。
「あ…でも…」
「ん?」
「その…千陽、さん…は?」
「千陽がどうしたの?」
「恋人なんじゃ、ないの…?」
「違うよ」
永那が破顔する。
「私、恋人いないよ?」
「嘘!?」
「ホント。作るつもりもないし」
「そっか…」
自分が永那の恋人になれるなんて想像したこともなかった。
だからその言葉に傷つきはしない。
けど…モテそうなのに、意外。
っていうか、たぶん千陽は永那が好き。
たぶんじゃなくて、絶対。
つまり永那はモテるけど、あえて恋人を作らないんだ。
贅沢だなあ…。
私なんて、告白もされたことのない人生なのに。
フッと彼女が笑うから、永那を見る。
「よく、恋人いるように見られるけどね」
「そう、だろうね。千陽さん、永那の恋人っぽいし」
「そうそう。よく間違われる。…まあ、あいつに変な奴が寄ってこないようにするためでもあるし、あえて間違えられるようにしてる…のかな?」
「守ってあげてるんだ?」
「まあ、そういうことになるね」
いいな、羨ましい。
私にもそんな美貌があったら、永那から守ってもらえるんだ…。
やっぱり、才能があるって贅沢なことだよ。
苦労もあるのかもしれないけど…才能がない側からすれば、そんな苦労だって羨ましいと思っちゃう。
才能がある時点で他の人より優位なわけで、苦労の1つや2つあって当たり前だ。
なんなら、私みたいな凡人は才能のある人に追いつくこともできないまま努力を強いられるんだから、こっちのほうが大変だ。
苦労の1つや2つなきゃ、人生割に合わない。
「梓」
真っ直ぐ見つめられ、背筋を伸ばす。
「なんで私のことつけてたか、理由教えて?」
「え…」
「怒らないから」
お母さんもよく“怒らないから”と言いながら、正直に話すと怒る。
でも…目の前に座るこの人が怒るとは思えなくて…口を開いた。
「会いたくて…」
フフッと彼女が笑う。
「たった1回しか会ったことないのに?話したのも、あんな短時間だったのに?」
頷くと「そっかー」と嬉しそうに笑った。
彼女はストローをクルクル回しながら、“んー”と考える。
「なんで、会いたかったの?」
心なしか、何かに捕らえられた気がした。
ゴクリと唾を飲む。
普通…そんなこと…聞く…?
「な、仲良く…なりたかったから…」
「なんで?」
えぇ…っ。
「なんで私と仲良くなりたかったの?…なんで、わざわざ私の後をつけるくらい、仲良くなりたかったの?」
私が黙っていると、彼女はオレンジジュースを飲み干した。
「コーヒー、飲まないの?」
「カフェオレだよ…」
「同じでしょ」
飲むのを急かされている気がして、ゴクゴクとカフェオレを飲む。
私が飲み終えたのを見てから、彼女が立ち上がった。
「行こ?」
「うん」
コップを返却口に置くと、手を引かれた。
顔が熱くなって、ぶわっと手汗をかく。
コップについていた雫が指についていたのか、彼女の手も濡れていた。
ひんやりしていて、そのまま外に出ると、際立った。
彼女が前を歩く。
蝉の鳴き声がやたら大きく聞こえる。
「ねえ」
彼女が振り向く。
「梓の家、どこ?」
照りつける太陽が眩しい。
室内だとよく見えた彼女のクマが、外に出ると薄くなった。
ジメジメした風が吹いて、彼女の髪が靡く。
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