いたずらはため息と共に

常森 楽

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8.閑話

55.永那 中3 夏《如月梓編》

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「れ、連絡先…!教えて、ください!」
人生で1番の勇気を出した瞬間だったと思う。
「いいよ」
呆気ない返事に拍子抜けする。
連絡先を交換し、「じゃあ、またね」と頭をポンポンと撫でられる。

「ねえ、また?」
歩き始めた彼女達が会話を始める。
「“また”ってなんだよ?」
「ハァ…」
「いいじゃん、べつに。お前には関係ないだろー」
「関係あるし…」
千陽が永那の腕を抱くようにして、肩に頭を預けて歩いていた。
…付き合ってるんだよね?
ただの友達には、見えない。
「どう関係あんの?」
「永那が好き」
千陽が一瞬、私を見た気がした。
ズキズキと胸が痛む。
「やっぱ関係ないじゃん」
「なんでよ…。あたしだって…。あたしの方が、誰よりも永那が好きなのに」
「あっそ」
なんか…永那、冷たい…?

2人の背中が私から離れていき、会話は聞こえなくなった。
スマホを握りしめる。
2人の背中が見えなくなっても、しばらくその場に立ち尽くしていた。

トボトボと家に帰って、メッセージ画面を眺めていた。
連絡先を交換できたものの、送る文がない。
もう夏休みも目前だ。
夏休み…1回くらいは遊んでみたいな…。

ガチャッとドアが開く。
「ちょっと…お母さん、ノックくらいしてよ」
「なに言ってんのよ。それより、良い塾見つけたの?」
“図書館に行く”とか“他の塾探してくる”と嘘をついて永那を見に行ってたから、ギクッとする。
その様子を見て、お母さんが深いため息をついた。
「ここ」
紙が机にドンと置かれる。
「お母さんが決めたから」
「え!?」
「夏合宿だって参加しないと、あんたこのままじゃ中卒だよ」
「そ、そんな…。べつに、偏差値低い高校なら…」
「そんなんで生きていけると思ってるの!?ちゃんとした高校入って、ちゃんとした大学に行くの!じゃないとあんたが苦労するんだからね!?」
“うぇぇ…”と置かれた紙を眺めるけど、お母さんは「わかったね!?もう申し込んだから、そこに行きなさいよ!」と怒鳴って出て行った。
結局、友達と同じ塾になってしまった…。
こんなことになるなら、永那と出会った塾にすればよかった…。

「あーずさ!」
翌朝、家を出ると抱きつかれた。
つむぎ…」
「結局あたしと同じとこ来るんだって?」
「情報はや…」
「そりゃあ、お隣さんですから?」
1歳下の友達、もとい幼馴染、紬。
学校でも呼び捨て&タメ口で話しかけられるから、いつも同級生にからかわれて恥ずかしい。
“梓、年下にめっちゃナメられてんじゃん”って。
紬はそんな風に言われているのを知っているのか知らないのか、私にはわからないけど…。
そもそも紬は、そういうのを気にするタイプじゃない。
私とは正反対。
その性格が羨ましい。
どうせ誰かに何か言われても“幼馴染なんだよ?いきなり先輩扱いって、そっちの方が変じゃん”って言うに決まってる。
紬は中1の時から塾に通っていて、成績もすごく良いらしい。
私立のめちゃくちゃ偏差値の高い高校に入りたいと言っていた。
小学生の時から言っていた気がするから、その高い志には尊敬するばかりだ。

『梓、塾行かないの?』
思わぬ人からメッセージが来て、心臓が飛び跳ねた。
ついでにスマホを落としそうになった。
落としそうになったスマホを、紬がキャッチする。
『あの時一緒にいた友達が、知り合いが1人もいなくて寂しがっててさ(笑)』
「誰?」
「と、友達…」
「へえ?友達ねえ?」
「な、なに…?」
「顔、ニヤけてるよ?」
「うっ、うっさい!」
「え~!なになになに~!」
紬に追いかけられるから、私は走って逃げる。
逃げるけど、すぐに追いつかれて、後ろからハグされるような形で捕まった。

紬が私のスマホを奪う。
アイコンをタップして、画像を拡大する。
「え!?めっちゃかっこよくない!?この人」
「も、もー…関係ないでしょ…」
「な!?友達になんてこと言うんだ!!…こうしてくれるわ!」
くすぐられ、逃げるけど、また捕まって、くすぐられる。
「このイケメンは誰だ!白状しろ!」
「わかっ…わかったから…!」
紬は無類のイケメン好き。
「女子だよ…?」
「性別はどうでもいいよ。美しさが大事。…で、どこで知り合ったの?…内容的に、入塾体験!?」
「そう…」
「どこの!?」
場所を教えると、「あたし、塾変えよっかな」とか言い始める。
「永那は、塾には通ってないよ」
「…あぁ、そっか。永那さんの友達が行ってるんだもんね」
「ハァ」と小さく息を吐いて、紬の手からスマホを取り、鞄にしまう。
「え!?返事しないの?」
「紬がいるからしない」
「なにそれー」
紬は唇を突き出して、不機嫌そうに振る舞う。
でもすぐに、何も気にしてないみたいに鼻歌を歌い始めた。
「梓」
「なに?」
「今度永那さんと会う時、あたしのこと紹介してよ」
彼女が笑う。
ペロリと唇を舐めて笑う。
私は心の中でため息をついて、ただ頷いた。
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