いたずらはため息と共に

常森 楽

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7.向

430.期待

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「お金あればゲーセン行ったんだけど」
誉は夏休みに熱を出してから、いつも折りたたみ傘を持ち歩くようになった。
だから今日は濡れていない。
「そんな、気遣わなくていいよ?」
「いや…無理でしょ…」
私が首を傾げると、誉が大きくため息をつく。
「姉ちゃんは、バカだなあ…」
「え!?バ、バカってなに!?え!?」
弟から初めて“バカ”と言われ、動揺が隠せない。
「もういいよ…。ま、今日はその程度で良かった。正直ビクビクしながら帰ってきたんだよね」
「え……。そ、その程度ってなに!?誉!?誉…!!」
誉は部屋に入ってしまった。

「誉は気の利く奴だな」
私の胸に顔をうずめていた永那ちゃんが言う。
「え、永那ちゃん…?」
彼女は深呼吸して、顔だけ上げる。
「エッチ、してる最中じゃなくて良かったね」
小声で言われて、カーッと顔が熱くなった。
「バカバカバカバカ!永那ちゃんのバカ!」
ペシペシ彼女を叩くと、優しい笑みを向けられて、手を止める。
永那ちゃんが起き上がって、手を引かれて私も起こされる。
「ご、ごめんね。叩いたりして」
「平気だよ。穂のこと大好きだからね」
彼女を抱きしめる。
「このまま泊まっていきたい…」
「私も、永那ちゃんと一緒にいたいな」
「じゃあ泊まってっていい?」
「いいよ…って、言ってあげたいけど…」
「うん」
「明日も一緒に過ごそうね」
「うん!」
「明後日は千陽とホテルだね」
「だね!」
耳に彼女の唇が触れる。
息がかかって、目を閉じた。
「明日は絶対エッチしないとね?」
囁かれて顔が熱くなる。
今日するものだと思っていたから、心の準備は既に整っていた。
…明日、か。
またおあずけになっちゃった。

ん…?
ここで、やっと気づく。
誉の言っていた意味が。
そして誉に事実に。
まだ小学生なのに…!!
も、もう、中学生になるけど…!
そりゃあ、小学校高学年にもなれば、体の仕組みとか、授業で習うけど…!
いざ自分の弟が知識を持っているのだと知ると、なんだか複雑な気持ちになる。
しかも…気遣われてまでいる…。
情けないし恥ずかしいし、もう誉と顔を合わせられる気がしない。
他の人は、姉弟とどんな感じなんだろう?
恋愛の話とか…ましてや話なんて、共有するもの?
きょ、共有までは、していないけれど…でも、永那ちゃんとの関係はきっと把握されているわけで…。
っていうか思い返してみれば、9ヶ月記念日の日、永那ちゃんが誉に連絡していたらしいし。
ああ…もう…。
永那ちゃんが誉に何を言っているのか考えたくなくて、彼女の肩に顔を押し付けた。
でもいつ誉が帰ってくるかわからない状況で、落ち着いてできるとも思えなくて。
ため息が出る。

「穂?…嫌?」
「え?なにが?」
「明日、するの…」
「嫌じゃないよ!」
「じゃあ、なんでため息?」
「誉に…知られてたから…」
「何を?」
「さ、さっきの…!わ、わかってよ…」
顔を覗き込まれる。
「わかった」
永那ちゃんがニコッと笑う。
「穂、今更気づいたの?」
頷くと、頭を撫でられる。
「ごめんね」
「どうして、謝るの?」
「んー…穂が、みんなに知られたりするの嫌って知ってるのに…」
永那ちゃんは俯いて、首筋をポリポリ掻く。
「9ヶ月記念日の日、誉と連絡取り合ってたみたいだけど…な、何を言ったの?」
「穂とイチャイチャしたいって。だから、6時くらいまで家空けてほしいって」
イチャイチャ…。
うーん…ギリギリ、大丈夫…?
「首、またつけちゃった」
「それは…さっきわかったよ」
さっき吸われたところを撫でる。
「永那ちゃんは、焦ったり不安になったりすると、こうするんだってことも学習しました」
彼女の両眉が上がる。
「怪獣さん」
鼻にちょんと人差し指を当てると、彼女の顔が蕩けていく。
「好き」
「私も好きだよ、永那ちゃん」

立ち上がって、部屋に行く。
永那ちゃんが後ろからついてくる。
ポーチを取って、コンシーラーを出す。
手鏡を見ながら塗っていると「私がやってあげる」と言われたので、お願いした。

誉に永那ちゃんを家まで送ると伝えて外に出た。
手を繋ぐ。
「桜、散っちゃうね」
「そうだね、この雨でほとんど散っちゃうだろうね」
2人で1つの傘に入る。
そんなに雨足は強くないので、お互いに濡れることはなさそう。
「“ストレス発散だった”って、前言ってたよね?」
「ん?…昔のこと?」
「そう。永那ちゃんにとっては、今も、そうなのかな?」
「あー…どうかな?自分でもわかんないけど、癒やされるのは確かだね」
「そっか」
「穂のこと、ストレス発散のために使ってるわけじゃないよ?私、穂が好きだからシたいんだよ?」
彼女の瞳が不安そうに揺れる。
「うん。使われてるなんて、思ってないよ」
「…でも、使ってるのかな?」
眉間に深いシワを寄せて、俯く。
「使ってないよ。大丈夫」
「どうしてわかるの?」
「永那ちゃんがいつも優しいから」
彼女は納得していないようで、まだ眉間にシワが寄っている。
「それに、例え永那ちゃんがストレス発散のためにシているんだとしても、私はいいよ?」
「なんで?」
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