386 / 595
6.さんにん
385.ふたり
しおりを挟む
穂が“学費を免除してもらえる制度がある”と言っていた。
それを使えば、全額は厳しかったとしても、半額くらいにはなるかもしれないと。
上手くいけば全額。
そういう説明もして、なんとか説得しようと思っていた。
なのに、こんなにも、あっさりと…。
「あ、ありがとうございます」
じいちゃんは「また来る」と言って帰った。
しばらくお母さんに「何勉強するの?」とか「将来何になりたいの?」とかいろいろ聞かれて、困った。
特別やりたいことがあるわけでもないし、理由も…穂と一緒がいいからって理由だったから。
「いいね」
お姉ちゃんが頬杖をつきながらボソッと言った。
「私も、大学行きたかった」
今までずっと、生活費を稼ぐために働いてくれていたお姉ちゃん。
…そりゃあ、そうだよね。
「今からでも行ったらいいじゃん」
お母さんが言って、お姉ちゃんが眉間にシワを寄せる。
「いくらあの人がまだ働いてるからって、さすがに2人分の学費は無理でしょ。それに、今更…」
「お姉ちゃん…!」
ちゃんと、言う。
「私、一応学校の成績は良いんだ。…それで、学費免除の制度とか、いろいろあるみたいで…もし、審査が通ったら、学費が安くなるって。あ、穂が!穂が、教えてくれて。だから…じいちゃんに…言ってみたら、いいんじゃないかな?い、今からでも…遅くないよ、きっと」
お姉ちゃんはため息をついて、目をそらす。
…やっぱり、私が言うことなんて…聞く価値もないのかな。
お姉ちゃんに相談してからじいちゃんにって思ってたけど、じいちゃんが先で良かったのかもしれない。
「瑠那は、何を勉強したいの?」
「…は?…そ、そんなの、急に言われたって、わかんない」
「ふーん?じゃあ、なんで大学に行きたいの?」
「同じ仕事量…いや、むしろ私のほうが仕事してるのに、給料は大卒のほうが良いのが気に食わないから」
お姉ちゃんが何の仕事をしているのかは、よくわからない。
でも、寮付きの会社で働いていることだけは知っている。
「そっかあ…。たしかに、お母さんも働いてたとき、正社員になれるのは大学卒業してる人ばっかりだったなあ。…お母さんも大学行っちゃおうかな!?そしたら、2人の学費も稼げるかも!」
お姉ちゃんが眉間を指で押さえる。
「今から大学行ったって、お金稼げるようになるのは何年後?」
「あ、そっか!えへへ」
穂が用意してくれたご飯を出す。
お母さんは「わあ!!穂ちゃんのご飯!」と嬉しそうにしていた。
「穂、お母さんに会いたがってたよ」
「私も会いたい~!」
お母さんが鞄から財布を出して、折りたたまれて、くしゃくしゃになった写真を取り出した。
「早く、みんなに会いたいなあ」
「また、呼ぶよ」
「うん!」
お姉ちゃんは黙々とご飯を口に運んでいた。
「私は、しばらく帰ってこないと思うけど…何かあったら連絡して」
お姉ちゃんが、靴を履いてドアを開けた瞬間、言った。
「え?」
「…なに?」
「あ、いや、なんでもない。わかった」
パタンとドアが閉まる。
“お礼、言わないと”
今、穂にそう言われた気がして、ドアを開ける。
「お姉ちゃん!」
階段を下りきったお姉ちゃんが振り向く。
「ありがとう!…ありがとう、お姉ちゃん。私、高校行けて良かった!」
ジッと見つめられた後、お姉ちゃんは何も言わずに歩き出す。
「ハァ」と息を吐くと、真っ白に染まる空気が寒さを強調させた。
両手を擦って、中に入る。
お母さんは床に横になっていた。
一瞬、ドキッとした。
私はきっと、この姿を見たくないんだ。
お母さんが突然仕事に行かなくなった日を思い出す。
ひとりでずっとお母さんの世話をしてきた日々を思い出す。
お母さんがいるから、何もかも諦めてきた日々を思い出す。
苦しかった、日々を…。
お母さんが振り向いて、ニコッと笑った。
「瑠那、帰っちゃったの?」
「…うん」
「お父さんも、帰っちゃった」
「そうだね。でも、また来るって言ってたよ」
「そうだね!」
お母さんの隣に座る。
「ご飯、おいしかったね」
「うん」
少し緊張しながら、スマホを出す。
前のお母さんなら“恋人?”とか、いちいち詮索してきた。
ニュースを見てるだけだって言っても信じてくれず、“嫌だ嫌だ”と駄々をこねた。
だから自然と私はスマホをほとんど見なくなった。
でも、穂と会うようになってからは“穂だよ”と言うと、すんなり信じた。
…何が違うんだろう?
『今、じいちゃんとお姉ちゃんが帰ったよ。お母さん、これから週1で通院することになった。通院は、しばらくじいちゃんが付き添ってくれるみたい。うつ病の人のコミュニティ?みたいなのにも参加することになったよ。あと、大学のことも言えた。じいちゃんが、学費出してくれるって』
お母さんはボーッとテレビを見ていた。
私がスマホをさわっていても、何も言わない。
『永那ちゃん、おつかれさま。連絡してくれてありがとう。大学のこと、話せて良かったね!お母さんの具合はどう?』
相変わらず、簡素だ。
簡潔だけど、まっすぐな穂の人柄を表しているみたい。
『うん、こちらこそありがとう。大丈夫そうだよ。今回は良い先生だったみたい』
『良かった』
それを使えば、全額は厳しかったとしても、半額くらいにはなるかもしれないと。
上手くいけば全額。
そういう説明もして、なんとか説得しようと思っていた。
なのに、こんなにも、あっさりと…。
「あ、ありがとうございます」
じいちゃんは「また来る」と言って帰った。
しばらくお母さんに「何勉強するの?」とか「将来何になりたいの?」とかいろいろ聞かれて、困った。
特別やりたいことがあるわけでもないし、理由も…穂と一緒がいいからって理由だったから。
「いいね」
お姉ちゃんが頬杖をつきながらボソッと言った。
「私も、大学行きたかった」
今までずっと、生活費を稼ぐために働いてくれていたお姉ちゃん。
…そりゃあ、そうだよね。
「今からでも行ったらいいじゃん」
お母さんが言って、お姉ちゃんが眉間にシワを寄せる。
「いくらあの人がまだ働いてるからって、さすがに2人分の学費は無理でしょ。それに、今更…」
「お姉ちゃん…!」
ちゃんと、言う。
「私、一応学校の成績は良いんだ。…それで、学費免除の制度とか、いろいろあるみたいで…もし、審査が通ったら、学費が安くなるって。あ、穂が!穂が、教えてくれて。だから…じいちゃんに…言ってみたら、いいんじゃないかな?い、今からでも…遅くないよ、きっと」
お姉ちゃんはため息をついて、目をそらす。
…やっぱり、私が言うことなんて…聞く価値もないのかな。
お姉ちゃんに相談してからじいちゃんにって思ってたけど、じいちゃんが先で良かったのかもしれない。
「瑠那は、何を勉強したいの?」
「…は?…そ、そんなの、急に言われたって、わかんない」
「ふーん?じゃあ、なんで大学に行きたいの?」
「同じ仕事量…いや、むしろ私のほうが仕事してるのに、給料は大卒のほうが良いのが気に食わないから」
お姉ちゃんが何の仕事をしているのかは、よくわからない。
でも、寮付きの会社で働いていることだけは知っている。
「そっかあ…。たしかに、お母さんも働いてたとき、正社員になれるのは大学卒業してる人ばっかりだったなあ。…お母さんも大学行っちゃおうかな!?そしたら、2人の学費も稼げるかも!」
お姉ちゃんが眉間を指で押さえる。
「今から大学行ったって、お金稼げるようになるのは何年後?」
「あ、そっか!えへへ」
穂が用意してくれたご飯を出す。
お母さんは「わあ!!穂ちゃんのご飯!」と嬉しそうにしていた。
「穂、お母さんに会いたがってたよ」
「私も会いたい~!」
お母さんが鞄から財布を出して、折りたたまれて、くしゃくしゃになった写真を取り出した。
「早く、みんなに会いたいなあ」
「また、呼ぶよ」
「うん!」
お姉ちゃんは黙々とご飯を口に運んでいた。
「私は、しばらく帰ってこないと思うけど…何かあったら連絡して」
お姉ちゃんが、靴を履いてドアを開けた瞬間、言った。
「え?」
「…なに?」
「あ、いや、なんでもない。わかった」
パタンとドアが閉まる。
“お礼、言わないと”
今、穂にそう言われた気がして、ドアを開ける。
「お姉ちゃん!」
階段を下りきったお姉ちゃんが振り向く。
「ありがとう!…ありがとう、お姉ちゃん。私、高校行けて良かった!」
ジッと見つめられた後、お姉ちゃんは何も言わずに歩き出す。
「ハァ」と息を吐くと、真っ白に染まる空気が寒さを強調させた。
両手を擦って、中に入る。
お母さんは床に横になっていた。
一瞬、ドキッとした。
私はきっと、この姿を見たくないんだ。
お母さんが突然仕事に行かなくなった日を思い出す。
ひとりでずっとお母さんの世話をしてきた日々を思い出す。
お母さんがいるから、何もかも諦めてきた日々を思い出す。
苦しかった、日々を…。
お母さんが振り向いて、ニコッと笑った。
「瑠那、帰っちゃったの?」
「…うん」
「お父さんも、帰っちゃった」
「そうだね。でも、また来るって言ってたよ」
「そうだね!」
お母さんの隣に座る。
「ご飯、おいしかったね」
「うん」
少し緊張しながら、スマホを出す。
前のお母さんなら“恋人?”とか、いちいち詮索してきた。
ニュースを見てるだけだって言っても信じてくれず、“嫌だ嫌だ”と駄々をこねた。
だから自然と私はスマホをほとんど見なくなった。
でも、穂と会うようになってからは“穂だよ”と言うと、すんなり信じた。
…何が違うんだろう?
『今、じいちゃんとお姉ちゃんが帰ったよ。お母さん、これから週1で通院することになった。通院は、しばらくじいちゃんが付き添ってくれるみたい。うつ病の人のコミュニティ?みたいなのにも参加することになったよ。あと、大学のことも言えた。じいちゃんが、学費出してくれるって』
お母さんはボーッとテレビを見ていた。
私がスマホをさわっていても、何も言わない。
『永那ちゃん、おつかれさま。連絡してくれてありがとう。大学のこと、話せて良かったね!お母さんの具合はどう?』
相変わらず、簡素だ。
簡潔だけど、まっすぐな穂の人柄を表しているみたい。
『うん、こちらこそありがとう。大丈夫そうだよ。今回は良い先生だったみたい』
『良かった』
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる