いたずらはため息と共に

常森 楽

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4.踏み込む

234.先輩

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放課後、唇に何かが触れて目が覚める。
穂は、学校では、私の唇を指でなぞることにしたらしく、いつもこうして起こされる。
本当は、夏休みみたいに、キスして起こしてほしいけど。
「永那ちゃん」
優しい、安心する声。
立っている彼女を抱きしめる。
目一杯、彼女の匂いを肺に溜め込む。
フゥーッとゆっくり息を吐く。
「おはよ」
そう言うと、ほんの少し頬をピンク色に染める穂。
もういい加減慣れたらいいのに。
クラスメイトのほとんどが注目していない。
「おはよう。…行こう?」
可愛い。好き。
「うん」
彼女の手を取って、横に立っていた千陽と目を合わせてから、歩き出す。
正直、千陽の家を知ってるから、自分の家が恥ずかしくてたまらない。
自然と、穂を握る手に力が入る。
穂が握り返してくれるから、嬉しくなる。

「あ、永那ちゃん」
「ん?」
「お花、買っていってもいい?」
「あー…今、ダリア飾ってるよ」
「そうなの?」
穂が、驚きつつも嬉しそうに笑う。
はあ…可愛い…。
「まあ、一輪だけだけど…」
「何色?」
「赤」
「じゃあ、それが映えるように、何か買っていったらいいかな」
花屋の前で、穂が楽しそうに花を選ぶ。
千陽は、学校から離れたからか、穂の腕に腕を絡めていた。
「穂が掃除のときに教室に飾ってる花、いつも買ってるの?」
千陽が聞く。
「買うときもあるし…家のお花がたくさん咲いたときは、切って持っていってるかな」
「へえ」
興味があるんだか、ないんだか。

家の前についても、千陽は顔色一つ変えない。
ホッとしていいのか、なんなのか。
最近の千陽はよくわからない。
…これが、あいつの本当の姿だったのかな。
あいつも、自分を殺して生きてたのかな。
ひとりぼっちに、ならないために。
穂とブロック塀に寄りかかって、何か話している。
それを見ながら私はドアを開けた。
お母さんがまだ寝ていた。
私はお母さんを起こす。
「んぅ?永那?」
「お母さん、穂と友達、来るよ」
目が大きく開く。
「ど、どうしよう!?あ~!あ~!」
「大丈夫、大丈夫。ゆっくり、準備しよ?」
そう言って、お母さんの髪を櫛で梳いてあげる。
一つ結びにして、適当な服を取る。
「変じゃない?」
「可愛いよ」
「本当?」
「私が選んだんだよ?」
「そ、そうだよね」
お母さんは照れくさそうに笑う。

お母さんが自分の服を見ている間、スマホで千陽に『いいよ』とメッセージを送る。
インターホンが鳴って、ドアを開ける。
穂が見えて、お母さんが裸足のまま、彼女に抱きついた。
「会いたかった~穂ちゃん」
「お母さん…私も、会えるの楽しみにしてました」
お母さんがへへへと笑う。
千陽のほうを見て「わあ!」と言う。
「美人さん」
千陽はペコリと頭を下げて「佐藤さとう千陽です。よろしくお願いします」と静かに言った。
「永那~、友達みんな美人だね~」
ニヤニヤするから「そうでしょ」と眉を上げて答えた。
「ほら、2人、入れてあげよ?」
「あ!うん!」

2人が靴を脱ぐ。
穂が靴を揃えて、千陽もそうする。
…千陽、そんなことしてたっけ?
「お母さん、これ」
「わあ!お花!」
「ダリアがあると聞いたので、それに合うようにと思って」
お母さんが穂の手を引く。
「飾って!飾って!」
「はい」
穂にハサミを渡すと、茎を短くして、花瓶に挿してくれる。
「千陽、適当に座って」
千陽は頷いて、穂の隣に座る。
持っていた袋をテーブルの上に置いて、スッとお母さんのほうに移動させる。
「今日、お邪魔させてもらったので…どうぞ…」
「え~!ありがとう!何かな?」
私は紙コップにお茶を入れて、全員分をテーブルに置いた。
「うわ~!宝石みたい」
千陽が優しく笑う。
…作り物じゃない、自然な笑顔。
そっか。穂といると、千陽はこんな顔をするのか。
千陽に穂を盗られるんじゃないかって焦ってて、全然見えてなかった。
「本当だ。すごく綺麗」
穂が箱を覗き込む。
私も気になって見てみると、フルーツの形をしたグミがたくさん入っていた。

「食べてもいいの?」
「はい」
お母さんがぶどうの形をしたグミを取って、小袋を開ける。
「ん~!おいし~!何これ~!!すごい!」
私も1つ取って、口に入れた。
噛んだ瞬間、オレンジの香りがぶわっと口の中に広がった。
駄菓子のグミをイメージしていた…というか、それしか食べたことないから、それしか知らなかったけど…なんだこれ。
「うまっ」
てか、いつの間にこんなん買ったんだ。こいつ。
「ほら、穂ちゃんも…えっと、千陽ちゃんも、一緒に食べよ?」
穂が1つ取って食べて感動する。
千陽は無表情だ。
「…これは、もったいなくて食べられない」
私が言うと「ホントだね~」と、4つ目のグミを口に入れながら、お母さんが言う。
全く“ホントだね”じゃない。
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