いたずらはため息と共に

常森 楽

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4.踏み込む

205.文化祭

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「穂、昨日、永那と学校まわれたの?」
「あー…忙しくて、無理だった」
「ふーん…永那、穂のこと探してたけど」
「うん、会えたは会えたけど…文化祭らしいことは全然できなかったな…」
「じゃあ、あたしと、楽しも?」
この子は…自分の可愛さを知り尽くしているとしか思えない。
優しく微笑まれて、上目遣いに見られる。
彼女の胸元は、また第二ボタンまで開いていて、それを私の腕に押し付けている。
心臓が、トクトクと鳴る。
「…うん」
通り過ぎる人の視線を物凄く感じた。
でも話しかけてくる人はほとんどいなくて、“生徒会”の腕章が意味を成しているように思えた。
たまに道を聞かれることはあったけど、それだけだった。
「あいつ、絶対あえて道聞いてきた」と、千陽は彼らを睨む。
「まあまあ…」となだめると、「あたし、穂との時間、少しも邪魔されたくないの」と見つめられる。
私は苦笑して、昨日倒れた1年生のオブジェを見た。

「ちゃんと修復できてるね」
「どこが壊れたの?」
「顔のところ、少しへこんで、穴があいちゃってたんだよね」
等身大の恐竜のオブジェ。
倒れないように固定していたのに、固定していた棒がいつの間にか外れていたらしい。
よく見れば、穴があいたところに違和感はあったけれど、パッと見ではわからなかった。
もう行こうかと思ったけど、千陽がジーッと恐竜を見ていたから、彼女を待つ。
…なんか、意外。
彼女を見ていたら「なに?」と聞かれて「なんでもない」と答えた。
その後は、千陽がお化け屋敷に行きたがって、全てのお化け屋敷を見て回った。
「3年生のは凄かったね」
「うん」
反応は薄いけど、千陽の表情は明るかった。

「穂、唐揚げ食べたい」
お昼の時間を少し過ぎたあたりで、まだ飲食系は混んでいた。
でもここで食べないと、この後食べられないから、並んででも食べなければいけない。
一緒に並んで、唐揚げとポテトを2人分注文した。
「…やっぱり、穂の唐揚げが好き」
夏休み、千陽と優里ちゃんが泊まったとき、唐揚げを作ってあげた。
そのときも彼女は反応が薄かったけど、気に入ってくれていたらしい。
「今日の夜、どうしよっか」
スマホでお母さんと誉には、今日千陽の家に泊まることを連絡する。
「遅いから…どこかで食べていく?」
「…穂のご飯、食べたい」
…私も、疲れてるんだけどなあ。
でも、まあ…家にお邪魔するんだし、そのくらいは。
「簡単なものでもいい?」
「うん!」
家にどんな調味料があるのか聞いたけど「何もない」と答えられて、驚愕する。
「ママもパパも、料理しないもん」
その言葉を聞いて、作ってあげたい気持ちが膨れ上がる。
炊飯器と電子レンジ、フライパンはあるとのことで、少しホッとする。

「昔ね、おばあちゃんの家に、よく預けられてたの」
千陽が口を開く。
「おばあちゃんは、手作りのご飯をたくさん作ってくれた。あたし、それがすごく好きだったの。穂と一緒にいるようになって、思い出した」
彼女が、本当に楽しそうに、笑う。
「…今は、おばあちゃんは?」
「ママが、行きたがらないんだよね。べつに、あたし1人で会いに行ってもいいんだけど…忘れてたから…」
へへへと笑う。
“忘れてた”って…千陽らしいと言えば、千陽らしい…のかな?
「今度、行ってみようかな」
「うん、きっと喜ぶよ」
彼女が頷く。

2時前に放送室につく。
千陽は大人しく、仕事をこなしていた。
相変わらず手は握ったままだったけど。
特に大きな問題も起こらず、無事に2日目が終了した。
7時にもなると、大半の生徒が帰っていた。
私達生徒会と文化祭委員は、見回りも兼ねて校内の清掃を手分けして行う。
最後に生徒会室に集まって、私が挨拶して、解散となった。

森山もりやまさんの手を引っ張りながら、千陽が私のそばに来た。
「帰ろ?」
森山さんは汗をタラタラ流していた。
「も、森山さん?大丈夫?」
「ははははははい、だだ、大丈夫、だす」
「だす」
プッと千陽が笑って、森山さんはもっと汗をかいた。
「ち、千陽…あんまり無理に絡んじゃだめだよ?」
千陽は首を傾げて、森山さんを見る。
「あたしに話しかけられるの、嫌?」
「いいいいいえ!とんでもござぁません!」
千陽が楽しそうに笑う。
…こんな千陽、初めて見るかも。
しかも、森山さんって…もっと落ち着いている印象があったけど…こんな感じだったかな?
「じゃあ、行こ?」
私の腕に腕を絡めて、千陽が歩き出す。

「森山さんは、千陽の近所に住んでるんだ?」
電車のなかで、森山さんと千陽が同じ小学校、中学校に通っていたことを知らされる。
「ははは、はい」
「だから最近、一緒に帰ってたんだね」
森山さんがコクリと頷く。
「…そしたら、森山さんも、千陽の家に泊まったらいいんじゃない?」
森山さんの目が大きくなり、千陽の目はスッと細まる。
「いいいいえ、わ、わ、私は、おおお、お2人の邪魔には、なりたくないので…!」
「邪魔?…邪魔なんかじゃ」
千陽の視線を感じて彼女を見ると、明らかに怒っていた。
「わ、私は…あの、本当に、いいので」
「そ、そっか。わかった、ごめんね」
「い、いえ…」
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