いたずらはため息と共に

常森 楽

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3.成長

144.海とか祭りとか

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びしょ濡れのまま、弟が隣に座る。
地面が少し斜めっているから、水がこっちに流れてくる。
ポケットから、いくつかの貝殻とシーグラスを取り出す。
「いっぱい取ってきたんだけど、千陽にあげたやつが1番綺麗だよね?」
彼の手元がキラキラと輝く。
サングラス越しだから、全部同じような色に見えるけど。
あたしは欠けているシーグラスを取る。
「これが1番綺麗」
「これ?そう?…じゃあ、これあげる」
髪から水が滴り落ちている。
あたしはため息をついて、鞄からタオルを出した。
髪を拭いてあげると「ありがとう」と、はにかまれる。
その笑顔が空井さんに似ていて、あたしは目をそらした。
“穂は、お前のこと好きなんだって”
なんで?
あたし、空井さんに嫌なことばっかりしてたと思うんだけど。

「ねえ」
「なに?」
「あたし、さっき背中、塗ってもらってないんだけど?」
「え?」
素っ頓狂な声を出す。
「優里のは塗れて、あたしのは嫌?」
「あ、いや、いいよ。ちょっと待って」
鞄に無造作にシーグラスと貝殻を入れて、タオルで手を拭く。
日焼け止めを振って、手に出すから、あたしは背を向ける。
「紐の内側も?」
あたしは頷く。
少し伸びた髪を前に持っていく。
あたしは目を閉じて、じっとする。
「あのさ、さっき結局お金払ってもらっちゃったから、俺、なんか買ってくるよ?」
「いらない」
「え、でもさっき」
「あれは冗談」
「そ、そーなの?」
永那は塗り方が雑だったけど、弟は丁寧で、優しい。
永那がそうしてくれていると想像すると萌えるけど、全然現実的じゃない。
…少なくとも、あたしには。

「はい、できた」
あたしは振り向いて、弟をジッと見る。
「な、なに?」
「まだ、できてない」
「え?どこ?」
あたしは手を背中に回して、ビキニのボトムのゴムに指を引っ掛ける。
「布の下まで塗らないと、跡が残るでしょ?」
カーッと弟の顔が赤くなっていく。
「む、無理…」
両手で顔を覆う。
見た後に覆ったって意味ないのに。
あたしは吹き出して笑った。
バカみたい。
自分で日焼け止めを出して、塗る。
「やっぱりかき氷食べた~い」
「え!?う、うん。わかった!何味?」
「ぶどう」
「ぶどう?…あったかなあ?なかったら何がいい?」
「マンゴー」
「え!?そっちのほうがなくない!?…あるかなあ?」
「さくらんぼ」
「かき氷のさくらんぼ味、見たことないよ!」
あたしは膝に頬杖をついて、そっぽを向く。
「もう…!いちごね!いちご!なかったら、いちご!」

あたしは、歩き出す弟の足首を掴む。
「おぅっ、あぶなっ」
「あたしを1人にするの?」
「あ、ごめん…そうだよね。ど、どうしよう。一緒に行く?」
「やだ」
「えー…」
弟がポリポリと頭を掻く。
「嘘」
立ち上がって、弟よりも先に歩き出す。
弟が小走りで追いついて、首からかけている防水ケースからお金を出す。
「俺はメロンにしよ」
「ねえ」
「なに?」
「一緒にお祭り行ってあげてもいいよ?」
「本当?」
「でも、2人きりじゃなきゃ嫌。あんたの友達が来るなら、絶対嫌」
「わかった!」
弟を睨む。
「なんで“わかった”の?」
「え?どういう意味?」
「べつに。なんでもない」
「え、え、どういう意味?教えてよ」
うざ。
無視する。

「千陽、教えてよ。わかんないよ」
手を掴まれる。
フラッシュバックして、体が強張る。
「千陽?…千陽?どうしたの?」
背中をさすられて、ようやく呼吸ができる。
しゃがみこんで、俯いた。
「大丈夫?ごめんね?…ごめんね」
弟もそばでしゃがむのがわかる。
ずっと背中をさすってくれる。
「あたしの言葉なんて、適当に聞き流して」
永那はいつも“ふーん”だった。
「…うん。わかった」
なんで“わかった”の。
あたしを優先しないで。
あたしを1番大事にして。
…矛盾する気持ち。
「でもさ?…お祭りは、2人のほうがいいんだよね?」
あー、嫌い。
なにこいつ。嫌い。クソ生意気なガキのくせに。
全然、わかってないじゃん。
涙が溢れ出てくる。
サングラスかけといてよかった。
「早くかき氷買ってよ」
「う、うん。じゃあ、行こう?」
弟は立ち上がって、手を差し出す。
あたしは指で涙を拭って、自力で立ち上がる。
あんたはあたしの、王子様なんかじゃない。

マンゴーのかき氷、あるし。
弟が「マンゴー、あったねー」なんて笑うから、無視した。
弟がお金を払って、あたしたちはシートに戻る。
「あ!かき氷!いいなあ!」
3人が帰ってきていた。
頭まで浸かったらしく、3人ともびしょ濡れで、タオルで体を拭いていた。
あたしはシートに座って、かき氷を食べる。
「優里、いる?」
弟が自分のかき氷を優里に差し出す。
「わー!嬉しい!ありがとう!」
優里が何口か食べる。
「私もちょーだい」
そのまま優里が永那にわたして、永那がバクバク食べる。
「おい、永那!食べすぎ!」
空井さんはその様子を楽しそうに見ていた。
弟は、永那に半分以上食べられて肩を落としている。
「永那には、もう絶対あげない」
弟が永那を睨む。
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