いたずらはため息と共に

常森 楽

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3.成長

127.噂

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「先輩、いますか?」
日住君の声で意識が戻る。
「いるよー。ちょっと待って」
私は目覚めたばかりの重たい体をなんとか立ち上がらせて、テントを開けた。
時計を見ると、目を閉じてから5分くらいしか経っていなかった。
「すみません、休んでましたよね?」
「ああ、うん。大丈夫。…どうしたの?」
「あの、さっきの…山での話の続きがしたいと思って」
私は何度か瞬きをして、一気に目が冴えた。
日住君を中に入れて、向かい合って椅子に座る。
「…先輩」
「ん?」
「俺、先輩が好きです」
まっすぐ見つめられる。
あれ?告白しない予定だったのでは?と、目を白黒させる。
「先輩、気づいてましたよね?」
思わず顔が引きつる。
私って、そんな分かりやすいのかなあ?
「…まあ、気づかないほうがおかしいか。“綺麗”なんて言っちゃって…金井に言われて、自分でもあの後反省しました」
…ああ。そのときは…まだ気づいてなかったな。
心の中で苦笑する。
「さっきも、焦って、先輩をまたお祭りに誘ったりして…迷惑でしたよね、すみませんでした」
「迷惑なんかじゃ、ないよ」
鼓動が少しずつ速くなっていく。
沈黙がおりて、どうすればいいのかわからない。

「俺、先輩達の仲を壊したいわけじゃないんです。先輩に何かを求めてるわけでも…ありません」
「うん」
「ただ、俺…ずっと、本当に、先輩が好きで」
日住君は俯いて、膝の上で両手を握りしめていた。
「なんで、俺もっと早く言わなかったんだろう?とか、すごい、後悔して」
そのうち手が震え始めて、彼の手の甲に雫が落ちる。
「すみません」
私は唾を飲むことしかできなくて、ただ彼を見つめる。
「元々、生徒会入ったときから、先輩のことかっこいいなって思ってて。でもたまに見せる、楽しそうに笑う姿が、綺麗だなって思うようになって」
彼が鼻を啜る。
「先輩が話しかけてくれるのが嬉しくて…俺、全然真面目なんかじゃなかったんですけど、生徒会、すげー頑張ったんです。目立ちたくて入ってみただけだったんですけど。気づいたら、真面目で良い人みたいになってて…そういう、成長?みたいなのできたのも、先輩のおかげだなって思ってるんです」
そんなふうに思ってくれていたなんて、全く知らなかった。
「でも先輩が恋愛に興味ないのわかってたし、俺なんかが告白してもどうせダメだろうって思って、何もしなかった…。恋愛に興味ない姿もかっこいいって思ってたから、余計何もしなかった」
Tシャツの袖で、涙を拭く。
「でも、めっちゃ後悔した…。両角先輩見た瞬間から、なんか嫌な予感して、すげー後悔した」
そうだ。彼は私に言っていた。
“嫌な予感がした”と。

「中ニの夏、先輩が浴衣姿で歩いてるの見て…ドキドキしたんです」
…え?
「ドキドキしすぎて、話しかけられなくて」
彼が鼻を啜りながら、ヘヘッと笑う。
「そのときから“ああ、これが恋なんだな”ってハッキリわかりました。去年も、お祭りのときに先輩を探したんですけど、見つからなくて…。もう一回見たいなって、思ったんです。そしたら、諦められるかなって思って」
「そうなんだ…。去年はお祭り行かなかったから…」
「そりゃあ、見つからないわけですね」
涙で濡れる長いまつ毛が上向く。
彼が私を見て、笑う。
「でも昨日…見れた」
はにかむ彼は、いつもの彼だった。
「やっぱ、綺麗でした」
彼が伏し目がちになる。
…昨日の浴衣姿が?
浴衣は民宿のロゴが入ったもので、髪も適当に結っただけだったのに。
「昨日見れたんだし、欲張っちゃダメだよなって…さっき思って、振られに来ました」
へへへと笑ってから、彼は深呼吸する。
まっすぐ私を見て、「先輩、できれば、ハッキリ言ってほしいです」と言った。
「…じゃないと、たぶん諦めつかないんで。お願いします!」

「えっと…」
ハッキリ?…どうやって?
“ごめんなさい”って言えばいいの?
初めての展開で、頭が真っ白になる。
ジッと彼に見つめられる。
私が悩んでいるのがわかったのか、日住君が笑う。
「先輩、好きです。俺と付き合ってください」
優しく微笑まれて、胸がチクチクと痛む。
「…ごめんなさい。私、好きな人がいるから」
気づけば、私の瞳から雫が溢れ落ちていた。
「せ、先輩?…なんで?」
日住君が両手を宙に彷徨わせる。
「あ、ごめん。なんでだろう?」
私は笑みを作りながら、指で涙を拭う。
「あの、すみません。俺…俺のせいで…」
「違う違う。…自分でも、よくわからなくて。日住君のせいじゃないよ」

涙が止まって、ホッとする。
パタパタと手で顔を扇ぐ。
「あの…私、今年はお祭り行くよ」
「え?」
「一緒には行けないけど。もし見かけたら、今度は話しかけてね?」
私が笑うと、彼の顔がピンク色に染まった。
「ああ、でも…ちゃんと、金井さんのことも見てあげてね」
そう言うと、彼は何度か瞬きして、眉を下げた。
「はい」
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