いたずらはため息と共に

常森 楽

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2.変化

68.王子様

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気づけば翌日、また空井さんに話しかけていた。
空井さんに言いたいことなんてなかった。
言えることなんてなかった。
完全にあたしは負けてる。
自分は永那の特別になれない。
それが嫌というほどわかるから、どうすることもできないとわかってるから、言っても意味のない言葉を彼女に投げつける。
ただの八つ当たりだった。
…なのに、空井さんが言ったのは「第二ボタンを留めてほしい」だった。
サーッと血の気が引いた。
「事件がある」なんて言われて、引いたはずの血が沸騰した。
本当に自分でも自分に引く。
気づけば大声を出していて、永那がそばにきた。
あたしはボタンを留めて、走って教室から出て行った。

校舎裏、人目のつかない場所でしゃがみ込む。
涙がボロボロ溢れ出てくる。
トンと、頭に何かが触れて顔を上げると、永那があたしを見下ろしていた。
それはそれは優しい目で、(ああ、永那は変わったんだな)と認めざるを得なくなる。
涙は止めどなく溢れ出る。
あたしの顔を見て永那が笑った。
だからあたしも泣きながら、笑う。
「なにやってんの?」
同じ言葉なのに、中学のときよりもその声が優しくて。嫌になる。
永那が隣に座る。
涙を指で拭ってくれる。
「永那、あたしがストーカーされたこと言ったの?」
「ん?言ってないよ」
「じゃあ、空井さんが“事件が…”とか言ってたのは…」
「たまたまだよ。穂は単純に、千陽のことが心配になったんでしょ。たぶん“佐藤さんは可愛いから”とか言おうとしてたんだよ」
「そっか。…勝てそうにないなあ」
涙はまだ止まらないのに、笑えてくる。
「勝つ?」
「なんでもない」
「…ふーん」

「あたし、空井さんに、永那がいろんな人とセックスしてたことバラした」
「知ってる」
心臓がドクンと鳴る。
腕で口元を隠しながら、永那を見る。
永那は横目にあたしを見て、目が合う。
「嫌いにならないの?」
「誰が?誰を?」
「永那が、あたしを」
「嫌いになんてならないよ。事実だし」
「じゃあ、空井さんは、永那を嫌いにならなかったの?」
永那の右の口角が上がる。
「ならなかったよ。引かれもしなかった」
胸がズキズキと痛む。
あたしは鼻で目一杯息を吸った。
「そっかあ」
「お前、酷くない?バラすとか」
あたしの前だけでする“お前”呼び。
こんなに負けてるって頭ではわかってるのに、永那に“お前”って言われただけで、キュンキュンする。
他の人だと腹立つのに。
「優里にもバラした」
「はあ?」
肩を小突かれる。

「優里は、なんて?」
「“キャー!”って言ってた」
「なにそれ、可愛い」
「優里に惚れる?」
「は?…んなわけ」
永那は眉間にシワを寄せる。
「じゃあ空井さんのどこが好き?」
あたしが聞くと、永那の目が大きくなった。
何度も瞬きして、視線をそらす。
永那が何度も唾を飲む。
眉間のシワが深くなり、遠くを見る。
「“じゃあ”ってなんだよ」
少し耳が赤くなってる。
そんな姿は初めて見る。…嫌だなあ。…ずるいなあ。あたしも永那に、こんなふうにしてもらいたい。
「教えてよ」
「てか、好きなんて言ってなくない?」
ポリポリと頬を掻く。
「は?体育祭で手繋いでたでしょ?」
永那は顔を引きつらせて、ばつが悪そうにする。

「ハァ」と深くため息をついて、永那があたしを見た。
「まあ、いろんなとこだよ」
「いろんなとこって?」
「…最初は男同士でキスしてるって話題になったとき“どうでもいい”って言い放ったのがかっこいいって思った」
「うん」
あたしにはできないことだね。
「そのあと、まあ…」
そんなに言いにくいこと?
余計に気になって、永那をジーッと見る。
永那がまたため息をつく。
「私が寝てたとき」
「放課後?」
「…そう。…寝てたとき、穂が急に“起きないと、いたずらしちゃいますよ”って言ったんだ」
「は?」
なにそれ?
全く想像できない。
どういうこと?
…っていうか、それで好きになったの?
永那、単純すぎない?

永那の顔が真っ赤になって、なおさら驚く。
「いやあ、めっちゃエロくて」
好きな相手だけど、めっちゃ引く。
あたしはため息をつく。
「まあ、それ以外にも、やっぱいろいろすごいなあって思うところ多くて、それも含めて好きなんだけど」
本人も顔が赤いことを自覚してるのか、両手で顔を覆った。
「…でも、エロいから好きになったんだ?」
「いやっ、ちがっ…ちが…うよ?」
「その事実のほうが、空井さんに引かれそう」
「やめっ!違う!違うって!」
慌てふためく姿も、初めて見る。
…ああ、ホント嫌だ。
空井さんってなんなの?イライラしてきた。
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