いたずらはため息と共に

常森 楽

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2.変化

49.初めて

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毎日かけているスマホのアラームが耳元で鳴って飛び起きる。
ドクドクと音を立てている心臓を、深呼吸して落ち着かせる。
スマホを見ると、永那ちゃんから返事がきていた。
『マジで!?』
その一言に笑ってしまう。
『嫌だった?』
朝はすぐに既読がつく。
『嫌じゃないけど…どんな反応だった?』
『喜んでくれた』
『そーなんだ、よかった。良いお母さんだね』
その最後の言葉に、胸がキュッと締め付けられる。
何も返せない。私には、何も。
私は誉を急かしながら家を出る。
マンションの前で分かれて、私は足早に学校に向かった。

まだ人も疎らな教室。
珍しく永那ちゃんが起きていた。
私が扉を開いた瞬間から、彼女の視線を感じる。
佐藤さんが話しているのに永那ちゃんはどこかソワソワしていて、私は隠れるように笑う。
「ごめん、千陽」
そう言って、話の途中で私の席に来る。
佐藤さんを見ると、眉間にシワを寄せていた。
「穂、あれどういうこと?どういう流れでああなった?」
小声で囁く彼女の息がくすぐったい。
「怒ってる?」
上目遣いに聞くと、永那ちゃんは首を横に振る。
「全然怒ってないよ。怒ることじゃないし。…でも、ほら…ああ…なんていうか…初めてのことで」
そっか、永那ちゃんは焦るとこういう反応をするんだ。
新しいことが知れて、嬉しい。
「お母さんに言っちゃったんだから、私のこと、ちゃんと大事にしてね」
耳元で囁いた。
永那ちゃんの目が大きくなって、一気に紅潮する。
永那ちゃんがズルズルと机から滑り落ちて、小さくなった。

佐藤さんが近づく。
「永那?」
永那ちゃんは「ハァ」と大きく息を吐いて、腕のなかに顔を隠してしまっている。
佐藤さんの眉間のシワが深くなり、私を睨む。
不思議と怖くない。
「どういうこと?」
「なにが?」
「…この状況」
佐藤さんは少し呆気にとられたようだった。
「べつに…佐藤さんには、関係ないよね?」
佐藤さんの大きな瞳が飛び出しそうなくらい大きくなって、耳まで赤くなる。
何も言い返せないみたいで、口を結んでしまう。
その様子を少し眺めてから、私は足元で蹲ってる永那ちゃんの髪を指で梳いた。

私は鞄から教科書とバインダーを取り出して、勉強を始める。
「ちょっと…!」
佐藤さんが私の肩を掴む。
「なにしてんの?」
「え?勉強…」
「は?意味分かんないんだけど」
私は少し考えて、何度か瞬く。
笑ってみせて「私も意味分かんない」と返す。
佐藤さんの目の下がピクピクと痙攣する。
すると永那ちゃんがボリボリと頭を掻いた。
サラサラの髪の毛が乱れる。
「あー、ドキドキした」
立ち上がって、胸に手を当ててる。
「ちょっと、永那」
「ん?なに?」
ハァ、ハァと少し息を切らしながら、背の低い佐藤さんを見下ろす。
「何があったの?」
永那ちゃんはチラリと私を見てから、下唇の端を噛んで視線を下げた。
どう答えるか考えた後、「秘密」と爽やかな笑顔で言った。

永那ちゃんは自席に戻って、机に突っ伏す。
寝始めたのかと思ったけど、しばらく耳が赤かったし、足をバタつかせてもいたから、起きているのだとすぐわかる。
しばらく佐藤さんに睨まれていたけど、全然気にならなかった。
佐藤さんが、私の知らない永那ちゃんをたくさん知っているのは事実かもしれない。
でも私だって、佐藤さんの知らない永那ちゃんをたくさん知った。
佐藤さんは可愛くて、私よりも友達がたくさんいて、いろんなことも経験してきているのかもしれない。
それでも、永那ちゃんが選んでくれたのは私だったし、秘密を打ち明けてくれたのも私だったし、彼女・・は私なのだから。
首筋の痕をさする。
この痕が、私が永那ちゃんのものだという証。
私はもう我慢しないし、堂々と積極的にいることにしたんだ。
“そのままの穂でいて”と願われた通り、私は私らしく。

気づけば私は、普通に佐藤さん達の輪に割って入って、永那ちゃんに話しかけられるようになっていた。
前日の授業をまとめたルーズリーフを永那ちゃんに渡して、ほんの少しの会話を交わす。
驚いたことに、永那ちゃんの隣に座っている篠田しのださんに話しかけられた。
「あの、空井さん」
「なに?」
「もし…よければなんだけど、私にもノート貸してもらえませんか?…あの、無理だったら、全然いいんですけど!」
手を顔の前でパタパタさせて、耳が赤く染まっている。
「あの、永那のやつ見せてもらったとき、めっちゃわかりやすくて…私、数学が全然ダメで」
私達の学校では、1年生の最後に、文系を目指すか理系を目指すか決める。
でも2年生の1学期までは全科目の基礎を全員学ぶことになっている。1年生のときに選んだコースが例え文系だったとしても、この1学期中は数学もやらなければならない。
途中でコースの変更をしても対応できるように、そう組まれている。
「わかった、いいよ。数学の分だけでいい?」
篠田さんの顔がパアッと明るくなり、両手を掴まれた。
「ありがとう!ありがとう!本当にありがとう!」
私は苦笑して、席に戻った。
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