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2.変化
47.初めて
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校門で私が手を離すと、彼女が驚く。
「じゃあ、また明日」
「え?なんで?」
「え?…だって、方向違うでしょ?」
永那ちゃんはふくれっ面になって、私の手を握り直す。
「家まで送る」
「だ、だめだよ」
「なんで?」
眉間にシワを寄せて、強く手を握られた。
指が絡まり、息を呑む。
「だって永那ちゃん、忙しいでしょ?」
必死に声を出す。
彼女は少し考えるように視線を下げる。
「ハァ」とため息をつく。
まっすぐ私を見て「そんなこと言ってたら、一生一緒にいられないじゃん」と言い放った。
金井さんの言葉を思い出す。彼女にも同じことを言われた。
「行こ」
強引に私の手を引いて、歩き出す。
それにつられるように、私の足も動き出す。
“期末終わったらどっかデートしよ”
佐藤さんが言った言葉を思い出す。
“そんなこと言ってたら、一緒にいられない”って永那ちゃんは言ってくれるけど、なんだかんだと佐藤さんを優先するんじゃないの?
…考えたくもない暗い感情が心を支配する。
まだ2人で学校で話す案もまともに出ていなくて、佐藤さんばかり永那ちゃんのそばにいられて、テスト終わりにも佐藤さんに取られてしまうなんて…嫌だ。
永那ちゃんと握った手に力が込もる。
学校が見えなくなって、道は人が疎らだ。
「穂」
永那ちゃんの眉がハの字になって、薄茶色の瞳が私を捕らえる。
「私に遠慮しないで。…ちゃんと思ってること、言って」
私は俯いて、握った手を見る。
「…どうすればいいか、わからない」
私達は立ち止まる。
「永那ちゃんと話したいけど、邪魔にもなりたくない」
胸がズキズキと痛み出して、胸を押さえる。
「佐藤さんが…羨ましい」
永那ちゃんが力強く手を握ってくれる。
「私も永那ちゃんと一緒にいたい。…佐藤さんに取られたくない。永那ちゃんは、私のなのに」
気づけば涙が溢れていて、ポタポタと地面に跡をつけた。
こんなに感情が揺さぶられる。
…嫌だ。こんな自分、嫌だ。
そっと抱きしめられて、永那ちゃんの香りに包まれる。
「ごめんね」
永那ちゃんの鼓動が伝ってくる。
「穂は一生懸命話しかけてくれたのに、私は何もしないで。不安にさせて、ごめんね」
その優しい声で、泣きたくないのに、もっと涙が溢れ出て止まらなくなる。
そのうち声も出て、彼女の肩で子供みたいに泣いた。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう?
頭を撫でられる。
少し落ち着いて離れると、鼻水が垂れていた。
「ご、ごめん」
永那ちゃんは楽しげに笑って、ハンカチを出してくれる。
「いいよ、いいよ」
そう言うのに、彼女が私の鼻を拭いてくれる。
「穂、我慢しないでね。私に変に気遣わなくていいから」
俯く私を覗き込むように言う。
「でも、穂が私を大切にしてくれようとするのは嬉しいよ。ありがとう」
どうしたらこんな人になれるんだろう?
彼女の瞳を見つめても、わからない。
私の気持ちにこんなにも気づいてくれて、言葉をくれて、抱きしめてもくれて…どうしようもなく優しくて。
「永那ちゃん」
「ん?」
「お母さんのこと、教えて」
彼女が左眉を上げる。
「教えてって?」
「どんな病気なのかとか、そういうの…」
「ああ。…鬱だよ」
鬱?
てっきり身体的な病気だと思っていたから、頭が真っ白になる。
「私の帰りが遅くなったりするとパニック起こしちゃうんだけど」
彼女はため息をついて、困ったように笑う。
「私だって普通にみんなと同じように学生生活楽しみたいよ。…べつに帰りが遅くなったっていいじゃん。ね?」
彼女の顔から笑みが消える。
ギリッと歯ぎしりする音が聞こえて、目の下のクマが浮くように目を細めた。
「正確には“鬱”じゃないんだと思う。他にも精神疾患があるんだろうけど…お母さん、病院に行きたがらないから、わからない」
今度は私が彼女の手を強く握った。
一瞬目が見開いて、少し落ち着いた表情になる。
「1回死にかけて入院したんだけど、そのときはお姉ちゃんが対応してくれたから、病名まではわからなかった。3ヶ月くらい入院して…そのときは正直、ホッとしたな」
永那ちゃんが歩き始めるから、私も横に並ぶ。
「遅く帰る日があると不安定になりやすくてさ」
首の辺りをボリボリ掻いて、彼女は遠くを見る。
「だからこの前の土曜日、外に出られなかったんだ。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「いや、全然。全然大丈夫だよ」
永那ちゃんは悲しげに微笑んで、頷く。
「今度の土曜日、すごい楽しみにしてる」
永那ちゃんがニッコリ笑う。
“無理しないで”と言いたくなって、飲み込む。
“無理しないで”なんて言うのは簡単で、きっと、言ったところで何の気休めにもならない。
お父さんと離婚したばかりのお母さんは憔悴しきっていて、誤魔化すように仕事に明け暮れていた。
だから私は必死に誉の世話をして、慣れないながらも家事もやった。
あのときはしょっちゅう指に怪我をしていた。
でもお母さんに心配かけまいと、お母さんの前では笑顔を作るようにしていた。
よくおばあちゃんが手伝いに来てくれて、私に出来たことなんて大したことじゃなかったかもしれないけど、それでも…。
たぶん、当時の私は無理してた。
今はだいぶ慣れたけど、辛くないと言えば嘘になる。
でも、無理せずにはいられない。そういう状況じゃない。
無理しないと生きていけない。…そんな、焦燥感がある。
「じゃあ、また明日」
「え?なんで?」
「え?…だって、方向違うでしょ?」
永那ちゃんはふくれっ面になって、私の手を握り直す。
「家まで送る」
「だ、だめだよ」
「なんで?」
眉間にシワを寄せて、強く手を握られた。
指が絡まり、息を呑む。
「だって永那ちゃん、忙しいでしょ?」
必死に声を出す。
彼女は少し考えるように視線を下げる。
「ハァ」とため息をつく。
まっすぐ私を見て「そんなこと言ってたら、一生一緒にいられないじゃん」と言い放った。
金井さんの言葉を思い出す。彼女にも同じことを言われた。
「行こ」
強引に私の手を引いて、歩き出す。
それにつられるように、私の足も動き出す。
“期末終わったらどっかデートしよ”
佐藤さんが言った言葉を思い出す。
“そんなこと言ってたら、一緒にいられない”って永那ちゃんは言ってくれるけど、なんだかんだと佐藤さんを優先するんじゃないの?
…考えたくもない暗い感情が心を支配する。
まだ2人で学校で話す案もまともに出ていなくて、佐藤さんばかり永那ちゃんのそばにいられて、テスト終わりにも佐藤さんに取られてしまうなんて…嫌だ。
永那ちゃんと握った手に力が込もる。
学校が見えなくなって、道は人が疎らだ。
「穂」
永那ちゃんの眉がハの字になって、薄茶色の瞳が私を捕らえる。
「私に遠慮しないで。…ちゃんと思ってること、言って」
私は俯いて、握った手を見る。
「…どうすればいいか、わからない」
私達は立ち止まる。
「永那ちゃんと話したいけど、邪魔にもなりたくない」
胸がズキズキと痛み出して、胸を押さえる。
「佐藤さんが…羨ましい」
永那ちゃんが力強く手を握ってくれる。
「私も永那ちゃんと一緒にいたい。…佐藤さんに取られたくない。永那ちゃんは、私のなのに」
気づけば涙が溢れていて、ポタポタと地面に跡をつけた。
こんなに感情が揺さぶられる。
…嫌だ。こんな自分、嫌だ。
そっと抱きしめられて、永那ちゃんの香りに包まれる。
「ごめんね」
永那ちゃんの鼓動が伝ってくる。
「穂は一生懸命話しかけてくれたのに、私は何もしないで。不安にさせて、ごめんね」
その優しい声で、泣きたくないのに、もっと涙が溢れ出て止まらなくなる。
そのうち声も出て、彼女の肩で子供みたいに泣いた。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう?
頭を撫でられる。
少し落ち着いて離れると、鼻水が垂れていた。
「ご、ごめん」
永那ちゃんは楽しげに笑って、ハンカチを出してくれる。
「いいよ、いいよ」
そう言うのに、彼女が私の鼻を拭いてくれる。
「穂、我慢しないでね。私に変に気遣わなくていいから」
俯く私を覗き込むように言う。
「でも、穂が私を大切にしてくれようとするのは嬉しいよ。ありがとう」
どうしたらこんな人になれるんだろう?
彼女の瞳を見つめても、わからない。
私の気持ちにこんなにも気づいてくれて、言葉をくれて、抱きしめてもくれて…どうしようもなく優しくて。
「永那ちゃん」
「ん?」
「お母さんのこと、教えて」
彼女が左眉を上げる。
「教えてって?」
「どんな病気なのかとか、そういうの…」
「ああ。…鬱だよ」
鬱?
てっきり身体的な病気だと思っていたから、頭が真っ白になる。
「私の帰りが遅くなったりするとパニック起こしちゃうんだけど」
彼女はため息をついて、困ったように笑う。
「私だって普通にみんなと同じように学生生活楽しみたいよ。…べつに帰りが遅くなったっていいじゃん。ね?」
彼女の顔から笑みが消える。
ギリッと歯ぎしりする音が聞こえて、目の下のクマが浮くように目を細めた。
「正確には“鬱”じゃないんだと思う。他にも精神疾患があるんだろうけど…お母さん、病院に行きたがらないから、わからない」
今度は私が彼女の手を強く握った。
一瞬目が見開いて、少し落ち着いた表情になる。
「1回死にかけて入院したんだけど、そのときはお姉ちゃんが対応してくれたから、病名まではわからなかった。3ヶ月くらい入院して…そのときは正直、ホッとしたな」
永那ちゃんが歩き始めるから、私も横に並ぶ。
「遅く帰る日があると不安定になりやすくてさ」
首の辺りをボリボリ掻いて、彼女は遠くを見る。
「だからこの前の土曜日、外に出られなかったんだ。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「いや、全然。全然大丈夫だよ」
永那ちゃんは悲しげに微笑んで、頷く。
「今度の土曜日、すごい楽しみにしてる」
永那ちゃんがニッコリ笑う。
“無理しないで”と言いたくなって、飲み込む。
“無理しないで”なんて言うのは簡単で、きっと、言ったところで何の気休めにもならない。
お父さんと離婚したばかりのお母さんは憔悴しきっていて、誤魔化すように仕事に明け暮れていた。
だから私は必死に誉の世話をして、慣れないながらも家事もやった。
あのときはしょっちゅう指に怪我をしていた。
でもお母さんに心配かけまいと、お母さんの前では笑顔を作るようにしていた。
よくおばあちゃんが手伝いに来てくれて、私に出来たことなんて大したことじゃなかったかもしれないけど、それでも…。
たぶん、当時の私は無理してた。
今はだいぶ慣れたけど、辛くないと言えば嘘になる。
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