いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
上 下
39 / 595
1.恋愛初心者

39.靄

しおりを挟む
彼女から何の返事もないから、上目遣いに彼女を見ると、訝しげな表情をしている。
「なんでそう思うの?」
「えっと…。そう、聞いたから」
「ふーん」
膝に頬杖をついて、目を細くする。
「私がいろんな人とそういうことしてたって知って、どう思った?」
声のトーンが低くなって、不安の色が滲む。
「永那ちゃんはモテるだろうし、そういうものなのかなって」
「嫌じゃなかった?」
「うーん…もちろん、快い気持ちにはならないけど、私とは違う人生を歩んでるんだし、本当に、単純にそういうものなのかなって思ったよ」
フッと少し悲しげに笑って、永那ちゃんはまっすぐ私を見る。
「穂に嫌われなくてよかった」
心底ホッとしてるような、でもまだ不安が残っているような、そんな表情。

「でも、やっぱり嫌われちゃうかなあ?」
彼女の悲しそうな笑顔に胸が痛む。
「私の初恋は、本当に穂だよ。…今まで、私は誰のことも好きじゃなかったんだなって心の底から思うほどに、穂が好き」
それのどこが、嫌う理由になるのだろう?
「初恋があればよかったのかもしれない。その人のことが好きだったから体の関係を持ったんだって言えたら、よかった」
私には未知の世界の話。
「現実は、違う」
彼女が俯いて、前髪が垂れ下がるから、表情が見えなくなる。
「ただ、ストレス発散だったんだ。…そういうことをするのが、楽しかった」
首筋をボリボリと掻いて、「ハァ」とため息をつく。
「いっぱい、いろんな人を傷つけたと思う。それでも、その関係が、私にとって都合がよかった」
自嘲するように笑って「キモいよね」と呟いた。
また彼女はため息をつく。
「知られたくなかったな、穂には」

笑うところじゃない。
今、笑うところじゃないのはわかってるけど、思わず笑ってしまう。
永那ちゃんが驚いて、こちらを見る。
「最初に刺激的なキスをしてきたのは誰かなあ?」
「えっ!?」
「あんなふうにされたらさ…ああ、上手だなあって誰でも思うと思う。上手だなあって思ったら、きっと経験豊富なんだろうなあって考えるのは自然なことじゃない?」
永那ちゃんが引きつった笑みを浮かべてる。
「だから永那ちゃんがそういうこと、たくさんしてたって聞いても、べつに不思議じゃなかったよ」
「そっか。穂は、すごいな」
「そうかな?」
「すごいよ。普通は引くと思う」
「引きはしなかったよ。…でも」
一瞬で永那ちゃんの顔に不安の色が浮かぶ。
つい、笑みが溢れてしまう。
それくらい、私のことを好きだと思ってくれているのだとわかるから。
「でも、不安だった」
「不安?」
「永那ちゃんのこと、まだまだ知らないことばかりで。…もし、永那ちゃんが、今までエッチしてきた全員のことを好きだったなら、私もそのうち飽きられて捨てられちゃうのかなって」
彼女の目が大きく見開かれてる。
「そ、そっか。…じゃあ、穂が初恋で、よかったのか」
「私にとっては、ね」
笑みを見せると、彼女も照れくさそうに笑ってくれる。
それに、こんな話までちゃんと真剣にしてくれる彼女に引くわけがない。

「私がいろんな人としてきたって穂に言ったの、千陽ちよでしょ?」
永那ちゃんは膝に両腕をついて、気だるげにしている。
「えっ…」
私は隠すのが相当下手らしく、「やっぱり」と言われてしまった。
「想像できるんだよ、あいつがそういうの言ってるとこ」
また彼女は首筋をボリボリ掻く。
なんか、音からして痛そうだけど、痛くないのかな?
「佐藤さんってすごく可愛いけど、なんで永那ちゃんは…その…手を出さないの?」
「そんなことまで言ったの?恥ずかしくないのかよ」
永那ちゃん、少し口調が悪くなってる。苛立ってるのがありありとわかる。
「…自分でも、わからない。わからないけど、なんか、そういう気分にならなくて。なんなんだろう?」
宙を見て、考える。
しばらくの沈黙がおりて、でも彼女は答えが見つからないみたいだった。
「佐藤さん、泣いてた」
彼女が眉間にシワを寄せながらこちらを見る。
「佐藤さん、本当に永那ちゃんが好きなんだなって、思うよ」
「私達が付き合ってるって言ったの?」
「ううん、言ってない。言ってないけど、体育祭の打ち上げのとき、初めて手を振り払われたって言って泣いてた」
「ああ」
彼女は思い出すように、口元をさする。

「…そうだな」
何か考えがまとまったようで、彼女は2度頷いて、私を見た。
「千陽が私を本気で好きだってわかるから、手を出さなかったのかも。…私だって、自分を本気で大切に思ってくれる人を傷つけたいわけじゃない。絶対傷つけちゃうってわかるから、できなかったのかもしれない」
「そっか」
「ただ見た目がタイプとか、ただ優しくされたからとか、そういう理由で近づいてくる人と関係を持つのに躊躇いはあんまりなかった…と、思う」
彼女の耳が少し赤くなる。
口元を手で隠して、目をそらされる。
「なんか、自分で言っててめっちゃ恥ずかしくなってきた」
「え?なんで?」
「えー…なんでって…こんな話、あんましないでしょ。普通に恥ずかしいって」
「そうなんだ」
私は未知の世界の話を聞いているようで、けっこう興味深かったけど、普通はこういう話はしないんだ…。
恋話ってよくわからない。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...