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1.恋愛初心者
27.彼女
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家に帰ると、お母さんが泣いていた。
帰るのが遅くなるといつもこうだ。
楽しかった気持ちを、踏みにじられるような気分になる。
「永那、私を置いていかないで。どこ行ってたの?ねえ」
そう、足元に縋ってくる。
「友達と遊んでたの」
「友達って誰?もしかして恋人?…嫌だ、嫌だ、永那~やだ~」
お母さんはあんなに叩かれていたのに、父親に捨てられた。
そのショックで、仕事に行けなくなり、家事もできなくなり、昼間はずっと寝るようになった。
お母さんの左腕には、何本もの傷痕がある。この間切った傷がまだ赤い。
パニックを起こすとすぐリストカットするし、放っておくとずっとご飯も食べない。
昼間に寝て夜に起きているから、私が寝ている最中に何度もパニックを起こす。いつからか私は夜に寝なくなった。
お姉ちゃんは滅多に帰ってこない。
でも、私の銀行口座に定期的にお金を入れてくれる。
あるとき「私が働くから、あんたはお母さんの面倒みてて」と言って、お姉ちゃんは出ていった。
私もアルバイトをしようとしたけど「お母さんが心配だから」と言って、お姉ちゃんが許さなかった。
私はお母さんの背中をトントンと優しく叩きながら、そっと抱きしめた。
お母さんは、私の腕のなかで嗚咽を漏らしながら泣く。
少しして「ご飯作るね」と言うと、名残惜しそうに腕を掴まれた。そっと手を重ねて、ゆっくり離す。
ポケットから鍵を出して、包丁がしまってある棚を開ける。
前にお母さんが包丁で自分の胸を刺そうとしてから、こうしている。
今日もカレー。…私は簡単なものしか作らない。
スマホでレシピを調べれば、何かしらいろいろ出てくるのかもしれないけど、そんな心の余裕はなかった。
いつも通り、野菜を煮込んで、市販のルーを入れる。こうすれば、3日は保つ。
お米は冷凍してあるから、電子レンジに放り込む。
振り返ってお母さんを見ると、リビングの床で横になっていた。
テレビがついてるけど、きっとほとんど彼女の頭に内容は入っていないんだろう。
夜は、ずっと勉強をしている。
リビングで、お母さんのそばで。そうすると、お母さんが笑ってくれるから。
「永那はえらいね~」と、蕩けた目をこちらに向けながら頭を撫でてくれる。
そして彼女は次第にウトウトし始めて、寝る。
数分で起きるときもあれば、昼まで寝続けるときもある。
今日は興奮状態だったからか、数分で目を覚ます。
「ごめんね、永那ががんばってるのに、お母さん寝ちゃって」
目をこすりながら、また私の頭を撫でる。
「平気だよ。寝てていいよ」
私はあくびをしながら勉強を続けた。
1日出かけたから、眠い。
朝4時頃、ようやくお母さんが寝息を立て始めた。
ウトウトして数分で起きるときは寝息が聞こえないから、寝息が聞こえてくると、私はようやく安心する。
起こさないようにゆっくり横にして、布団をかける。
目をギュッと瞑って、肩を回す。眠さと乾燥で目がシパシパする。
私は洗面台に向かって、コンタクトを取る。
お母さんが起きている最中は、基本的にコンタクトで過ごす。
前にパニックを起こして顔面を殴られたことがあった。幸い眼鏡は壊れなかったけど、目に眼鏡の柄が入りそうになって危なかった。
少しクマができてる。
そのままシャワーを浴びた。
ドライヤーはしない、音が大きすぎるから。タオルでできる限り髪を拭く。髪が短いからどうせすぐ乾く。
部屋に入る。
とは言え、もちろんドア(襖)は閉めない。
布団を敷いて、寝転がる。すぐに意識はなくなった。
目を覚ましたのは、昼過ぎだった。
お母さんはまだ寝ている。
スマホを充電しながら、穂に写真を送る。
『昨日は本当、楽しかった。また本格的な夏になったら、一緒に海行こうね』
穂のビキニ姿を思い浮かべる。…思い浮かべようとするけど、なぜか顔は穂なのに体が千陽だ。うーん、微妙。
穂の笑顔、可愛いなあ。
2人で撮った写真を見る。
「ハァ」とため息が出る。
私はいつまでお母さんの世話をしなきゃいけないんだろう?
お母さんが嫌いなわけじゃない。
でも、負担であることは確かだった。
いつか、穂とお泊りとかしたいって思ったら、どうすればいいんだろう?…なんて思ったり。
帰るのが遅くなるといつもこうだ。
楽しかった気持ちを、踏みにじられるような気分になる。
「永那、私を置いていかないで。どこ行ってたの?ねえ」
そう、足元に縋ってくる。
「友達と遊んでたの」
「友達って誰?もしかして恋人?…嫌だ、嫌だ、永那~やだ~」
お母さんはあんなに叩かれていたのに、父親に捨てられた。
そのショックで、仕事に行けなくなり、家事もできなくなり、昼間はずっと寝るようになった。
お母さんの左腕には、何本もの傷痕がある。この間切った傷がまだ赤い。
パニックを起こすとすぐリストカットするし、放っておくとずっとご飯も食べない。
昼間に寝て夜に起きているから、私が寝ている最中に何度もパニックを起こす。いつからか私は夜に寝なくなった。
お姉ちゃんは滅多に帰ってこない。
でも、私の銀行口座に定期的にお金を入れてくれる。
あるとき「私が働くから、あんたはお母さんの面倒みてて」と言って、お姉ちゃんは出ていった。
私もアルバイトをしようとしたけど「お母さんが心配だから」と言って、お姉ちゃんが許さなかった。
私はお母さんの背中をトントンと優しく叩きながら、そっと抱きしめた。
お母さんは、私の腕のなかで嗚咽を漏らしながら泣く。
少しして「ご飯作るね」と言うと、名残惜しそうに腕を掴まれた。そっと手を重ねて、ゆっくり離す。
ポケットから鍵を出して、包丁がしまってある棚を開ける。
前にお母さんが包丁で自分の胸を刺そうとしてから、こうしている。
今日もカレー。…私は簡単なものしか作らない。
スマホでレシピを調べれば、何かしらいろいろ出てくるのかもしれないけど、そんな心の余裕はなかった。
いつも通り、野菜を煮込んで、市販のルーを入れる。こうすれば、3日は保つ。
お米は冷凍してあるから、電子レンジに放り込む。
振り返ってお母さんを見ると、リビングの床で横になっていた。
テレビがついてるけど、きっとほとんど彼女の頭に内容は入っていないんだろう。
夜は、ずっと勉強をしている。
リビングで、お母さんのそばで。そうすると、お母さんが笑ってくれるから。
「永那はえらいね~」と、蕩けた目をこちらに向けながら頭を撫でてくれる。
そして彼女は次第にウトウトし始めて、寝る。
数分で起きるときもあれば、昼まで寝続けるときもある。
今日は興奮状態だったからか、数分で目を覚ます。
「ごめんね、永那ががんばってるのに、お母さん寝ちゃって」
目をこすりながら、また私の頭を撫でる。
「平気だよ。寝てていいよ」
私はあくびをしながら勉強を続けた。
1日出かけたから、眠い。
朝4時頃、ようやくお母さんが寝息を立て始めた。
ウトウトして数分で起きるときは寝息が聞こえないから、寝息が聞こえてくると、私はようやく安心する。
起こさないようにゆっくり横にして、布団をかける。
目をギュッと瞑って、肩を回す。眠さと乾燥で目がシパシパする。
私は洗面台に向かって、コンタクトを取る。
お母さんが起きている最中は、基本的にコンタクトで過ごす。
前にパニックを起こして顔面を殴られたことがあった。幸い眼鏡は壊れなかったけど、目に眼鏡の柄が入りそうになって危なかった。
少しクマができてる。
そのままシャワーを浴びた。
ドライヤーはしない、音が大きすぎるから。タオルでできる限り髪を拭く。髪が短いからどうせすぐ乾く。
部屋に入る。
とは言え、もちろんドア(襖)は閉めない。
布団を敷いて、寝転がる。すぐに意識はなくなった。
目を覚ましたのは、昼過ぎだった。
お母さんはまだ寝ている。
スマホを充電しながら、穂に写真を送る。
『昨日は本当、楽しかった。また本格的な夏になったら、一緒に海行こうね』
穂のビキニ姿を思い浮かべる。…思い浮かべようとするけど、なぜか顔は穂なのに体が千陽だ。うーん、微妙。
穂の笑顔、可愛いなあ。
2人で撮った写真を見る。
「ハァ」とため息が出る。
私はいつまでお母さんの世話をしなきゃいけないんだろう?
お母さんが嫌いなわけじゃない。
でも、負担であることは確かだった。
いつか、穂とお泊りとかしたいって思ったら、どうすればいいんだろう?…なんて思ったり。
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