いたずらはため息と共に

常森 楽

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1.恋愛初心者

1.好きってなに?

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真面目。他人からの私への評価はいつも同じだった。真面目すぎる。だからこそ近づき難い。
私はみんなと仲良くありたいと思っているけれど、同級生なのに話しかけても敬語で返される日々。
クラスの女子たちがみんなで楽しそうに遊ぶ予定を立てている。そんな姿に憧れることもあった。
私も参加したいと言えば、みんな頷いてくれた。
でも、私がその場にいるのといないのとでは、空気が違うのは明らかだった。

私がいると、みんなは思う存分楽しめないような、どこか堅苦しい雰囲気になる。
みんなぎこちない笑顔を作っているように思えた。
だからいつの日からか、自分も参加したいと申し出ることはなくなったし、例え遊びに誘われても断るようになった。
そしてみんなの役に立てるようにと、積極的に学校内のことに取り組んでいたら、気づけば都合の良い人間になっていた。
今日も掃除を代わってほしいと言われ、私は頷くことしかできなかった。

「ハァ…」
掃除をすることはかまわない。
汚れが落とされて、綺麗になっていく過程を見るのは好きだから。
でも、私には1つ悩みがあった。
それが、この、授業が終わっても起きる気配のない、いつまでも机を占領している両角 永那もろずみ えなだ。
「両角さん」
一度呼んでも起きないのはいつものこと。
「両角さん、授業終わったよ」
そっと肩を叩いて、少しかがむ。
両角さんの寝顔を覗き込む。気持ちよさそうに眠っている姿は、正直綺麗だと思った。
長い睫毛、風が吹けばサラサラとなびく染めていない自然な茶髪。筋の通っている高い鼻。
彼女が起きている時間は短い。
なのに、彼女が起きている間、教室の空気がなんだか和らぐような気がしてる。
みんなが彼女を中心に集まって、それでいて騒がしくなるわけでもない。
私にとっては不思議な存在だった。

そんな人気者の彼女が、何故授業が終わっても誰にも起こされないかは、彼女の目覚めの悪さにある。
何度呼びかけても起きないというのは理由の1つで、みんな諦めてしまっているというのが事実。
もう1つの理由は、ただでさえ切れ長な目をしているというのに、無理やり起こした寝起きの彼女は殺気を帯びたような表情になるからだ。
それならば…と、みんな無理に彼女を起こすのを止めた。

こんなにも寝ているのに成績は優秀で、先生たちも彼女にとやかく言ったりはしない。
私は何度か彼女を起こそうと試みて、何度も殺気を向けられた。
殺気を向けられれば私も諦めるしかなく、彼女の周りを避けるように掃除をする。
でも最近は、どうしたら彼女を自然に起こせるか?という…ある種実験じみたものを一人でやっていて、密かな楽しみだったりする。
それに、そろそろ彼女の机の足が噛んでいる大きなホコリが気になり始めている。彼女の机だけ汚い、というのは、ほぼ毎日掃除している私からすればかなり気になるところだ。

実験を始めてから今日が3回目。
1度目は教室の片側に寄せられた机を戻すとき、わざと音を立ててみた。
2度目は教室中の窓を全開にして、風を浴びせてみた。その日はかなりの強風だったけど彼女が起きることはなく、さらには教室に落ち葉やら砂埃やらが入ってきて悲惨なことになった。
3回目の今日、私は彼女の耳元で優しく囁き続けてみることにした。これはあまり効果が期待できないけれど、優しく何度も呼べば、彼女の殺気が多少なりとも和らぐのではないか?と考えたから。
何度も優しく肩を叩きながら、少しずつ彼女の耳に近づいていく。
「両角さん」
かがむと、自分の髪が肩から落ちて、少し鬱陶しい。髪を耳にかける。

「両角さん、起きて」
だんだんと彼女の顔が近くなっていく。その綺麗な寝顔に少し鼓動が高鳴る。
「起きないと、いたずらしちゃいますよ」
唇が、彼女の耳に触れるか触れないか…そんな距離で、私は囁いた。耳にかけた髪が、弧を描いて落ちかけている。
普段の私だったら、こんなこと誰にも言えない。でも、こんなことで彼女が起きないことを知っているからこそできる。
起きないとわかっていても、人生で口にしたこともないようなことを口にしてしまっている。危ない橋を渡っているような、そんな高揚感に襲われる。
「両角さん、起きて」
これで最後にしようと、もう一度彼女の寝顔を見る。
「両角さん、綺麗」
無意識にそんな言葉が口をついていた。

「へえ」
殺気のない、でも獲物を捕えたかのような、好戦的な視線が向けられる。
慌てて肩から手を放そうとして、掴まれる。
体を起こした彼女は、私のうなじに手を回した。
額が合わさり、お互いの息遣いがわかるほどに顔が近づく。
「どんないたずらするの?」
心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに大きくなる。
「教えてよ、真面目な空井そらいさん」
息ができなくなりそうなほどに私の頭は真っ白になった。
「な、なん…っ」
「なんで?…なんで起きてるのか?ってこと?」
猫のように額をぐりぐりと押し付けられる。前髪が擦れあって少し痛い。

「知ってるよ。空井さんがずーっと一人で掃除してたこと。私を起こそうとしてなのか、この前は窓を全開にして、逆に教室が大変なことになってたよね」
フフッと笑いながら、合わせていた額が離れる。
首根っこは掴まれたまま、悪戯を成功させた子供みたいな笑みを見せる。
「あれは笑いを堪えるのが大変だったよ~」
その細くなっている瞳に目が奪われる。
心臓の音は静まることを知らないみたいに、まだドクドクと大きく鳴っている。
「さすがに私でも起きるよ。でも今日は驚いたな」
ゆっくりと首を掴まれていた手が離される。前かがみになった体をようやく起こして、私は俯くことしかできなかった。
「起きなかったら、どんないたずらされたんだろう?」
彼女は頬杖をついて、私をジッと見る。
目は合っていないのに、私を絡めとるような視線を感じる。

「あれは、ほんの冗談で…起きないと思ったから…」
「そっか。そうだよね。だって、もう諦めて離れようとしてたし。でも、ちょっと、どんないたずらされるのか気になるな。…ちょっとじゃないか。めっちゃ気になる。空井さんのいたずら」
恥ずかしさのあまり顔が火照る。
「それとも、あれかな…」
チラッと彼女を見遣ると、少し遠くを見ながら顎をさすっていた。
「耳元で私のことを綺麗って言うことがいたずらだったのかな」
穴があったら入りたい…とはまさにこのことだ。

「ちょっと照れちゃうなあ」と、余裕のある笑みを浮かべて、彼女は頬を掻いた。
「空井さんにそんなユーモアがあるとはね…良いこと知れた」
両角さんは立ち上がって、ひっくり返した椅子を机に乗せた。
軽々と持ち上げて、教室の片側に寄せる。
机の足が噛んでいた大きなホコリだけが、私の足元に残った。まだ恥ずかしくて、火照った顔の熱は冷めそうにない。
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