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私はきっと、今までずっと 非常識なことを知らず知らずの内に たくさんやってしまっていたんだろう。
だから、仲良くなりかけた友達とも 深い関係にはなれず、もどかしい思いをしてきたんだ。
それをいっちゃんは大切そうに拾い上げてくれる。
そんな人、きっと 他にはなかなかいない。
「付き合おうと思った理由はまだわからないけど、少なくとも 今は 実結と付き合えて良かったと思ってる。今、こうして実結が私の話を真剣に聞いてくれただけで、不思議と私の心は満たされたんだ」
遠くに見える黄色いカボチャのオブジェが、沈みかけた夕日の 最後の光に照らされた。
お母さんだって……。
私の、お母さんですら 私を見放した。
「ダメな子」と、ずっと言われてきた。
何をやっても遅い。
何をやっても上手くいかない。
あと一歩のところで、いつも失敗する。
だからいつも人をイライラさせる。
そんな私を、彼女が求めてくれるのなら、私に出来ることは全部したいと思った。
「実結」
日が沈んで、紺色の空が私たちを包む。
「実は、この間 お姉さんから連絡がきたんだ」
ドキリと心臓が縮む感覚。
「まだ、返事はしてないんだけど『会いたい』って言われた」
「会うの?」
「わからない……どうすればいいか、わからないんだ」
いっちゃんは俯いた。
「『今更なんなんだよ』とも思う。でも『どうしてるのかな?元気にしてるのかな?』とも思う」
いっちゃんが、唐突に「ひとり旅をする!」と言い出したのは、これが理由だったのだろう。
" 他の人の価値観や世界観 "を自分の中に採り入れて、答えを出したかったのかもしれない。
旅の最終日、彼女はようやく 自分の悩みを人に吐き出せたんだ。
「私のことを『好き』だと言った人たちは、みんな私の悩みを聞こうとはしなかった。本当はみんな、私のことが好きなんじゃなくて、自分のことが好きなんだなって思った。私はただ、話を聞いてくれる都合の良い人間なんだと思った」
太陽が去って、風がより冷たく感じた。
お互いの体温が下がっていくのがわかる。
「最初はお姉さんも、私の話を聞いてくれた。でも 次第に余裕がなくなって、自分の殻に閉じこもるようになった」
いっちゃんが今までで一番印象に残っている作品は、蝋で出来た 麻の色をしたキューブだと言っていた。
それは、壁と床と天井が黒い部屋に、ポツンと置かれていた。
人ひとりが がんばって縮こまって入れるくらいの大きさの入り口を抜けると、少し広い空間になる。
広い空間と言っても、3人以上は入れない。
がんばれば2人入れるけど、作品としては1人ずつしか入れないものとして展示されていた。
キューブに入ると、中は丸くくり貫かれていた。
声を発すると、何度も反響する。
このキューブは、人間の殻なのかもしれない。
「どうしてあの時、私の話を聞いてくれなかったのか?どうしてあの時、私から離れていったのか……会って、話を聞きたい気もする」
蝋の殻にこもると、自分の声が乱反射するように響き渡って、外にいる 他の人の声なんて、聞こえなくなってしまうのかもしれない。
みんな、キューブと世界をつなぐ 唯一の通路に 人が現れるのをただじっと待っている。
けれども、その現れた人の" 声 "を必要とはしない。
その人も一緒に喋ってしまったら、反響する音が余計にうるさくなってしまうから。
そんな風に、きっと彼女は ひとりで たくさんの暗い部屋を訪れては 蝋の殻を覗き込み、繋がりを探し求めたんだろう。
蝋に籠る彼らより、よっぽどいっちゃんの方が孤独だったんだろう。
だって、蝋にいれば いつだって" 声 "が返ってくるからね。
うるさくはあっても、孤独を感じることは少ないだろう。
「付き合ったばっかで、こんな 元カノを引きずってるようなこと言ってごめん……」
いっちゃんは、心底申し訳なさそうにする。
「会いに行きなよ」
いっちゃんにとっても、私にとっても これは乗り越えなきゃいけない壁だ。
ふたりがこの先も繋がっていくためには、お互いの声を聞き続けるためには、絶対に必要な 乗り越えなきゃいけない、壊さなきゃいけない 壁だと思った。
だから、仲良くなりかけた友達とも 深い関係にはなれず、もどかしい思いをしてきたんだ。
それをいっちゃんは大切そうに拾い上げてくれる。
そんな人、きっと 他にはなかなかいない。
「付き合おうと思った理由はまだわからないけど、少なくとも 今は 実結と付き合えて良かったと思ってる。今、こうして実結が私の話を真剣に聞いてくれただけで、不思議と私の心は満たされたんだ」
遠くに見える黄色いカボチャのオブジェが、沈みかけた夕日の 最後の光に照らされた。
お母さんだって……。
私の、お母さんですら 私を見放した。
「ダメな子」と、ずっと言われてきた。
何をやっても遅い。
何をやっても上手くいかない。
あと一歩のところで、いつも失敗する。
だからいつも人をイライラさせる。
そんな私を、彼女が求めてくれるのなら、私に出来ることは全部したいと思った。
「実結」
日が沈んで、紺色の空が私たちを包む。
「実は、この間 お姉さんから連絡がきたんだ」
ドキリと心臓が縮む感覚。
「まだ、返事はしてないんだけど『会いたい』って言われた」
「会うの?」
「わからない……どうすればいいか、わからないんだ」
いっちゃんは俯いた。
「『今更なんなんだよ』とも思う。でも『どうしてるのかな?元気にしてるのかな?』とも思う」
いっちゃんが、唐突に「ひとり旅をする!」と言い出したのは、これが理由だったのだろう。
" 他の人の価値観や世界観 "を自分の中に採り入れて、答えを出したかったのかもしれない。
旅の最終日、彼女はようやく 自分の悩みを人に吐き出せたんだ。
「私のことを『好き』だと言った人たちは、みんな私の悩みを聞こうとはしなかった。本当はみんな、私のことが好きなんじゃなくて、自分のことが好きなんだなって思った。私はただ、話を聞いてくれる都合の良い人間なんだと思った」
太陽が去って、風がより冷たく感じた。
お互いの体温が下がっていくのがわかる。
「最初はお姉さんも、私の話を聞いてくれた。でも 次第に余裕がなくなって、自分の殻に閉じこもるようになった」
いっちゃんが今までで一番印象に残っている作品は、蝋で出来た 麻の色をしたキューブだと言っていた。
それは、壁と床と天井が黒い部屋に、ポツンと置かれていた。
人ひとりが がんばって縮こまって入れるくらいの大きさの入り口を抜けると、少し広い空間になる。
広い空間と言っても、3人以上は入れない。
がんばれば2人入れるけど、作品としては1人ずつしか入れないものとして展示されていた。
キューブに入ると、中は丸くくり貫かれていた。
声を発すると、何度も反響する。
このキューブは、人間の殻なのかもしれない。
「どうしてあの時、私の話を聞いてくれなかったのか?どうしてあの時、私から離れていったのか……会って、話を聞きたい気もする」
蝋の殻にこもると、自分の声が乱反射するように響き渡って、外にいる 他の人の声なんて、聞こえなくなってしまうのかもしれない。
みんな、キューブと世界をつなぐ 唯一の通路に 人が現れるのをただじっと待っている。
けれども、その現れた人の" 声 "を必要とはしない。
その人も一緒に喋ってしまったら、反響する音が余計にうるさくなってしまうから。
そんな風に、きっと彼女は ひとりで たくさんの暗い部屋を訪れては 蝋の殻を覗き込み、繋がりを探し求めたんだろう。
蝋に籠る彼らより、よっぽどいっちゃんの方が孤独だったんだろう。
だって、蝋にいれば いつだって" 声 "が返ってくるからね。
うるさくはあっても、孤独を感じることは少ないだろう。
「付き合ったばっかで、こんな 元カノを引きずってるようなこと言ってごめん……」
いっちゃんは、心底申し訳なさそうにする。
「会いに行きなよ」
いっちゃんにとっても、私にとっても これは乗り越えなきゃいけない壁だ。
ふたりがこの先も繋がっていくためには、お互いの声を聞き続けるためには、絶対に必要な 乗り越えなきゃいけない、壊さなきゃいけない 壁だと思った。
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