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夢ならさめないで
プロポーズ
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熱の引いた指先は、ひんやりとして心地が良かった。
「あの録音のお陰で俺は助かったよ。でも………怖かったよね、独りで……」
眼鏡を外した神城くんの目が潤んで見える。いや、潤んでいるのは私の方かもしれない。
「頼りにならなくてゴメン。だから愛想尽かされたのかと……」
私は首を横に振った。
「そんなことない。落ち着いたら、いつか会って話せたらいいなと思ってたよ」
「じゃあ、何であんなに避けてたの?」
神城くんが不可解そうにする。
「私、嫉妬してたから」
「嫉妬? ……誰に?」
「佐藤さん…………と、夢子さん………」
「え」
大きな目が更に見開いた。
「夢子さんとは一緒に住んでるんでしょ?」
「ちょっと待って、一つずつ誤解解かせてくれ」
今となっては、大した問題じゃない気がしてきた佐藤さんのことや、週刊誌の記事、ロボペットの説明を始めた神城くん。喉が乾いたのか、途中何回も咳き込んでいた。
「大丈夫? はい、水」
サイドテーブルのペットボトルの蓋を開けて渡す。
「……仕事以外でこんなに弁明したの初めて」
普段は口数少ないクールな人なのに。こんな体調不良の時に熱く語らせて申し訳ない。でも、神城くんが誰とも恋愛をしていないとわかって、とても嬉しかった。
やっぱり、私、まだ好きだったんだな……。
やや掠れた声で、でもハッキリと神城くんが言った。
「これからは夫として、父親として俺のこと頼ってほしい」
恥ずかしかったのか、耳まで紅くなっている。
それを見ていたら、じんわりと胸が熱くなり、
「はい……」
頷いて、涙が溢れてきた。
「神城さん、面会時間終わりますので、そろそろ………」
見回りの看護師に促され、腰を上げる。
「退院したら、胡桃に会わせてくれる?」
神城くんの名残惜しそうな声が、さらに愛しい。
「うん」
病院を出てバス停に向かいながら、雲の多い夜空を眺めた。
さて。
これから、どうしよう。
結婚って、やっぱり一緒に住むんだよね。
あの家からレストランに通うには遠すぎるし、働くなら必然的に保育園も変えないといけない。
そもそも、高収入夫の妻は専業主婦が当然なのだろうか?
やっと見つけた、やり甲斐のある仕事なのに。
大体、どうして、結婚となると女が生活を変えるのが根底にあるんだろう?
幸せの絶頂にあるはずなのに、小さなしこりを感じながら、その夜、私はプロポーズされたことや、これからの話を冬美にした。
「籍だけ入れて別居? は? 何甘えたこと言ってんの?」
が、バッサリやられる。
「夫が会社経営してても、働いてもいいと思うんだよね。いざというときは支えたいし。でも転職はしたくなくて、となると、この家から店に通うのがベストかな、って」
「支え合うっていうのは経済的なことだけじゃないでしょ、あんたの収入なんて神城社長に比べたら雀の涙もないんだから」
「お金の問題じゃないよ、やり甲斐の問題」
「だからそれが自己中だって言ってんの!」
冬美がビール片手に胡座をかいて説教をする。ほんと、酒飲むと質悪くなるんだから。
私は胡桃の寝ているベッドに視線をやり、「シーッ」と諫めた。
「やり甲斐なんて家と育児の中でいくらでも見つければいいじゃない。レストランだってなつみが居なくったって代わりはいる。外人相手の通訳ならアプリでも出来るしね」
「それはそうだけど……」
「籍入れて、あの神城社長に通い夫させる気? それだって普通の父親よりも子供との時間を減らすことになるんだよ?」
冬美が随分と神城くんの肩を持つ。(二人は案外気が合ってるのかな)
「ほら、赤ちゃんの一年は大人の十二年っていうからね~!」
「それ、犬の話でしょ」
「似たようなもんじゃん。とにかく、今から直ぐにでも一緒に住むべき! 子供の成長はあっという間なんだから」
先輩ママの言うことは間違ってはいないんだろうけど。
でも。
「ちょっと淋しいのよ、私だって。ここの暮らし好きだったし」
この場所は都心から離れて空気も空も綺麗で、子育てには適してる。ハヤトも懐いて可愛かったし、何より冬美が胡桃を可愛がってくれたから。
私が涙を堪えて言うと、冬美が鼻で笑った。
「いつまでも身内を逃げ道にしてるんじゃないわよ」
「……え」
「偉そうな事言えた身分じゃないけど、他人との関係を築けてやっと親離れしたって言えるんじゃないの? それに、ここにはいつだって遊びに来れるんだから。……あ、もしかしたら私、彼氏と住んでるかもしんないけど」
「え、彼氏いるの?」
「いないわけないじゃん。あんたら親子がいたら家に呼べないっつーの」
そっか。
だから、夜たまにいなかったのか。
でも。ここに彼氏が住むとなるとハヤトは大丈夫だろうか?
しかし、それは冬美達の問題だ。相談もされてないのに口出すのはおかしい。でも、やっぱり心配だ。
よほど私は難しい顔をしていたのか、冬美が声を出して笑った。
「何かあったらまた頼るから! 今は心置きなく出ていってくださいよ、屁理屈《へりくつ》さん」
「あの録音のお陰で俺は助かったよ。でも………怖かったよね、独りで……」
眼鏡を外した神城くんの目が潤んで見える。いや、潤んでいるのは私の方かもしれない。
「頼りにならなくてゴメン。だから愛想尽かされたのかと……」
私は首を横に振った。
「そんなことない。落ち着いたら、いつか会って話せたらいいなと思ってたよ」
「じゃあ、何であんなに避けてたの?」
神城くんが不可解そうにする。
「私、嫉妬してたから」
「嫉妬? ……誰に?」
「佐藤さん…………と、夢子さん………」
「え」
大きな目が更に見開いた。
「夢子さんとは一緒に住んでるんでしょ?」
「ちょっと待って、一つずつ誤解解かせてくれ」
今となっては、大した問題じゃない気がしてきた佐藤さんのことや、週刊誌の記事、ロボペットの説明を始めた神城くん。喉が乾いたのか、途中何回も咳き込んでいた。
「大丈夫? はい、水」
サイドテーブルのペットボトルの蓋を開けて渡す。
「……仕事以外でこんなに弁明したの初めて」
普段は口数少ないクールな人なのに。こんな体調不良の時に熱く語らせて申し訳ない。でも、神城くんが誰とも恋愛をしていないとわかって、とても嬉しかった。
やっぱり、私、まだ好きだったんだな……。
やや掠れた声で、でもハッキリと神城くんが言った。
「これからは夫として、父親として俺のこと頼ってほしい」
恥ずかしかったのか、耳まで紅くなっている。
それを見ていたら、じんわりと胸が熱くなり、
「はい……」
頷いて、涙が溢れてきた。
「神城さん、面会時間終わりますので、そろそろ………」
見回りの看護師に促され、腰を上げる。
「退院したら、胡桃に会わせてくれる?」
神城くんの名残惜しそうな声が、さらに愛しい。
「うん」
病院を出てバス停に向かいながら、雲の多い夜空を眺めた。
さて。
これから、どうしよう。
結婚って、やっぱり一緒に住むんだよね。
あの家からレストランに通うには遠すぎるし、働くなら必然的に保育園も変えないといけない。
そもそも、高収入夫の妻は専業主婦が当然なのだろうか?
やっと見つけた、やり甲斐のある仕事なのに。
大体、どうして、結婚となると女が生活を変えるのが根底にあるんだろう?
幸せの絶頂にあるはずなのに、小さなしこりを感じながら、その夜、私はプロポーズされたことや、これからの話を冬美にした。
「籍だけ入れて別居? は? 何甘えたこと言ってんの?」
が、バッサリやられる。
「夫が会社経営してても、働いてもいいと思うんだよね。いざというときは支えたいし。でも転職はしたくなくて、となると、この家から店に通うのがベストかな、って」
「支え合うっていうのは経済的なことだけじゃないでしょ、あんたの収入なんて神城社長に比べたら雀の涙もないんだから」
「お金の問題じゃないよ、やり甲斐の問題」
「だからそれが自己中だって言ってんの!」
冬美がビール片手に胡座をかいて説教をする。ほんと、酒飲むと質悪くなるんだから。
私は胡桃の寝ているベッドに視線をやり、「シーッ」と諫めた。
「やり甲斐なんて家と育児の中でいくらでも見つければいいじゃない。レストランだってなつみが居なくったって代わりはいる。外人相手の通訳ならアプリでも出来るしね」
「それはそうだけど……」
「籍入れて、あの神城社長に通い夫させる気? それだって普通の父親よりも子供との時間を減らすことになるんだよ?」
冬美が随分と神城くんの肩を持つ。(二人は案外気が合ってるのかな)
「ほら、赤ちゃんの一年は大人の十二年っていうからね~!」
「それ、犬の話でしょ」
「似たようなもんじゃん。とにかく、今から直ぐにでも一緒に住むべき! 子供の成長はあっという間なんだから」
先輩ママの言うことは間違ってはいないんだろうけど。
でも。
「ちょっと淋しいのよ、私だって。ここの暮らし好きだったし」
この場所は都心から離れて空気も空も綺麗で、子育てには適してる。ハヤトも懐いて可愛かったし、何より冬美が胡桃を可愛がってくれたから。
私が涙を堪えて言うと、冬美が鼻で笑った。
「いつまでも身内を逃げ道にしてるんじゃないわよ」
「……え」
「偉そうな事言えた身分じゃないけど、他人との関係を築けてやっと親離れしたって言えるんじゃないの? それに、ここにはいつだって遊びに来れるんだから。……あ、もしかしたら私、彼氏と住んでるかもしんないけど」
「え、彼氏いるの?」
「いないわけないじゃん。あんたら親子がいたら家に呼べないっつーの」
そっか。
だから、夜たまにいなかったのか。
でも。ここに彼氏が住むとなるとハヤトは大丈夫だろうか?
しかし、それは冬美達の問題だ。相談もされてないのに口出すのはおかしい。でも、やっぱり心配だ。
よほど私は難しい顔をしていたのか、冬美が声を出して笑った。
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