同級生がCEO―クールな彼は夢見るように愛に溺れたい(らしい)【番外編非公開中】

光月海愛(こうつきみあ)

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決意 

母子手帳

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「元気そうだねー。ひょっとしたら重い病気なのかもしれないと心配してたけど」  

 山内さんに促され、面談室の椅子に腰をおろす。

「病院にはかかりましたがご覧の通り元気です。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

 思えば健康保険証は使えたのだから、退職扱いになってるはずがなかった。(胡桃は父の保険に扶養で入れてもらえた)


「あー、社会保険料は会社側が立替えてるから、退職するなら天引きは出来ないのでまとめて徴収しないといけないんで宜しくね」

「そ、そうですよね」

 まとめて、か。
 無給だったから、結構キツイな。

 事務的なやり取りのあと、私は恐る恐る例の事を尋ねた。副社長と取締役会のことだ。
 山内さんは頷いて、少々苦い顔をして答えた。


「鈴木さんが転属を申し出ていた頃、神城CEOの解任はほぼ決定的だった。僕もあのボイスレコーダーが回って来るまでは、数々のトラブルの責任は全てCEOにあると思っていたから」

 良かった。
 あの時の録音が役に立ったんだ。


「しかし、取締役会の時は、スパイを働いた副社長のバックの存在がまだ明らかにされてなかったんだ。おまけにその録音をしたのが誰かを長野くんも明かさなかった。公開も一部だけだったし、皆、半信半疑だったと思う」

「一部……」

 プライバシーを考慮して、私の声が入ってる所はカットしたのだろうか?


「では、神城CEOの解任が決議されなかった一番の要因はなんですか?」

 取締役会の解任決議に、当人は出席できないのだから弁明もしてないだろう。

「単に、CEO解任の票が過半数取れなかったからだよ」

「……そうなんですか?」

「取締役会の直前で、警視庁公安部が動いて副社長を調べたからね」

 警視庁公安部は、国益を損なう産業スパイやサイバー攻撃なんかを取り締まるのだという。

「それじゃ、もうスマート・グッドが靠近カオジンに乗っ取られる可能性はないんですね?」

 山内さんは大きく頷いて、それから目を細めて私を見た。

「やっぱり、あの録音をしたのは鈴木さんでしたか」


「え」

「その会社名は公表されてないから、知ってるのは録音を聴いた一部の役員のみだよ。メディアは忖度して乗っ取り未遂劇を、″中華系企業が関連してる″としか報道しなかったからね」

「………」

 長野さんがあえて隠していたことをここで認めていいのだろうか?

「鈴木さんが急に出社しなくなったことと、録音が関係しているのは明らかで、だからこそ神城CEOは周りがいくら、″無断欠勤は解雇理由に値する″と言っても首を縦に振らなかった」

 そっか。
 私が休職扱いだったのは、神城くんの配慮のおかげだったんだ。


「副社長が脅迫受けていたこともわかってるし、鈴木さんもそうだったんじゃないかな、と分かってる人は分かってるんですよ」

 山内さんの慈悲めいた目に、心が揺らめく。


「辛かったですね。お一人で抱えて」

「…………いえ、そんな…………」



 ……そんなこと、あった、よ、

 胡桃が生まれるまで、生まれてからも、ずっとあの外国人の影に怯えていた。
 いつか殺されるかもしれないって。
 誰にも言えず、苦しかった。
 ほんとうは、好きな人に話を聞いてもらいたかった。
 胡桃の父親であるあの人に、力になって欲しかった。
 胡桃のために強くならなきゃと思うけれど、両親という傘の下で私はまだ大人になりきっていないのかもしれない。

 涙ぐむ私に、山内さんは机のティッシュを一枚差し出して言った。


「事務職の空きもありますから、復職も考慮なさってはいかがですか?」

 退職の書類は郵送でも構いませんから、と封筒に入れてくれた。



「では失礼します」

 なんだかんだと一時間以上も面談に割いてもらい、しかも最後はベソかくとは情けない。
 部屋を出てエレベーターに向かう。

 あ。

 ちょうど上がってきたっぽい。ホールランタンが光っている。少し足を早めると、扉が開き、スラッとした眼鏡の男性がスマホ片手に中から出てきた。

「!」

 神城くんだ。電話してる。

 咄嗟に角に隠れた。
 心臓がバクバク言っている。
 遠目でいいから姿を見たいなんて思ってたくせに、いざとなると、これだ。 
 悪いことはしてないんだから堂々と話し掛ければいいものを、悲しいかな、内向的な性格はそう変わらない。
 壁に寄り添い立ち、神城くんの声に耳を澄ます。

「そう、今日も遅いから。夢はおとなしくしてて」

 ――――………。

 夢?
 名前?

 家に夢という名前の人がいるの?

『相手。開発したゲームのモデルにもなったプロテニスプレーヤーの雛形夢子なのよ』

 さっきの麦野さんの言葉を思い出す。
 熱愛はどうやら本当らしい。
 もう一緒に住んでるんだ。

 動悸が激しくなっていく。
 そのまま彼が執務室へ消えていくのを待っていたら、

「鈴木さん?」

 今度は美声に話し掛けられた。

「………あ」

 倉林さんだ。

「ご無沙汰しています……」

 会釈をして、何か言わなければと思うのに、強い動悸からうまく言葉が出ない。

「お久しぶりですね、というか、どうされました? 顔色悪いですよ?」

 この人には、いつも不調を気が付いて貰っていた。まさか、この期に及んでもそうだとは………。

「何でもありません、退職の書類を受取に来たんです。では失礼します」

 こんなコソコソする元同僚なんてイヤよね。
 それでも今の心境では誰とも話したくなかった。
 慌てていたのか、持っていた書類を腕から落とす。

「あ」

 それを拾おうと屈んだら、今度は脇に抱えていたバッグを床に落とし、中身をばら撒いてしまった。

「大丈夫ですか?」

 美しい所作で耳に髪をかけながら、倉林さんが一緒に拾ってくれる。

「ありがとうございます」

「何もそんなに急がれなくても………」

 小さく笑った彼女があるものを目にして、一瞬動きを止めた。

 それは、いつも持ち歩いている母子手帳だった。
 最悪なことに落ちた衝撃でケースから飛び出している。


「鈴木さ………」「親戚のです!」

 倉林さんの言葉を遮り、私は咄嗟に出任せを言って足早にエレベーターに向かった。


 もう、ここに来ることはない。

 落ちていくエレベーターの中で、もっと強くならなければ、と溢れてきた涙を袖で拭った。

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