83 / 110
決意
お金より愛より
しおりを挟む
「絶対安静だから、トイレ以外歩かないで」
緊急入院となった私は、診察室から車椅子に乗せられて病室まで運ばれた。
「あ、あの、入院は明日からではダメでしょうか?」
入院の準備なんてしてないし、今日だって会社も急遽休んだし。個室のベッドに寝かされ、点滴を打たれながら頼んでみる。
「子宮収縮止めの点滴打たないと、赤ちゃん流れちゃうから」
医師も看護師も、私を家に帰す気はないらしい。家と言ってもまだ引っ越ししてないから神城くんの家に荷物はあるのだが。
「ご家族に必要なもの持ってきて貰ってください。説明と手続きあるので」
看護師が書類をサイドテーブルに置いた。
「せめて個室じゃなくて大部屋のほうがいいんですけど」
入院費がいくらになるのか、妊娠に伴う入院治療に医療保険降りるかしら、とそんなことばかりが気になる。
「大部屋はあいにく空いてませんから、ベッド差額代は請求されませんので安心して」
「………そうですか」
良かった。
「ちなみに期間はどのくらいになりそうですか?」
「人にもよります。おそらく鈴木さんは半月以内だと思っていいです」
「半月!?」
長過ぎる!
え、ちょっと待って。
それだと入院費いくらになるの? 一部後で戻ってくるとしても、払えるかな。
そんな不安が顔に出ていたのか、看護師さんにピシャリと言われた。
「お金は高額医療費制度を利用して意外と何とかなるから、とりあえず不安とストレスを感じないで。赤ちゃんのことだけを考えて。産みたいんでしょ?」
「………は、 ……い」
産みたい。
そうだ。
今の私にはこの子しか残されていない。
お金より愛より育てるものは、命だ。
私は、久しぶりに実家に電話をかけた。
「え、入院? どうしたの?」
母がたいそう驚いていた。私は特に取り柄はなかったが、幼い頃から健康で大きな病や怪我をしてこなかったのが唯一の親孝行だったと思っている。
「実は……、切迫流産で………」
電話の向こう、母が息を呑んだのがわかった。
「もしかして、要くんと復縁したの?」
「違うよ。詳しくは後で話すから。今から言うもの病院に持ってきて貰えない?」
短い沈黙のあと、「わかった」と言って母は文句言わずにメモを取ってくれているようだった。
詳しく説明出来るかもわからないけれど、とりあえず今は母や父に頼るしかない。
夕方近くになって、両親揃って病院へやって来た。
「さっき看護師さんに説明受けたけど、良かったわね、とりあえず流産は安静にしてたら回避できるって」
ホッとした顔を見せる母に対し、隣にいる父は険しい目つきをしていた。
「……うん。驚かせてごめんね。助かった。スリッパも自分で用意しないといけないんだね。入院って」
そんな父をなるべく見ないように話す。物凄く厳しいというわけではなかったが、姉は兎も角、私には甘い顔を見せたことがない人だったから、やはり大人になっても叱られるのは嫌だった。
「誰の子なんだ?」
それなのに、父は責める口調で問うてきた。避けては通れないから、用意していた言葉を冷静さを持って話す。
「前に勤めてた会社の人。付き合ってたわけじゃないの。もう会うこともないから」
スマートグッドはまだ退職してないが、近々そうせざるを得ない。
「派遣先の男か? 付き合ってもないのに妊娠させられたのか? 相手は知ってるのか?」
もともと派遣の仕事に難色を示していた父は、今の私の状況の全てが気に食わないのだろう。スマートグッドは派遣先ではないけれど、そういった近況も最近は話してなかった。
なぜなら、私は腫れ物だったから。婚約破棄で生まれた溝がこんな時に浮き彫りになる。
「二人ともお酒に酔ってたから。妊娠の責任を相手に取らせることはしない」
だから話してない、そう言い切ると、父は顔を真っ赤にして、「………っ」何か言葉を呑み込んだ。
そんな父に向かって母が宥めるように話しかける。
「じゃ、なつみ。私達は中待合で書類書いてくるわね。さ、お父さん、下の自販機でお水買ってきて冷蔵庫に入れておいてあげて。最近の病院は薬飲むお水さえも自前なのよね」
「………」
父はもう病室には来ないかもしれない。
そんな気がした。
溺愛してた姉が知らないうちにシングル・マザーになり、私まで同じ状況になろうとしているのだから、言葉に出来ない憤りがあるのは確か。
でも。
そこには両親の責任はない。
育て方が悪かったとか、そんなことは絶対にない。
だから、あんなふうに悲しそうな顔をさせたことが申し訳無かった。
ただ、一つ言えることがある。
好きな人に愛されなくても、仕事を失いそうでも、今の私はけして不幸ではないということ。
だって、母親になれる。好きな人の子供を産める。
だから、悲しまないでほしい。
必要最低限のやりとりの後、両親が帰り、ひたすら夕飯までの時間をベッドで寝て過ごす。
入院って隙だな。テレビを見るのもお金かかるし。
うつらうつらしかけたところで、スマホに着信があった。名前を見て息が止まる。
神城くんからだった。
緊急入院となった私は、診察室から車椅子に乗せられて病室まで運ばれた。
「あ、あの、入院は明日からではダメでしょうか?」
入院の準備なんてしてないし、今日だって会社も急遽休んだし。個室のベッドに寝かされ、点滴を打たれながら頼んでみる。
「子宮収縮止めの点滴打たないと、赤ちゃん流れちゃうから」
医師も看護師も、私を家に帰す気はないらしい。家と言ってもまだ引っ越ししてないから神城くんの家に荷物はあるのだが。
「ご家族に必要なもの持ってきて貰ってください。説明と手続きあるので」
看護師が書類をサイドテーブルに置いた。
「せめて個室じゃなくて大部屋のほうがいいんですけど」
入院費がいくらになるのか、妊娠に伴う入院治療に医療保険降りるかしら、とそんなことばかりが気になる。
「大部屋はあいにく空いてませんから、ベッド差額代は請求されませんので安心して」
「………そうですか」
良かった。
「ちなみに期間はどのくらいになりそうですか?」
「人にもよります。おそらく鈴木さんは半月以内だと思っていいです」
「半月!?」
長過ぎる!
え、ちょっと待って。
それだと入院費いくらになるの? 一部後で戻ってくるとしても、払えるかな。
そんな不安が顔に出ていたのか、看護師さんにピシャリと言われた。
「お金は高額医療費制度を利用して意外と何とかなるから、とりあえず不安とストレスを感じないで。赤ちゃんのことだけを考えて。産みたいんでしょ?」
「………は、 ……い」
産みたい。
そうだ。
今の私にはこの子しか残されていない。
お金より愛より育てるものは、命だ。
私は、久しぶりに実家に電話をかけた。
「え、入院? どうしたの?」
母がたいそう驚いていた。私は特に取り柄はなかったが、幼い頃から健康で大きな病や怪我をしてこなかったのが唯一の親孝行だったと思っている。
「実は……、切迫流産で………」
電話の向こう、母が息を呑んだのがわかった。
「もしかして、要くんと復縁したの?」
「違うよ。詳しくは後で話すから。今から言うもの病院に持ってきて貰えない?」
短い沈黙のあと、「わかった」と言って母は文句言わずにメモを取ってくれているようだった。
詳しく説明出来るかもわからないけれど、とりあえず今は母や父に頼るしかない。
夕方近くになって、両親揃って病院へやって来た。
「さっき看護師さんに説明受けたけど、良かったわね、とりあえず流産は安静にしてたら回避できるって」
ホッとした顔を見せる母に対し、隣にいる父は険しい目つきをしていた。
「……うん。驚かせてごめんね。助かった。スリッパも自分で用意しないといけないんだね。入院って」
そんな父をなるべく見ないように話す。物凄く厳しいというわけではなかったが、姉は兎も角、私には甘い顔を見せたことがない人だったから、やはり大人になっても叱られるのは嫌だった。
「誰の子なんだ?」
それなのに、父は責める口調で問うてきた。避けては通れないから、用意していた言葉を冷静さを持って話す。
「前に勤めてた会社の人。付き合ってたわけじゃないの。もう会うこともないから」
スマートグッドはまだ退職してないが、近々そうせざるを得ない。
「派遣先の男か? 付き合ってもないのに妊娠させられたのか? 相手は知ってるのか?」
もともと派遣の仕事に難色を示していた父は、今の私の状況の全てが気に食わないのだろう。スマートグッドは派遣先ではないけれど、そういった近況も最近は話してなかった。
なぜなら、私は腫れ物だったから。婚約破棄で生まれた溝がこんな時に浮き彫りになる。
「二人ともお酒に酔ってたから。妊娠の責任を相手に取らせることはしない」
だから話してない、そう言い切ると、父は顔を真っ赤にして、「………っ」何か言葉を呑み込んだ。
そんな父に向かって母が宥めるように話しかける。
「じゃ、なつみ。私達は中待合で書類書いてくるわね。さ、お父さん、下の自販機でお水買ってきて冷蔵庫に入れておいてあげて。最近の病院は薬飲むお水さえも自前なのよね」
「………」
父はもう病室には来ないかもしれない。
そんな気がした。
溺愛してた姉が知らないうちにシングル・マザーになり、私まで同じ状況になろうとしているのだから、言葉に出来ない憤りがあるのは確か。
でも。
そこには両親の責任はない。
育て方が悪かったとか、そんなことは絶対にない。
だから、あんなふうに悲しそうな顔をさせたことが申し訳無かった。
ただ、一つ言えることがある。
好きな人に愛されなくても、仕事を失いそうでも、今の私はけして不幸ではないということ。
だって、母親になれる。好きな人の子供を産める。
だから、悲しまないでほしい。
必要最低限のやりとりの後、両親が帰り、ひたすら夕飯までの時間をベッドで寝て過ごす。
入院って隙だな。テレビを見るのもお金かかるし。
うつらうつらしかけたところで、スマホに着信があった。名前を見て息が止まる。
神城くんからだった。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる