ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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番外編 【傷と恋】

好き

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  足を止めて、先生がこちらを振り返った。

「俺の息子、抱っこしてみるか?」

「え」

  さっき、座布団に寝かせる時にちょっとだけ抱いたけど。

 先生の意図が見えなくて、返事に困っていると、


 「ほら、いいから」

  橋元先生は、抱っこ紐をつけたままの赤ちゃんを私に押し付けた。


 「……ッブッ……エッ」

  赤ちゃんが変な声を出して泣こうとしたので、慌てて両手で受け止める。

 赤ちゃんは、さっきミルクを飲んだばかりだというのに、私の胸に口をハグハグとつけてきた。


「せ、先生! これっ」

「眠たいんだよ。お腹いっぱいになって。だけど、眠れない時はそうやってぐずって嫁さんのおっぱいを欲しがる。それをくわえて安心して寝るんだ」


  おっぱい……。


  先生の口からそういう言葉が出てくると恥ずかしくなったけど、赤ちゃんがティシャツの上から思い切りヨダレを垂らし、私の胸を欲すると、なんとも言えない気持ちになった。



「……寝ました」


  赤ちゃんが私の腕の中で眠ってしまった。


  赤ちゃんて、なんていい匂いがするんだろう。


  その天使のような可愛い寝顔を見ていたら、


「鷲塚は必ずいい母親になる。そんなにいい女なんだから」


  橋元先生が近寄って、


 「え……」


  赤ちゃんを抱っこしたままの私を、両腕で抱き締めてきた。

  また、あの、懐かしい匂いがした。



「俺がお前と同世代の男なら、絶対に惚れる。だから、自信を持て」



  赤ちゃんの甘い香りと、先生の男クサイお父さんのような匂いーー


  二つの懐かしい薫りに挟まれ、先生の優しい言葉が耳をくすぐり、私の涙腺はあっという間に崩壊した。



「……先生、ズルいです……」

「なにがだ?」


こんなことをしていても、きっと、橋元先生は私の事を ″ 女 ″ として見ているわけじゃない。


  それでも違う愛情で、ひねくれた私を包み込もうとしてくれている。


  わかってはいても、


「……こんな事されたら、勘違いしてしまいます」

「え?」

  慌てた先生は、パッと腕を私から離して涙ぐむ私の顔を見た。


 「……私に、恋を教えてください」


  こんな風に誰かにお願いするなんて、生まれて初めてだった。


 「……恋……って」


  きっと、これからの人生においても、もう無いかもしれない。


 それくらい、先生の温もりは私の希望だった。


  先生が既婚者で、ちゃんと守るべきものがあっても、


 ……それでも良かった。



 「……先生が好きです」



  
 ″ 先生が 好き″ ーーー

  雰囲気に飲まれて思わず言ったわけじゃない。

  サバサバして、飾らない頼もしい先生は、委員会で接する度に気になってた。


「……鷲塚、俺は……」


「先生に会うために学校に行きます」


 頭をグシャグシャ撫でられた時も、

 事件直後、抱き締めてくれた時も、


  今だって、先生を好きになるのには十分な出来事だった。


  私の告白に驚いた先生は、それに答える事なく学校に戻っていったけれどーー


  それから橋元先生との間に恋愛関係が生まれるまでに、数ヵ月かからなかった。


  始めは、先生も私を心のどこかで ″ 可哀想な生徒″ だという気持ちがあったのかもしれない。

  でも、事件後の心のケアや、委員会や仕事、家の経済的な事情など、担任や、他の先生では相談できなかったことを話すうちに、教師と生徒以外の感情が生まれてくるのを感じた。


  半年後には、先生は、私の事を ″ 伊織 ″ と呼ぶようになり、彼の奥さんにバレるまで禁断の関係を続けることになった。

  この、先生との経験は、私の大人になってからの恋愛にも、時々、光と影を見せたけれど、私は後悔していない。


  最愛の人ーー




  ー密会ー 【完】





   




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