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beautiful life 美しくⅡ
流されても
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橋元先生との生活を機に、健康食品や有機栽培食品に触れる事が多くなった。
食が健康を左右する事を知った私は、先生がなくなってからメーカーの求人に応募。
始めの一年は店舗販売員として勤めていた。
けれど、31歳という年齢的にも、色んな意見を求められ発言しているうちに営業部へと転属になり、これまた悪戦苦闘な日々を過ごしている。
「Oliveさんの食品は品質はいいんだけど、卸値が高いし、パッケージも目立たないんだよなぁ」
問屋だけでなく、小売店にも足を運ぶ毎日。
販売数を上げてもらうために、メーカーの人間として時には陳列に工夫したり、売り子になったりもする。
「がんばってるな」
そこへ、葉築さんが現れたので驚いた。
片手には商品のサンプルを抱えている。彼も営業で回っているようだ。
「俺も負けないようにあっちのフロアで売り子やろうかな」
同じ食品関連であっても、対象が若干違う。それでもライバルであるのに変わりはない。
「どうぞ、ご自由に」
「冗談だよ、誰も俺みたいなヤローから買いたくねーだろ」
「主婦層にはウケるかもよ」
「だな。でもしねーよ」
彼は笑いながら、店前にのぼり旗を立てていた。
去り際、
「今日、終わったら飯食いに行こう。ラインに場所書いておく」
また、私を惑わせるような事を言い残していた。
【あの駅前の、ベーグルが美味いカフェで待ってる】
メッセージには、懐かしい待ち合わせ場所が指定してあった。
どうするの?
シカトする?
それも、変に構えすぎ?
悩みながらも、断る理由が見つからず、自然と待ち合わせ場所に向かっていた。
私より先に店へ着いていた葉築さんは、珈琲を飲んでいた。
「相変わらず、深煎りなの?」
「うん。健康が何よりじゃん。病気になったら大事なものも手放さなきゃいけなくなる」
「……」
それ、先生の事?
私が黙ると、葉築さんは、少しだけ気まずそうな顔をして席を立った。
「行こう。勝手に店を予約してた。覚えてる?
初めて二人で飲んだ店……」
私は、頷いた。
「覚えてるよ。東京タワーが見える……ホテルの居酒屋だった……」
まるで、思い出の再現でもしているよう。
「今まで、伊織より字が下手な事務員は見た事ないよ」
「失礼ね」
「でも、そんな事務員が欲しいんだよなぁ。まだ募集中だよ?」
「だから、転職はしない」
「何営業にこだわってんの? 俺はまたオフィスラブしたいんだよ」
「はいはい」
居酒屋では、程よく酔いが回り、終始楽しい話ばかりをしていた。
まるで、出会ったばかりの頃のように、過去の事件や、先生の事は、話題には出なかった。
時計を見るとPM 11:30。
あっという間に時間が過ぎていた事に驚く。
オーダーも終了し、カードで精算した葉築さんは、いつの間にか私の手を強く握っていた。
「珈琲、飲まない?」
「……酔い醒ましに?」
「そう。部屋もルームサービスも予約してる」
昔と同じ。
迷いを許す事のない葉築さんは、丁度、降りてきたエレベーターに乗り込み、同時に、私を抱き寄せた。
「……がらにもなく、緊張してる」
「え?」
「本当は、初めて誘った時も、メチャクチャ緊張してたんだよ」
「そうだったの?」
「そう。だから酒の力を借りた。今と同じ……」
懐かしい記憶と匂いに包まれた私は、余計に拒めなくなった。
彼の気持ちも、砕けそうなキスも。
ーー 最上階。
エレベーターから降りて、辿り着いた部屋も、″ あの夜 ″ と同じだった。
窓からは、東京タワーが見えている。
「また、縛った方がいい?」
葉築さんはネクタイを取って、それをイタズラに振って見せた。
「……逃げも抵抗もしないのに?」
私が笑うと、安心したようにそれを投げ捨てて、また熱い抱擁に戻る。
私の中で、先生の炎と葉築さんの力強い生命力が、同化した瞬間だった。
そこからはもう、迷いや躊躇いもなく葉築さんを受け入れた。
先生が乗り移ったかのような、激しい絡み。
葉築さんに攻められるたびに、我慢していた声は、あられもなく漏れまくり、頭は真っ白になって、違う世界にいってしまったようになる。
その白い世界に、先生と見ることのできなかった早咲きの桜が、乱れ散っていくのが見えた。
落ちた花弁は、海に落ちて、浸されてーー
快楽の波に沈んでいくだけだった。
「……また、こうやって会える?」
何回も果てた葉築さんが、汗で濡れた私の背中を撫でながら、気だるそうに聞いてきた。
耳触りのいい声に、私は、ゆっくりと頷いた。
「……でも、もし、私よりも大切な人がいるのなら、……できたなら、その時は突き放して」
懇願するような私の目を見つめ、
「……分かった」
葉築さんは再び私を抱き寄せた。
そして、何度も合わせた唇を、まだ足りないかのように吸い上げて貪り始める。
彼の舌と分身が奥深く入り込み、身体中の体液を私に送り込んだ。
すでにいっぱいで、苦しくてたまらないのに、もう、流されたくないと思いながらも、私は快楽に身を任せていた。
だけど。
あの頃と違うのはーー
もし、葉築さんが、私を抱き止める手を突然、離しても。
今の私なら、一人でも、溺れる前に泳いでいける自信があった。
きっと。
激流にのまれても、生きていけるーー
重なったまま、 次第にヒンヤリしてき身体を起こした。
無防備な大きな窓から、夜の東京タワーが、静かに此方を見守っていた。
ーー *終* ーーー
食が健康を左右する事を知った私は、先生がなくなってからメーカーの求人に応募。
始めの一年は店舗販売員として勤めていた。
けれど、31歳という年齢的にも、色んな意見を求められ発言しているうちに営業部へと転属になり、これまた悪戦苦闘な日々を過ごしている。
「Oliveさんの食品は品質はいいんだけど、卸値が高いし、パッケージも目立たないんだよなぁ」
問屋だけでなく、小売店にも足を運ぶ毎日。
販売数を上げてもらうために、メーカーの人間として時には陳列に工夫したり、売り子になったりもする。
「がんばってるな」
そこへ、葉築さんが現れたので驚いた。
片手には商品のサンプルを抱えている。彼も営業で回っているようだ。
「俺も負けないようにあっちのフロアで売り子やろうかな」
同じ食品関連であっても、対象が若干違う。それでもライバルであるのに変わりはない。
「どうぞ、ご自由に」
「冗談だよ、誰も俺みたいなヤローから買いたくねーだろ」
「主婦層にはウケるかもよ」
「だな。でもしねーよ」
彼は笑いながら、店前にのぼり旗を立てていた。
去り際、
「今日、終わったら飯食いに行こう。ラインに場所書いておく」
また、私を惑わせるような事を言い残していた。
【あの駅前の、ベーグルが美味いカフェで待ってる】
メッセージには、懐かしい待ち合わせ場所が指定してあった。
どうするの?
シカトする?
それも、変に構えすぎ?
悩みながらも、断る理由が見つからず、自然と待ち合わせ場所に向かっていた。
私より先に店へ着いていた葉築さんは、珈琲を飲んでいた。
「相変わらず、深煎りなの?」
「うん。健康が何よりじゃん。病気になったら大事なものも手放さなきゃいけなくなる」
「……」
それ、先生の事?
私が黙ると、葉築さんは、少しだけ気まずそうな顔をして席を立った。
「行こう。勝手に店を予約してた。覚えてる?
初めて二人で飲んだ店……」
私は、頷いた。
「覚えてるよ。東京タワーが見える……ホテルの居酒屋だった……」
まるで、思い出の再現でもしているよう。
「今まで、伊織より字が下手な事務員は見た事ないよ」
「失礼ね」
「でも、そんな事務員が欲しいんだよなぁ。まだ募集中だよ?」
「だから、転職はしない」
「何営業にこだわってんの? 俺はまたオフィスラブしたいんだよ」
「はいはい」
居酒屋では、程よく酔いが回り、終始楽しい話ばかりをしていた。
まるで、出会ったばかりの頃のように、過去の事件や、先生の事は、話題には出なかった。
時計を見るとPM 11:30。
あっという間に時間が過ぎていた事に驚く。
オーダーも終了し、カードで精算した葉築さんは、いつの間にか私の手を強く握っていた。
「珈琲、飲まない?」
「……酔い醒ましに?」
「そう。部屋もルームサービスも予約してる」
昔と同じ。
迷いを許す事のない葉築さんは、丁度、降りてきたエレベーターに乗り込み、同時に、私を抱き寄せた。
「……がらにもなく、緊張してる」
「え?」
「本当は、初めて誘った時も、メチャクチャ緊張してたんだよ」
「そうだったの?」
「そう。だから酒の力を借りた。今と同じ……」
懐かしい記憶と匂いに包まれた私は、余計に拒めなくなった。
彼の気持ちも、砕けそうなキスも。
ーー 最上階。
エレベーターから降りて、辿り着いた部屋も、″ あの夜 ″ と同じだった。
窓からは、東京タワーが見えている。
「また、縛った方がいい?」
葉築さんはネクタイを取って、それをイタズラに振って見せた。
「……逃げも抵抗もしないのに?」
私が笑うと、安心したようにそれを投げ捨てて、また熱い抱擁に戻る。
私の中で、先生の炎と葉築さんの力強い生命力が、同化した瞬間だった。
そこからはもう、迷いや躊躇いもなく葉築さんを受け入れた。
先生が乗り移ったかのような、激しい絡み。
葉築さんに攻められるたびに、我慢していた声は、あられもなく漏れまくり、頭は真っ白になって、違う世界にいってしまったようになる。
その白い世界に、先生と見ることのできなかった早咲きの桜が、乱れ散っていくのが見えた。
落ちた花弁は、海に落ちて、浸されてーー
快楽の波に沈んでいくだけだった。
「……また、こうやって会える?」
何回も果てた葉築さんが、汗で濡れた私の背中を撫でながら、気だるそうに聞いてきた。
耳触りのいい声に、私は、ゆっくりと頷いた。
「……でも、もし、私よりも大切な人がいるのなら、……できたなら、その時は突き放して」
懇願するような私の目を見つめ、
「……分かった」
葉築さんは再び私を抱き寄せた。
そして、何度も合わせた唇を、まだ足りないかのように吸い上げて貪り始める。
彼の舌と分身が奥深く入り込み、身体中の体液を私に送り込んだ。
すでにいっぱいで、苦しくてたまらないのに、もう、流されたくないと思いながらも、私は快楽に身を任せていた。
だけど。
あの頃と違うのはーー
もし、葉築さんが、私を抱き止める手を突然、離しても。
今の私なら、一人でも、溺れる前に泳いでいける自信があった。
きっと。
激流にのまれても、生きていけるーー
重なったまま、 次第にヒンヤリしてき身体を起こした。
無防備な大きな窓から、夜の東京タワーが、静かに此方を見守っていた。
ーー *終* ーーー
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