ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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beautiful life 美しくⅡ

再会

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  一年後。

  私は、 青い空と、太陽に包まれた東京タワーを見上げながら、某ガーデンチャペルへと足を運ぶ。
  春の風はまだまだ冷たい。

 「ご結婚おめでとうございます」

  かつての同僚と上司の披露宴の席に招かれた。

 「鷲ちゃん!! 出席してくれてありがとー! 俺は、鷲ちゃんに一番会いたかったんだ!」

  新郎は室岡さん、新婦は小村さんだ。

  半年前から付き合い始めてのスピード婚。

  小村さんのお腹には、新しい命が宿っていた。


 「もう、俺の精子ハンパなく繁殖力強くて。百発百中!メダカみたいだろ? あ、どう? まだメダカ残ってる?」

 「ええ、ちゃんとバランス良く数を保って生きてますよ」


  二次会でそんな話をしていたら、そこに葉築さんがやって来た。
  息を切らして、とても慌てた様子で。

 「室岡さん!すみません!披露宴、間に合わなくて」

  出席名簿に載っていたのに、姿が見えなかったから気になっていた。

 「いや、仕方ないよ。中国からの出張帰りだもん」

  室岡さんにそう言われ、安堵した顔を見せた葉築さんは、あの後、食品関連の会社に再就職をしたらしい。

 「今度の仕事も順風満帆みたいだな」

 「いや、これでも苦労してるんですよ」

  相変わらずのデキる人らしく、中途採用ながら、入社三年目で営業主任なのだとか。

  おかげで、突発的な海外出張も、しょっちゅうなんだそう。

「で、葉築は、今は世界各国に女がいるんだよな?」

  周りに囃し立てられ、「各国には居ないですよ」と、恋人が居ることをほのめかす葉築さん。

 幸せそうで良かった。

 そう思う反面、とても羨ましかった。

  私には、もう、幸せを分かち合える人がいないから。

  二次会でも、EDKKの人間が多い中、どこか自分は浮いてるような気がして、お開き前に帰ろうかと考えていた。

 「伊織」

  スマホを片手に終電の時間を確認していると、葉築さんが近寄ってきた。

  元同僚が多くいる中で、下の名前で呼んでくる辺り、彼はかなり酔っている。

  カウンターに私を誘って、マティーニを2つ注文していた。

 「仕事、上手くいってる?」

   カクテルの王様と言われるマティーニ。
  実は、あんまり好きではない。

 「……ただの店員から、営業に転職になって、ちょっと大変……」

  でも、せっかくなので、チビチビと口にしていた。

 「伊織が営業なんて意外だったけど、素質を見抜かれたんだ、凄いよ」

 「……商品開発は興味あったんだけど。販売展開はやっぱり難しい」

 「無理なら俺の会社の事務に来いよ。募集してるぞ」

  マティーニを、あっという間にお代わりする葉築さん。
  また、悪酔いしなければいいのだけど。

 「……それにしても早いな。亡くなってから一年か……」

  葉築さんは、少し切ない目をして私を見る。
  薄茶の、優しさと冷たさの混じる、魅惑的な瞳。

 「……辛かったろ? 」

 私は、頷いて、でも直ぐに、「それだけじゃなかったから」と付け加えた。

  先生には、色んな事を教えて貰った。
初めての恋も。
 それを貫く強さも。

  先生が居てくれたから、裁判で戦えた。

  だから、覚悟はしていたとは言え、先生の死は兄の死よりも、こたえて……ようやく、この半年で立ち直った。

 「強いな……。今は、一人なの?」

  潤んだ瞳が何か言いたげで、でも、それがイケない事だと感じた私は、

 「彼女、待ってるんじゃないの? 帰らなくていいの?」

  彼をまともな道から外すまいと、質問には答えず、腕時計を見せた。

 「彼女なんて、いない」

 「……え」

  でも。さっき、皆には……。

 「その時その時、流されるように夜を楽しむけど
、俺は、まだ過去を吹っ切っていないから」

  それって……。

  「……」

  もしかして、私の事?
  でも、お別れしてから、もう何年も経ってるし……。

  葉築さんは、マティーニを飲み干すと、私の手をそっと握った。

 「このまま、二人で消えない?」

 「……え?」

  まるで、子供のように微笑む葉築さん。


 「今夜だけ、俺に流されて」

  昔を彷彿させるような言葉を続けて吐いた。

 「何……言ってるの?」


  ″ 今夜だけ ″

  一度はプロポーズに似た言葉をくれた男性から、一晩のアバンチュールを求められ、胸がチクリ…とした。

  私の手を触れる白い指は、微かに震えている気がした。

  私の中で、まだ、先生は生きていて、葉築さんもそれに気が付いている。

  だからこそ、流されない。


 「ごめん……私、明日早いから、先に失礼するね」

  葉築さんの指を振り払い、室岡さん達に挨拶を済ませ、私は、店を後にした。

 「伊織」

  葉築さんの私を呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返らなかった。

 「また、連絡するから」

  後ろ髪引かれるように、一瞬、足が止まりそうになったけど、振り向かなかった。


  コツコツ……と、履き慣れないピンヒールの音が夜の街道にひびく。

  ただ、ひたすら歩いて、不意に顔を上げると、 刹那的に光る東京タワーが今の私には眩しくて、一度、瞼を閉じた。


   
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