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beautiful life 美しくⅡ
一緒に
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橋元先生から電話があっても、直ぐには信じられなかった。
もしかしたら。
急激に体調を崩して、不安に陥ってるのかもしれないと思った私は、財布とスマホだけを持って、先生のアパートに向かった。
「先生!」
鍵のかかっていないドアを、呼び鈴も押さずに開けると、
「″ どこでもドア ″ でも隠し持ってたのか?早かったな」
驚いた様子で、台所に立つ先生の姿があった。
お客さんでも居たのか、湯飲みを片付けているところだった。
「そんなもの、持ってたら私、毎日来ちゃう……」
″ 一緒にいるために ″
電話で言ってくれた事が嬉しくて、その余韻が私をまた、大胆にさせる。
先生の背中に抱きついた。
「もう、″ どこでもドア″ も要らないけどな。……ここで良かったら、毎日居てほしい」
「……ホントに?」
「……あぁ」
先生は、持っていた布巾を置き、回していた私の腕を掴んだ。
「……どんなに俺が、ゴキブリみたいな生命力であっても、いつか弱っていく姿を……好きな女には見せたく無かったんだ」
そのまま、声を震わせて、私の掌にキスをした。
「ゴキブリっていうより、それ、……猫ですよ」
喧嘩が強くて、野良猫みたいに居場所を変えるのに、時に傷口を見せて甘え……。
死に際は、愛しい者の目の前から突然姿を消す。
「猫か、そんなに可愛くないけどな」
先生は、私の向きを変えさせると、私の何倍もの強い力で、抱きしめ返してきた。
「……そうですね、そんなに可愛くないですね」
「うるせーよ」
そして、乾いた唇を、私の唇から、首、鎖骨、谷間へと滑らせてくる。
唇とは反して湿った舌も、私の肌をくすぐるように這いずり回ってきた。
私の皮脂も、水分も、
若さも、生命力も、
それで奪い取って。
もっと、もっと、
生きてーーー
愛撫が激しさを増すと、立つのも困難になって、私は、そのまま冷蔵庫にもたれかかった。
「……猫、じゃない、野獣……」
「それ、誉め言葉だよ」
私達は、十年ぶりに一つになった。
ーーーー
先生との同居生活を始めて3週間。
休職期間を終えた私は、会社に私物を取りに行った。
出社、最後の日だ。
「鷲塚さんっ、大変だったわね! 寂しかったわよぉ」
小村さんが、嬉しそうに寄ってきて意外だった。
後任の事務員さんや、営業社員が増えていた中で、荒城さんと、葉築さんの姿が見えなかった。
私の表情から察したのか、小村さんが教えてくれた。
「葉築さん、被害届取り下げなかったの。立道がやった不正事実の証拠も警察に提出してね、一週間前、自主退職したのよ」
「……え……」
「荒城さんも、立道が逮捕されたせいか、居づらくなって辞めたわ。この会社も、正念場かもしれない」
「……そうですか」
一番、挨拶をしたかった人がいない。
何とも、淋しい退職日だ。
「鷲ちゃん」
懐かしくも感じる呼び声。
「元気そうで何よりだよ」
「室岡さん……」
せめて、この人が佐賀に行かなくて良かった。
「送別会したかったのに、こうも次々に人間が減るとそんな余裕もなくてさ」
「……本当に人が足らないですよね、ここ」
「そう。参ったよ。俺は、佐賀行き無くなったけど、それでも四人減った事に変わりはないからさ」
立道に。
葉築さんに。
荒城さんと私。
この半年で、多くの人間の入れ替わりがあった事務所を見渡す。
……わたし、ここに六年間もいたんだな。
「鷲塚さん」
小村さんが、小さなペットボトルに入れたメダカを私に持ってきた。
「これ」
「はい?」
「せんべつね」
「はいっ?」
「鷲塚さんがいない間にあっという間に増えちゃって。鷲塚さんも頑張って繁殖させてみて」
「……」
……繁殖。
それは簡単にできるけど。
「……ありがとうございます」
部屋に水槽置けたかな?
でも、メダカなら鉢でもいいし、手間もお金もかからないし、先生も何も言わないよね。
それに、いつか一人になった時、癒してくれるかもしれない。
そんな先を思って、遠慮なく引き取ることに。
「では、これで失礼します。 本当にお世話になりました」
「離職票とか後で送るからね!」
お花まで頂き、皆に最後の挨拶をして事務所を後にしたら、
「鷲ちゃん!ちょい、待って」
室岡さんがエレベーターの所まで追いかけてきた。
「……鷲ちゃん、まだ悪女キャラ、いきてる?」
「悪女キャラ……? なんでしたっけ?」
「あぁぁ?! 何忘れてんだよっ!クリスマスイブの時に、俺がメシに誘ったら、″ 私、悪い女なんです。関わったら人生狂いますよ ″ って言ったじゃん!」
……電話でそんな会話したな。
「あの時に、狂わせて貰えば良かったって後悔してるんだよ、俺は、ずっと鷲ちゃんの事が好きだったからさ」
本当は、覚えていたけれど……。
私は、小さく笑って、
「もう、悪女は卒業しました」
「えー…?」
脱力感たっぷりの顔をした室岡さんに、頂いた花束からカーネーションを一輪取って胸ポケットに挿してあげた。
室岡さんは、あんなに沢山の華がある中で、目立たない私に好意を寄せてくれた。
「悪の抜けた私と関わっても、何にも面白くないですよ。室岡さんには、しっかりした才女がお似合いです」
「才女? 誰の事言ってるのはわからん。てか分かりたくもないけど」
室岡さんには、本当にお世話になった。
「そのうち、わかりますよ」
どうか、幸せになってほしい。
室岡さんは、それ以上、プライベートな感情は言わずに、
「鷲ちゃんはいい営業ウーマンになれそうだったのに、残念だ」
最後まで、退職を惜しんでくれた。
私は。
集団で生きる大きな水槽から、小さな鉢に移って生きていく。
先生と二人で。
泳ぎ疲れる事がないように……。
穏やかに生きていく。
もしかしたら。
急激に体調を崩して、不安に陥ってるのかもしれないと思った私は、財布とスマホだけを持って、先生のアパートに向かった。
「先生!」
鍵のかかっていないドアを、呼び鈴も押さずに開けると、
「″ どこでもドア ″ でも隠し持ってたのか?早かったな」
驚いた様子で、台所に立つ先生の姿があった。
お客さんでも居たのか、湯飲みを片付けているところだった。
「そんなもの、持ってたら私、毎日来ちゃう……」
″ 一緒にいるために ″
電話で言ってくれた事が嬉しくて、その余韻が私をまた、大胆にさせる。
先生の背中に抱きついた。
「もう、″ どこでもドア″ も要らないけどな。……ここで良かったら、毎日居てほしい」
「……ホントに?」
「……あぁ」
先生は、持っていた布巾を置き、回していた私の腕を掴んだ。
「……どんなに俺が、ゴキブリみたいな生命力であっても、いつか弱っていく姿を……好きな女には見せたく無かったんだ」
そのまま、声を震わせて、私の掌にキスをした。
「ゴキブリっていうより、それ、……猫ですよ」
喧嘩が強くて、野良猫みたいに居場所を変えるのに、時に傷口を見せて甘え……。
死に際は、愛しい者の目の前から突然姿を消す。
「猫か、そんなに可愛くないけどな」
先生は、私の向きを変えさせると、私の何倍もの強い力で、抱きしめ返してきた。
「……そうですね、そんなに可愛くないですね」
「うるせーよ」
そして、乾いた唇を、私の唇から、首、鎖骨、谷間へと滑らせてくる。
唇とは反して湿った舌も、私の肌をくすぐるように這いずり回ってきた。
私の皮脂も、水分も、
若さも、生命力も、
それで奪い取って。
もっと、もっと、
生きてーーー
愛撫が激しさを増すと、立つのも困難になって、私は、そのまま冷蔵庫にもたれかかった。
「……猫、じゃない、野獣……」
「それ、誉め言葉だよ」
私達は、十年ぶりに一つになった。
ーーーー
先生との同居生活を始めて3週間。
休職期間を終えた私は、会社に私物を取りに行った。
出社、最後の日だ。
「鷲塚さんっ、大変だったわね! 寂しかったわよぉ」
小村さんが、嬉しそうに寄ってきて意外だった。
後任の事務員さんや、営業社員が増えていた中で、荒城さんと、葉築さんの姿が見えなかった。
私の表情から察したのか、小村さんが教えてくれた。
「葉築さん、被害届取り下げなかったの。立道がやった不正事実の証拠も警察に提出してね、一週間前、自主退職したのよ」
「……え……」
「荒城さんも、立道が逮捕されたせいか、居づらくなって辞めたわ。この会社も、正念場かもしれない」
「……そうですか」
一番、挨拶をしたかった人がいない。
何とも、淋しい退職日だ。
「鷲ちゃん」
懐かしくも感じる呼び声。
「元気そうで何よりだよ」
「室岡さん……」
せめて、この人が佐賀に行かなくて良かった。
「送別会したかったのに、こうも次々に人間が減るとそんな余裕もなくてさ」
「……本当に人が足らないですよね、ここ」
「そう。参ったよ。俺は、佐賀行き無くなったけど、それでも四人減った事に変わりはないからさ」
立道に。
葉築さんに。
荒城さんと私。
この半年で、多くの人間の入れ替わりがあった事務所を見渡す。
……わたし、ここに六年間もいたんだな。
「鷲塚さん」
小村さんが、小さなペットボトルに入れたメダカを私に持ってきた。
「これ」
「はい?」
「せんべつね」
「はいっ?」
「鷲塚さんがいない間にあっという間に増えちゃって。鷲塚さんも頑張って繁殖させてみて」
「……」
……繁殖。
それは簡単にできるけど。
「……ありがとうございます」
部屋に水槽置けたかな?
でも、メダカなら鉢でもいいし、手間もお金もかからないし、先生も何も言わないよね。
それに、いつか一人になった時、癒してくれるかもしれない。
そんな先を思って、遠慮なく引き取ることに。
「では、これで失礼します。 本当にお世話になりました」
「離職票とか後で送るからね!」
お花まで頂き、皆に最後の挨拶をして事務所を後にしたら、
「鷲ちゃん!ちょい、待って」
室岡さんがエレベーターの所まで追いかけてきた。
「……鷲ちゃん、まだ悪女キャラ、いきてる?」
「悪女キャラ……? なんでしたっけ?」
「あぁぁ?! 何忘れてんだよっ!クリスマスイブの時に、俺がメシに誘ったら、″ 私、悪い女なんです。関わったら人生狂いますよ ″ って言ったじゃん!」
……電話でそんな会話したな。
「あの時に、狂わせて貰えば良かったって後悔してるんだよ、俺は、ずっと鷲ちゃんの事が好きだったからさ」
本当は、覚えていたけれど……。
私は、小さく笑って、
「もう、悪女は卒業しました」
「えー…?」
脱力感たっぷりの顔をした室岡さんに、頂いた花束からカーネーションを一輪取って胸ポケットに挿してあげた。
室岡さんは、あんなに沢山の華がある中で、目立たない私に好意を寄せてくれた。
「悪の抜けた私と関わっても、何にも面白くないですよ。室岡さんには、しっかりした才女がお似合いです」
「才女? 誰の事言ってるのはわからん。てか分かりたくもないけど」
室岡さんには、本当にお世話になった。
「そのうち、わかりますよ」
どうか、幸せになってほしい。
室岡さんは、それ以上、プライベートな感情は言わずに、
「鷲ちゃんはいい営業ウーマンになれそうだったのに、残念だ」
最後まで、退職を惜しんでくれた。
私は。
集団で生きる大きな水槽から、小さな鉢に移って生きていく。
先生と二人で。
泳ぎ疲れる事がないように……。
穏やかに生きていく。
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