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beautiful life 美しくⅡ
決心
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仕事帰り、俺は、姉さんから聞いた義兄のアパートを訪れる。
「……葉築……」
ドアを開けた義兄は、驚いた顔で俺を見た。
俺も、その義兄の痩せた様子に戸惑う。精悍さはそのままだけど、とにかく顔色が悪い。
再発したというのは本当らしい。
「……あれか、事件のことか」
義兄はウンザリした顔をしていた。
「お前の会社の、……名前は忘れた。襲った男の弁護士が来た。示談の話で」
そして、喉のガーゼを痒そうに触って、部屋に上げた俺にお茶をいれてくれた。
「俺は、別件で来たんだ」
この人が、俺と伊織の関係を知ってるのかどうかも分からない。
自身が、彼女と再会してしまった事で、俺が彼女を諦めなければならなくなった事も、自覚してるのかは分からなかった。
けれど、
「………なんで、伊織を受け入れない? 」
俺のこの一言で、嫉妬や羨望も、全て感じ取ったはずだ。
「建前とか自己犠牲心とか、そんなの取っ払って、残された時間を彼女に使ってやれよ」
本当なら、こんな棺桶に片足突っ込んだ男に、伊織を委ねたくない。
長い年月の間に育った、俺自身の気持ちに、ようやく気が付いたんだから。
それでも、彼女が、あんたと一緒に居たいと願ったからこそ、俺は諦めたんだ。
後悔させたくないからーー
それなのに、
「……何、泣きそうな顔してんだ?」
なんで、この男は……俺を子供でも見るような目で、笑いながら、呑気にお茶なんか飲んでやがるんだ。
そもそも、あんた、あと、どれくらい生きるんだよ。
「伊織を、一人にするなよ」
俺は、もう、高校生の義弟じゃないんだ。
あんたを一人の男として、ライバル視してるんだよ。
だから、
「……そんなに伊織が好きなら、お前が幸せにしてやれよ」
そんな弱々しい言葉で、俺を、これ以上ガッカリさせないでくれ。
「俺じゃ役不足なんだよ」
この前。
伊織に、全部受け入れて貰ったと、勘違いしてしまった。
初恋の影を隠して、俺に再び抱かれた彼女を、幸せにしてやれると。
でも、本当は、伊織の心は俺の手元には無かった。
義兄は、湯飲みをテープルに置くと、遠い目をして深い溜め息をついた。
「大人になった伊織は、俺がいなくても生きていける。ああ見えて芯の強い女だ」
この男は、目の前にちらつく死神のせいで、事実が見えなくなってるのか。
俺は、″ あの夜 ″ の伊織を思い出しながら、分かってない義兄に、もう一つの彼女の姿を話した。
「あの人、そこまで強くないよ」
新年会の夜。
ビルの非常階段で、無理やり、乾いた彼女の身体を貫こうとした事ーー
そして。
突然、彼女が、柵から乗り出して、身を投げ出そうとした事。
別れてからは知らなかっただろう、脆い伊織の姿。
逞しく成長しているとでも思ったのか。
大人になっても、弱々しい部分を残していることを、俺は、教えてやった。
「あんたを一人で死なせたら、伊織は、後悔に苛まれて、生きていけないかもしれない」
ーー余計なお世話だっただろうか。
それに、僅かに残された、伊織が俺の所に戻ってくる可能性も、自ら壊したとも言える。
俺の話を聞いた義兄は、直ぐに、伊織に電話をかけていた。
″ 一緒にいるために、通常では考えられないくらい、生きてやる ″
そう、力強く言っていた。
俺がアパートを出て、数分後。
今にも崩れそうな階段を、伊織が駆け足で昇っていくのを見た。
十年前、出会った頃、覇気がなくて、幽霊みたいだと思った女……。
それが嘘だったように…イキイキとし、頬を赤くしながら、息を切らした彼女の顔が、とても幸せそうに、美しく見えた。
そして。
俺は、室岡さんに電話をかけた。
「俺も、会社、辞めます」
「……葉築……」
ドアを開けた義兄は、驚いた顔で俺を見た。
俺も、その義兄の痩せた様子に戸惑う。精悍さはそのままだけど、とにかく顔色が悪い。
再発したというのは本当らしい。
「……あれか、事件のことか」
義兄はウンザリした顔をしていた。
「お前の会社の、……名前は忘れた。襲った男の弁護士が来た。示談の話で」
そして、喉のガーゼを痒そうに触って、部屋に上げた俺にお茶をいれてくれた。
「俺は、別件で来たんだ」
この人が、俺と伊織の関係を知ってるのかどうかも分からない。
自身が、彼女と再会してしまった事で、俺が彼女を諦めなければならなくなった事も、自覚してるのかは分からなかった。
けれど、
「………なんで、伊織を受け入れない? 」
俺のこの一言で、嫉妬や羨望も、全て感じ取ったはずだ。
「建前とか自己犠牲心とか、そんなの取っ払って、残された時間を彼女に使ってやれよ」
本当なら、こんな棺桶に片足突っ込んだ男に、伊織を委ねたくない。
長い年月の間に育った、俺自身の気持ちに、ようやく気が付いたんだから。
それでも、彼女が、あんたと一緒に居たいと願ったからこそ、俺は諦めたんだ。
後悔させたくないからーー
それなのに、
「……何、泣きそうな顔してんだ?」
なんで、この男は……俺を子供でも見るような目で、笑いながら、呑気にお茶なんか飲んでやがるんだ。
そもそも、あんた、あと、どれくらい生きるんだよ。
「伊織を、一人にするなよ」
俺は、もう、高校生の義弟じゃないんだ。
あんたを一人の男として、ライバル視してるんだよ。
だから、
「……そんなに伊織が好きなら、お前が幸せにしてやれよ」
そんな弱々しい言葉で、俺を、これ以上ガッカリさせないでくれ。
「俺じゃ役不足なんだよ」
この前。
伊織に、全部受け入れて貰ったと、勘違いしてしまった。
初恋の影を隠して、俺に再び抱かれた彼女を、幸せにしてやれると。
でも、本当は、伊織の心は俺の手元には無かった。
義兄は、湯飲みをテープルに置くと、遠い目をして深い溜め息をついた。
「大人になった伊織は、俺がいなくても生きていける。ああ見えて芯の強い女だ」
この男は、目の前にちらつく死神のせいで、事実が見えなくなってるのか。
俺は、″ あの夜 ″ の伊織を思い出しながら、分かってない義兄に、もう一つの彼女の姿を話した。
「あの人、そこまで強くないよ」
新年会の夜。
ビルの非常階段で、無理やり、乾いた彼女の身体を貫こうとした事ーー
そして。
突然、彼女が、柵から乗り出して、身を投げ出そうとした事。
別れてからは知らなかっただろう、脆い伊織の姿。
逞しく成長しているとでも思ったのか。
大人になっても、弱々しい部分を残していることを、俺は、教えてやった。
「あんたを一人で死なせたら、伊織は、後悔に苛まれて、生きていけないかもしれない」
ーー余計なお世話だっただろうか。
それに、僅かに残された、伊織が俺の所に戻ってくる可能性も、自ら壊したとも言える。
俺の話を聞いた義兄は、直ぐに、伊織に電話をかけていた。
″ 一緒にいるために、通常では考えられないくらい、生きてやる ″
そう、力強く言っていた。
俺がアパートを出て、数分後。
今にも崩れそうな階段を、伊織が駆け足で昇っていくのを見た。
十年前、出会った頃、覇気がなくて、幽霊みたいだと思った女……。
それが嘘だったように…イキイキとし、頬を赤くしながら、息を切らした彼女の顔が、とても幸せそうに、美しく見えた。
そして。
俺は、室岡さんに電話をかけた。
「俺も、会社、辞めます」
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