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beautiful life 美しく
血縁
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兄の初七日が終わった頃、私は、アポなしで先生のアパートを訪れた。
「……あれ、いないの?」
呼び鈴を鳴らしても出ない。
電話をかけても取らない。
メールをしても返事は来ない。
……まさか。
嫌な予感がした。
この数日間に、病気が悪化したのでは、と。
病院?
それとも、ここで倒れてる?
居てもたっても居られなくなった私は、ドンドン!と玄関ドアを叩いた。
「先生! いますかっ! ご無事ですかっ!」
何度叩いても、中から人が反応する気配は感じられない。
すると、隣の住人が、勢いよくドアを開けて顔を出した。
「あんた、さっきからうるさいんだよねぇ!」
ドスのきいた女の人のお叱り。
「……す、……スミマセン」
大声出しすぎたかな? 萎縮していたら、
「橋元さんなら、朝から車に乗って出掛けてたよ!ボールとかコーンとか積んでたからサッカーじゃないの?」
ホッとするような事を教えてくれた。
「たまに隣町の公営グラウンドでコーチしてるみたいよ」
「あ、ありがどうございます!」
私は、スマホを頼りに、その場所へ向かった。
「よーし!!いいぞー!!そこ、カットカット!!」
「タクトー!もっと周り見ろっ!!」
グラウンドに行くと、小学生のチームの指導をしている橋元先生の姿があった。
どうやら練習試合みたい。
春とはいえ、まだ寒いグラウンドの隅で、薄着のまま大声を張り上げる先生。とても、大病を抱えてるとは思えない。
少し離れたところから、フェンス越しに見守っていると、先生は保護者のお母さんに紙コップの珈琲を勧められていた。
「えっ!? シュガー2本も入れるんですか?ミルクも二つ?」
先生の甘党ぶりに、驚く保護者の顔が面白かった。
「俺は、大人になりきれてないオッサンなんですよ」
昔と変わらない、おじさんなのに童顔な先生の笑顔にも、見とれていた。
……先生、今、楽しそう。
先生は、本当に昔からサッカーが好きだったよね。
一緒に居る時も、日本代表の試合があってるとソワソワしちゃって、車で、セックス途中なのに見ハマったりしてた。
……もしかして、教師を辞めたのは、病気のせいだけじゃなく、サッカーだけに専念したいから?
先生の残りの人生には、もう、それだけあればいいの?
そう思ってしまうほど。
今、子供達を見守る先生は、生き生きとしていた。
帰ろうかとした矢先、橋元先生が私に気が付いた。
「もう……お兄さんの方はだいぶ落ち着いたのか?」
橋元先生は、自分は薄着なくせに、フェンスにかけていたていたベンチコートを私に羽織わせる。
ずっしりとした重みと、風を遮断する素材が、私の体温を上げた。
「はい。あとはもう四十九日に行けば……兄とはいえ、戸籍は違うので」
こういう事態になれば、戸籍がものを言うんだなって思った。
兄と私は、姓が違う。
入るお墓も違う。
勿論、私は、いつか結婚するならば、その時は相手の人と入るのだけど。
「これを機会に、親父さんの娘さんとも仲良く出来たらいいのにな。親戚ってのは多い方が良い時もある」
「……そんなの無理ですよ。妹って感覚ないですもん」
あの存在を見てるだけで寂しくなる。
お父さんの、今、一番の宝物だろうから。
「……今はな。でも、親に何かあった時、頼れるのはキョウダイだぞ?」
「まだそんな事考えたくありません」
「まぁ、そーだろう。……あっ!ヨシキ!!そこは集中だろー!!」
先生は、私と話しながらも、ちゃんと子供達のプレーを見守っていた。
熱い視線。
ふと、思う。
……橋元先生は、お子さんには会いたくないのだろうか?
こんな風に子供達を見る目が優しいのは、お子さんに姿を重ねてるからじゃないのか。
「橋元先生」
「ん?」
「息子さんには会わなくていいんですか?」
私の存在なんて、血の繋がりと比べたら、とても小さなモノだと思ってしまう。
先生は、首を横に振った。
「俺が元気ならな。陰でも支えてやれる。けど、俺は何にも出来ない。残してやる金もないし……」
「……」
先生は、それ以上、何も言わなかった。
この前言っていた通り、入院中のお父さんの事でいっぱいいっぱいなのかもしれない。
特に男の人は、頼るよりも、頼られたいと思ってしまうのかな。
それとも、その人の性質なのか。
「先生は、いつも人の事ばかり……」
弱っている時だからこそ、もっと、自分の事を中心に考えてもいいのに。
「……そっくりお前に返すよ。帰る時、それ着たままでいいから」
橋元先生は笑って、ベンチの方へ移動し、監督さんらしき人達と何か話をしていた。
サッカーの事はさっぱり分からないけれど、後半のゲーム戦略的な言葉が聞こえてきた。
「……」
先生はギリギリまで、普段通りにしていきたいんだろう……。
誰かに頼りきっての最期なんて、そもそも望んでないのかもしれない。
私は、退職した後のアルバイト先を探す事にした。
「……あれ、いないの?」
呼び鈴を鳴らしても出ない。
電話をかけても取らない。
メールをしても返事は来ない。
……まさか。
嫌な予感がした。
この数日間に、病気が悪化したのでは、と。
病院?
それとも、ここで倒れてる?
居てもたっても居られなくなった私は、ドンドン!と玄関ドアを叩いた。
「先生! いますかっ! ご無事ですかっ!」
何度叩いても、中から人が反応する気配は感じられない。
すると、隣の住人が、勢いよくドアを開けて顔を出した。
「あんた、さっきからうるさいんだよねぇ!」
ドスのきいた女の人のお叱り。
「……す、……スミマセン」
大声出しすぎたかな? 萎縮していたら、
「橋元さんなら、朝から車に乗って出掛けてたよ!ボールとかコーンとか積んでたからサッカーじゃないの?」
ホッとするような事を教えてくれた。
「たまに隣町の公営グラウンドでコーチしてるみたいよ」
「あ、ありがどうございます!」
私は、スマホを頼りに、その場所へ向かった。
「よーし!!いいぞー!!そこ、カットカット!!」
「タクトー!もっと周り見ろっ!!」
グラウンドに行くと、小学生のチームの指導をしている橋元先生の姿があった。
どうやら練習試合みたい。
春とはいえ、まだ寒いグラウンドの隅で、薄着のまま大声を張り上げる先生。とても、大病を抱えてるとは思えない。
少し離れたところから、フェンス越しに見守っていると、先生は保護者のお母さんに紙コップの珈琲を勧められていた。
「えっ!? シュガー2本も入れるんですか?ミルクも二つ?」
先生の甘党ぶりに、驚く保護者の顔が面白かった。
「俺は、大人になりきれてないオッサンなんですよ」
昔と変わらない、おじさんなのに童顔な先生の笑顔にも、見とれていた。
……先生、今、楽しそう。
先生は、本当に昔からサッカーが好きだったよね。
一緒に居る時も、日本代表の試合があってるとソワソワしちゃって、車で、セックス途中なのに見ハマったりしてた。
……もしかして、教師を辞めたのは、病気のせいだけじゃなく、サッカーだけに専念したいから?
先生の残りの人生には、もう、それだけあればいいの?
そう思ってしまうほど。
今、子供達を見守る先生は、生き生きとしていた。
帰ろうかとした矢先、橋元先生が私に気が付いた。
「もう……お兄さんの方はだいぶ落ち着いたのか?」
橋元先生は、自分は薄着なくせに、フェンスにかけていたていたベンチコートを私に羽織わせる。
ずっしりとした重みと、風を遮断する素材が、私の体温を上げた。
「はい。あとはもう四十九日に行けば……兄とはいえ、戸籍は違うので」
こういう事態になれば、戸籍がものを言うんだなって思った。
兄と私は、姓が違う。
入るお墓も違う。
勿論、私は、いつか結婚するならば、その時は相手の人と入るのだけど。
「これを機会に、親父さんの娘さんとも仲良く出来たらいいのにな。親戚ってのは多い方が良い時もある」
「……そんなの無理ですよ。妹って感覚ないですもん」
あの存在を見てるだけで寂しくなる。
お父さんの、今、一番の宝物だろうから。
「……今はな。でも、親に何かあった時、頼れるのはキョウダイだぞ?」
「まだそんな事考えたくありません」
「まぁ、そーだろう。……あっ!ヨシキ!!そこは集中だろー!!」
先生は、私と話しながらも、ちゃんと子供達のプレーを見守っていた。
熱い視線。
ふと、思う。
……橋元先生は、お子さんには会いたくないのだろうか?
こんな風に子供達を見る目が優しいのは、お子さんに姿を重ねてるからじゃないのか。
「橋元先生」
「ん?」
「息子さんには会わなくていいんですか?」
私の存在なんて、血の繋がりと比べたら、とても小さなモノだと思ってしまう。
先生は、首を横に振った。
「俺が元気ならな。陰でも支えてやれる。けど、俺は何にも出来ない。残してやる金もないし……」
「……」
先生は、それ以上、何も言わなかった。
この前言っていた通り、入院中のお父さんの事でいっぱいいっぱいなのかもしれない。
特に男の人は、頼るよりも、頼られたいと思ってしまうのかな。
それとも、その人の性質なのか。
「先生は、いつも人の事ばかり……」
弱っている時だからこそ、もっと、自分の事を中心に考えてもいいのに。
「……そっくりお前に返すよ。帰る時、それ着たままでいいから」
橋元先生は笑って、ベンチの方へ移動し、監督さんらしき人達と何か話をしていた。
サッカーの事はさっぱり分からないけれど、後半のゲーム戦略的な言葉が聞こえてきた。
「……」
先生はギリギリまで、普段通りにしていきたいんだろう……。
誰かに頼りきっての最期なんて、そもそも望んでないのかもしれない。
私は、退職した後のアルバイト先を探す事にした。
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